1078 オッサンじゃない
俺が8体の死骸を回収する間、シャーリーと神官ちゃんは大人しく待機していた。
『感心、感心。
ちゃんと魔力の回復に努めているな』
それでいて周囲の警戒は怠らない。
緊張感が保たれている証拠だ。
まだ2戦目が終わったばかりで疲れていないというのもあるのだろうが。
『何にせよ頼もしいことだね』
ならばペースを上げても付いて来られるかを確認させてもらうとしよう。
「次の場所へ行くぞ」
2人に呼びかけると寄って来た。
転送魔法で跳ぶことを意識しての行動だ。
密集した方が跳んだ後に泡を食わずに済むからな。
跳んだ先で目の前が壁だったとか。
足場が悪くて転びそうになったとか。
あるいは魔物がすぐ側にいたとか。
最後のは選択として考え物だけど。
もちろん、そんな不用心な真似はしない。
近くに跳ぶには跳ぶけどさ。
至近距離だと出会い頭の事故とかも無いとは言えないし。
『そんなの罰ゲームもいいところだろう』
どっちにとっての罰ゲームになるかは相手の強さ次第かもしれないが。
とにかく実習は続く。
跳んで索敵。
敵を発見したら引き付けて戦闘。
それをひたすら繰り返す。
お陰で、その日のうちに初級ダンジョンの魔物は狩り尽くした、なんてことはない。
適当に間引く程度にしたからな。
複数の初級ダンジョンをハシゴしたから戦闘の回数が少ないということもなかったし。
適度に狩って程々の時間で切り上げる。
「じゃあ、今日はこれまで」
「「……………」」
2人からの返事はない。
どうにか頷くのが精一杯といった様子だった。
ヘロヘロの状態で喋るのも億劫そうだ。
『まあ、何度か魔力が切れそうになったからな』
その都度、俺がチャージした。
ひたすら魔法で戦闘を繰り返させた訳だ。
その方が経験値の効率がいいからなんだが。
それと総MP値を増やす狙いもある。
目論見通りに行くかドキドキしていたら2人ともレベルが上がっていた。
ちょっと驚きだ。
[シャーリー/レベル38→40]
[シーニュ /レベル41→43]
しかも2レベルもアップしている。
魔法の特訓効果で1レベルは上がると見積もっていたんだけど。
魔物が雑魚ばかりだったからレベルアップしないことも想定していたから嬉しい誤算だ。
【多重思考】を使ってシミュレートしてみたら【教導】の効果だった。
さすがはカンスト済みの特級スキルである。
「2人とも、今夜はゆっくり休むように」
余計なことは言わない。
レベルアップしたなんて言おうものなら興奮して眠れなくなるなんてこともあり得るし。
もしくはレベルアップしたことを実感したくて色々と試そうとするとか。
で、結果的に夜更かしして翌日に影響が出てしまうと。
2レベル程度の増加分なんて、そうそう実感できる訳ないんだけどね。
それでもアップしたと言われるとお得に感じるのはしょうがない。
ついつい浮かれてしまう人間もいる訳だ。
これについては今日の様子を見る限りは大丈夫そうなんだが。
授業が終わったことで気が緩むタイプもいない訳ではない。
良く言えばオンとオフがハッキリしているのだが。
オフで調子に乗って羽目を外されても困る。
明日からは西方のダンジョンで実習を行うからな。
ちなみにこの事実も伝えてはいない。
「興奮して眠れませんでした」
なんて幼稚園児の遠足のようなことは言われないとは思うが。
念には念を、である。
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翌日、俺基準でカウントするところの特訓7日目である。
集合したら、まずは2人の状態を確認。
前日の疲労が抜けていないなら予定の変更も視野に入れるつもりだからだ。
『ふむ、問題はなさそうか』
「よく眠れたようだな」
念のため本人たちにも確認しておく。
「御陰様で」
照れ笑いするシャーリーは、ここのところよく眠れているらしい。
商売をしている頃は不眠に悩まされることもあったようだ。
大きな案件を抱えたときとか客足が伸びないときとか。
まあ、最近は特訓を始めるまでずっと眠れていなかった訳だ。
「いつものこと」
マイペースな神官ちゃんは予想通りの返事だった。
そんな訳で今日も実習を始めるための準備に入る。
集まって転送魔法を使うだけだがな。
「じゃあ、今日は難易度を上げていくぞ」
「初級ダンジョンは修了?」
神官ちゃんが聞いてきた。
察しがいい。
「おう、その通りだ」
「ということはジェダイトシティへ跳ぶのですね?」
シャーリーも確認してくる。
「あそこのダンジョンで実習するのがやりやすいからな」
主にパワーレベリングの難易度調整が。
