1079 同行を希望してきたけど
「ところで、今日は連れている面子が違うんだな」
ビルが話題を変えてきた。
「弟子を鍛えるために来たのさ」
「はあっ!?」
一瞬で怪訝な表情になったビルが素っ頓狂な声を上げた。
「もしかしてダンジョンへ行く気か?」
そう聞きながらも顔には「まさか、そんな真似はしないよな」と書いている。
『その、まさかなんだがな』
思わず内心で苦笑してしまう。
今から返事をした後の反応が読めてしまうからな。
「ああ、行くぞ」
対する俺は「それがどうした?」と胸を張る。
「手ぶらじゃねえかよ」
そう言った後には頬を引きつらせてビルが頭を振っていた。
あり得ないと全身で語っているかのようだ。
お陰で洋画のワンシーンを見ているような気分にさせられたさ。
「手ぶらで当然だ。
魔法と格闘能力を鍛えるからな」
「それにしたって防具もなしとか無茶にも程があるだろう」
ビルが呆れながらも苦言を呈してくる。
お節介というか何というか、本当に世話好きな男だ。
普通はこんな風に忠告を言ってきたりはしない。
俺たちは単なる知り合いであって身内ではないのだ。
向こうは借りがあると思っているようだが。
ビルがどう思おうと自由だけど俺の中ではそんなものは存在しない。
決闘騒ぎの時に世話になっているからチャラだと思っているのでね。
「なに、心配はいらん。
すべて魔法で賄うまでだ」
大したことではないので軽く肩をすくめて何でもないとばかりに言ってみたのだが。
「おいおい、無茶を言うなよ」
ビルは泡を食った感じで慌てて止めにきた。
この様子では魔法など連発できないと思い込んでいるっぽい。
『西方の魔法使いなら確かにそうなんだがな』
うちは根本的に魔法の方式が異なるから低燃費だし。
ポーションもある上に、いざとなれば俺が補給できるという強みがある。
魔力補給という点においては穴など何処にもない。
まあ、その事実をビルは知らないのだが。
故にこう言う他はない。
「俺が引率しているから問題ない」
ドヤ顔で断言すると、ビルが疲れ切ったような表情で嘆息した。
「マジかよ……」
「そんなに心配か?」
「違うと言えば嘘になるが、賢者様だからなぁ」
ぼやくように吐露するビル。
常識を捨てきれないことに戸惑いを感じているようだ。
「だったら途中まで一緒に行くか?」
見れば納得もするだろう。
「いいのか?」
「オッサンなら信用できるからな」
「だから俺はオッサンじゃねえっ」
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結局、ビルが同行することになった。
『つくづく心配性だよな』
そしてお節介で世話焼きである。
日本人だった頃の近所に住んでいたオバちゃんを彷彿させてくれたさ。
髭面の時はオッサンで今はオバちゃん。
若者成分が感じられないのは性分なんだろうが。
『下手をすると一生独身とかあるかもな』
当人はそんな風に思われているとは夢にも思っていないだろうけど。
それはともかく、ビルが同行者となるなら戦力として考えないといけないだろう。
俺は引率者なのでカウントしない。
レベル差があり過ぎると色々と問題も出てくるからな。
今のシャーリーと神官ちゃんならビルとのレベル差はそこまで大きくない。
現状でシャーリーと神官ちゃんはそれぞれレベル40と43だ。
ビルがレベル47だから比較的バランスは取れているはず。
ただし、ビルは途中で脱落するだろう。
ダンジョンに潜って間もなくの遭遇戦でそう思った。
敵はゴブリンだったのだが。
「うわぁ……」
初っ端からビルはドン引きしていたからな。
「ゴブリン相手とはいえ、瞬殺かよ……」
5匹と通路で遭遇して2人が突撃。
ビルが置いてけぼりを喰らってポカーンとしている間に戦闘は終了した。
2人そろって首ポキ3連撃。
え? どちらかが2連だろって?