浅い場所ならルーキー冒険者も稼ぐことは可能だからな。
中は広いので獲物の取り合いになることも少ない。
奥に行かなくても採取可能な場所もある。
中堅どころ以上の面々も奥へ行けば実力に見合った狩りができる。
これが他所のダンジョンだと、冒険者の層に偏りが出てくるのだが。
出てくる魔物の傾向に偏りがあるためだ。
本国の初級ダンジョンなんかは、その典型例だと言える。
今日は外の冒険者と関わることになる可能性があるので注意が必要だ。
こちらが無視しても絡んでくる連中はいるし。
注意が必要なのはダンジョンの入り口だろう。
幅広い層の冒険者が来る人気のダンジョンであるが故に混雑するのでね。
中に入れば、そんなこともなくなるのだが。
俺が同伴していなければシャーリーや神官ちゃんをナンパする連中が出てくるだろう。
同伴してても、お構いなしな輩も出てくるかもしれないが。
ダンジョンはジェダイトシティの外壁の外側だからな。
入国審査を受けなくても出入りはできるために変なのが紛れ込む恐れがある。
シャーリーや神官ちゃんの2人はそこまで考えていないかもしれない。
今日のところは引率する俺が特に注意しておくとしよう。
「分かりました。
では、行きましょう」
「早く行く」
俺の返答を受けた2人はとにかく前向きである。
「了解」
さっそく内壁の門の内側近くに跳ぶ。
門を抜けて向かったのは冒険者ギルド。
2人ともまだ冒険者じゃないからね。
サクッと登録してダンジョンへ向かった。
国民以外の人目があるから転送魔法は使わない。
そうなると人との遭遇率は上がる訳で……
「よー、賢者様じゃねえか」
髭面のオッサンことビルが外壁の門の外で声を掛けてきた。
声のした方を振り向くがオッサンがいない。
2本の長剣を両方の腰に差した兄ちゃんならいるのだが。
「おや?」
思わず首を傾げてしまう。
「おや、じゃねーよ!」
剣士風の兄ちゃんが吠える。
「目の前にいるだろうがっ」
「誰だ、アンタ?」
「────────っ!」
俺が真顔で問うとダンダンと地団駄を踏まれた。
「いい年した大人がするこっちゃないぞ」
「誰のせいだ、誰のっ!」
ガルガルと唸るように吠える番犬のように文句を言ってくる男。
「冗談だ、オッサン」
ハハハと笑う。
「オッサンじゃねえっ!」
ヒートアップしているせいで汚い泡が飛んで来た。
そのあたりは理力魔法で止めたけど、からかうのも潮時のようだ。
「それも冗談だ、ビル・ベルヴィント」
「覚えてんじゃねえかよ」
疲れ切った表情になってクールダウンするビル。
その間に鑑定してみたが【二刀流】の熟練度が上がっている。
達人の領域には達していないが、これならソロでも問題なく稼げるだろう。
レベルも前に見た時より2レベル上がって47だ。
単独でダンジョンに潜ると、やはりレベルアップも容易なようだ。
まあ、素質のない奴はすぐに頭打ちになるんだけど。
ビルはまだまだ伸び代がありそうだ。
「で、今日もソロでお仕事か?」
「おうよ、盾も買い戻さないといけないしな」
ニヤリと笑うビル。
本人としては冗談を言ったつもりなのだろう。
「なんなら今そうするか?
修復の代金含めて銀貨3枚だが」
「安っ、俺の盾は修理してもそんなものかっ?」
ビルが驚きつつも嘆いている。
無理もない。
日本円にすれば3千円程度だ。
普通は修復代金だけでも足が出る。
俺の場合は余った素材を使っているから費用はゼロ。
しかも錬成魔法で直したからあっと言う間に終わって人件費もゼロに等しい。
元になった盾はビルが腰に差している剣と交換したから、これも費用はゼロ。
実は銀貨3枚でも高いくらいなのだ。
『それでいて寿命間近だった盾が新品同様だからなぁ』
現物を見せても信じてもらえないかもしれん。
「そんな値段なら見所がありそうなルーキーに売ってくれ」
落ち込んでいたと思ったら、すぐに復活してそんなことを言い出した。
真面目な表情をしているので投げ遣りになったとかではないようだ。
「愛着があるんじゃないのか?」
「無いと言えば嘘になる。
だが、今の俺のスタイルだと使わないしな」
両側の腰に差した剣をポンと軽く叩く。
かなり馴染みつつあるようだ。
「賢者様ならすぐにガタが来るような修理はしねえだろうしな」
信頼もしてくれる訳だ。
ありがたい話である。
「分かった、そうしよう」
その信頼に応えねばなるまい。
ただ、当面は売れそうにないけれど。
うちの面子は直に初心者を卒業するからな。
わざわざ外国で条件に該当するようなルーキーを探すつもりもない。
こういうのは縁だと思っているのでね。
読んでくれてありがとう。