5匹目は両側から同時に蹴りを食らっていたから間違いじゃない。
勢い余って首がブチッと千切れちゃったけどね。
スポーンと上に飛び出したお陰で古い玩具を思い出したさ。
あっちは首ではなくて黒髭なオッサンの人形が飛ぶんだけど。
「エグいな……」
ビルにも経験がないらしく、ドン引きだった。
「単なるミスだ。
雑魚相手に加減を間違えるようじゃ、まだまだだな」
「手厳しいものだ」
「それができるくらいには鍛えているからな」
そしてマッピングしながらダンジョン攻略を続ける。
転送魔法で魔物の近くに跳んでいた前日と違って敵はなかなか出てこない。
「キビキビしてるなー。
連携も取れてるみたいだし。
賢者様が教えると、魔法使いや戦士も斥候ができるようになるんだな」
妙なところでビルが感心している。
「これくらいできないようじゃ、ここには連れて来ないさ」
「マジかー……」
上を仰ぎ見るようにして呆れているビル。
「ベテランのパーティと変わらんじゃないか」
「そうかい?」
「そうだよ……っと、敵のようだな」
曲がり角の向こうを確認しに行っていた2人が戻ってきた。
俺たちの前に陣取って戦闘態勢に入っている。
ビルも抜剣して前に出ようとするが……
「邪魔」
神官ちゃんに言われてスゴスゴと戻ってきた。
「罵倒されるよりキツいわ」
そう言いながらも苦笑している。
「まあ、よく見ておけ。
何故そう言ったのか直に分かる」
「お、おう」
戸惑いながらも2人の後方で警戒態勢を緩めないビル。
そして曲がり角から姿を現したのは狼系の魔物だった。
「あれはホーンドウルフ!」
額に角を生やした大型の狼が十数頭の群れで突進してくる。
明らかに人より大きい連中だ。
『ウルフハウンド並みのデカさがあるな』
地球じゃ世界最大として知られている犬種と同等とか、さすが魔物である。
そういうのが群れで突っ込んでくると迫力満点だ。
「ヤベえ!」
ビビりつつも前に出ようとするビルの首根っこを掴んで引き止めた。
「おいっ、シャレになんないって!
防具もなしにあの数を相手にするとか死ぬぞ!!」
「騒ぐなよ。
大した相手じゃない」
今のシャーリーや神官ちゃんならという条件はつくが。
西方の冒険者たちにとっては警戒すべき相手だろう。
盾職が必須の相手とも言える。
額の角を利用した突進攻撃はランスチャージ並みに威力があるようだしな。
「なっ……」
絶句するビル。
俺の発言が荒唐無稽に過ぎると思ったのだろうか。
だが、これは現実である。
それを証明するのに1分以上の時間はかからなかった。
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「ウソだろ……」
呆然とするしかないとばかりに頭を振るビル。
十数頭からなる大型の狼系魔物の群れを短時間で殲滅したからな。
それも仕方のないことかもしれない。
「ホーンドウルフが瞬殺とか……」
「大袈裟だな。
ちょっと魔法で罠を仕掛けただけだぞ。
勝手にかかる方が間抜けでしかないと思うがな」
ここ数日でシャーリーたちには定番となりつつある氷壁を使ったまで。
ほとんどが顔から突っ込んで首ポキな感じで自爆した。
中には角で氷を砕いて突破しようと試みるのもいたがね。
そういうのは角が突き刺さって身動き取れなくなったところをライトダガーでグサリ。
簡単なお仕事状態だったが、ビルにとっては初見なせいか受け入れがたいようだ。
どうにも表情が晴れる気配を見せない。
「いや、そうなんだが……」
返事が言い淀んだ感じになることからも事実を受け止め切れていないのが明らかだった。
「相手を実力でねじ伏せないとダメな口か?」
『脳筋はそういう傾向があるよな』
ビルはそういうタイプではないと思っていたのだが違うのだろうか。
「そこまでは言わんよ。
ただ、あまりに呆気なかったからな」
そう言いながら嘆息する。
己の中にある常識から逸脱していたので情報を整理するのに時間がかかったようだ。
「こういうやり方は人前ではやらん方がいいぞ」
「真似ができないから妬みの元になる、か?」
「ああ」
「心配は無用だ。
パワーレベリングをしている間だけの期間限定攻略法だからな」
「パ、パワー……何だって?」
怪訝な表情を浮かべるビル。
どうやら初耳らしい。
「パワーレベリング。
冒険者の促成栽培みたいなものだ」
「……恐ろしい話を聞いた気がするんだが」
ビルの顔色が一気に悪くなった。
「うちの国では普通のことだぞ」
「尚更ヤバいわっ」
絞り出すように吠えてきた。
「心配はいらんよ。
こんな話をしても誰も信用しないだろ」
ビルが返事に詰まった。
ぐぬぬ状態とは少し違う。
「賢者様だと必ずしもそうとは言い切れないんだよ」
恨めしそうな感じで言ってくる。
「まさかー」
冒険者としては控えめにしているのに誰が信じるというのか。
そう思っていたら呆れたような目を向けられてしまった。
俺が何をしたって言うのさ。
読んでくれてありがとう。