1074 時には予定を変更することも大事です
シャーリーがそれなりの結果を見せた。
とりあえずとはいえ合格を出したせいか神官ちゃんの気配が濃くなった。
密かにやる気をたぎらせているようだ。
「次はシーニュだ」
「んっ」
コクリと頷いて前に出る神官ちゃん。
やる気を見せている割には力んだ様子は見られない。
ただ、すぐにライトリングソーをスタンバイさせた。
無駄に溜めを作ることなく横向きにして放つ。
ダストスラッシュに拘らないのはシャーリーと同じだ。
『素直か』
内心でツッコミを入れた。
まあ、元から素直だけどな。
飛んでいったライトリングソーはシャーリーが入れた切れ込みの下に着弾。
ガリガリというノイズはシャーリーの時と同じだ。
そしてライトリングソーは真ん中の石柱を通り抜けたところで消失した。
「1本は切れたようだな」
両サイドの石柱はわずかに傷が入った程度である。
ライトリングソーが円形な上に幅をギリギリに設定したせいだ。
それに気付いた神官ちゃんが不服そうに少し頬を膨らませた。
「おいおい、均等にダメージを与えたか集中させたかの差でしかないぞ」
頬は元に戻った。
が、完全に不服が消えた訳でもないのは目を見れば分かる。
「シーニュもシャーリーと同じく合格だ」
それでも変化がない。
「結果に納得がいかないか?」
聞けば素直に頷く。
「完全な円形にしたからだな。
状況によって形を変えることも考慮した方がいい」
アドバイスすると軽く目を見開いて呆気にとられたようになった。
『目から鱗でも落ちたといったところかな』
とはいえ言葉だけでは不親切だろう。
俺は手本を見せることにした。
「同じくらいのダメージを入れたいのなら、こんな感じだ」
楕円形のライトリングソーを発動する。
横幅も少し余裕を見ておいた。
「あ……」
軽い驚きを見せているのは、その発想がなかった証だ。
「今のと強度は、ほぼ同じにしてある」
そう言って石柱に向けて放った。
実際には少し弱めなんだけどね。
魔法の精度に差がある分を考慮して結果がほぼ同じになるように設定したのだ。
狙ったのは神官ちゃんよりも更に下の位置。
「これなら均等にダメージが入るが……」
音を立てずに途中まで食い込んだが、そこで消える。
シャーリーと同じくらいまで均等に食い込んでいた。
「こういう結果になっていただろう」
神官ちゃんが感心するように頷いていた。
「あの……」
シャーリーが小さく手を挙げながら声を掛けてくる。
俺の実演に何か疑問を持つ部分があったのだろう。
「何かな?」
「音がしなかったのですが……」
細かな部分が気になるようだ。
「厚みが違うからな」
「え?」
俺の返答を聞いたシャーリーが困惑顔になっていた。
想定していない返答だったのだろう。
もちろん、これがすべてではない。
精度とか刃筋を通すとかの説明は省略した。
今の2人に出せる精度ではないし。
刃筋だって武術の心得のないシャーリーが聞いても困るだけだからな。
「同じように見えたのだろうが、厚みは何倍も違う」
「ええっ!?」
「極端なことを言えば音がする方は、ヤスリ掛けしているようなものなんだよ」
「ヤスリ……」
何故かシャーリーがショックを受けている。
もっとスマートな魔法を使っているつもりだったのだろう。
「極端に言えばの話だぞ」
前置き部分を強調しておくが、効果の程は不明だ。
下手をすると今の念押しは耳に届いていない恐れもあるしな。
「同様に音がしない方は切れ味の鋭い刀だな」
そう言うと、ようやく反応があった。
落胆する感じで肩を落としながら溜め息をつくというものであったが。
「いきなりこの領域に辿り着けるなら教える必要などないぞ」
見ただけですべてを理解し即座に寸分の互いなく再現できるのだからな。
そんなことができる初心者などそうそう存在するものではない。
いるとするならば、それは本物の天才だ。
俺の指摘にシャーリーはハッとしてから頬を染めてモジモジし始めた。
自分が初心者であることを思い出したのだろう。
目標を高く設定するあまり足元を見ていなかった証拠である。
だが、ここで気付けて良かったと思う。
このままダンジョン実習を行っていたら足をすくわれる結果になっていたと思う。
とにかく2人の攻撃力は見極めた。
初級ダンジョンで問題なく戦えるレベルだ。
急所に確実に当てられるなら一撃必殺である。
まあ、そう簡単にはいかないだろうがな。
向こうは石柱のように動かない的ではないし。
数がいるならバラバラに動く訳で。
シャーリーのような複数を同時に狙う攻撃は外すことも視野に入れておかねばならない。
『マズいかもな』
嫌な予感がした。
即座に決断する。
「ダンジョン実習は中止だ」
防御もどれだけできるか見極めていないし、この判断は間違っていないだろう。
過保護と言われようと、2人の安全に関わるからな。
「「えっ!?」」
2人とも唖然としていた。
そりゃあ唐突に授業の中断を言い渡されれば驚きもするだろう。
「何故でしょうか?」
シャーリーが聞いてきた。
神官ちゃんも追随するように頷いている。
『なんとなく嫌な予感がしただけなんだがな』
とても、そうは言えない雰囲気だ。
もっともらしい理由が必要になってしまったさ。
「すまんな。
俺の勇み足だったとしか言い様がない」
「安全性に問題がある?」
神官ちゃんが聞いてきた。
「有り体に言うとそうだ。
魔法の威力は充分なんだが、思わぬミスをしそうでな」
身も蓋もない言い方だ。
申し訳ないと思う。
行けると言っておいて、この様なのだから。
それでも不要な怪我をされるよりはいいだろう。
「仕方ない」
「分かりました」
幸い神官ちゃんもシャーリーも了承してくれた。
そんな訳で、基礎を仕込んでから再挑戦することになったのである。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
基礎訓練で特訓をすること4日。
俺的には充足した4日間だったと思う。
何も知らない者が聞くと「たった4日で何ができる」と言われそうだ。
しかしながら2人が思った以上に優秀だったので充分な期間だったと確信している。
『最初は酷かったけどね』
ひとつだけでも標的が動くようになれば振り回されていたし。
多数を相手にした想定で模擬戦をさせてみれば攻撃一辺倒という有様。
防御の意識がすっぽ抜けてるような具合だった。
もちろん修正していったよ。
とはいえ、簡単じゃなかったさ。
動く標的に対応できるようになっても雑だったり防御が疎かだったり。
模擬戦で防御を意識するようになったら、今度は攻撃がサッパリになったりもした。
2人とも戦闘訓練どころか狩猟や漁猟の経験さえなかったからな。
神官ちゃんは護身術以上のことはやってなかったし。
基礎を叩き込む前にダンジョンに挑んでいたら少なくとも1日は無駄にしていただろう。
変な癖がついたりした恐れがあるためだ。
もっと困るのは、ピンチに追い込まれたりしてトラウマになったりとか。
ケアもしなければならない上に修正の難易度も跳ね上がる。
『あー、やっぱ引き返して正解だったな』
特に模擬戦の内容があまりにボロボロだった。
より実戦的になると粗が出るのはいただけない。
当人たちがショックを受けていたので俺からはあえて何も言わなかったが。
「ダンジョン実習が中止になった理由がよく分かりました……」
「ん、これは我ながら酷い」
懐に潜り込まれると一方的にやられることが分かっただけでも良しとすべきなんだが。
「体術が身についていないからだ」
神官ちゃんは護身術として習っていたようだが所詮は基礎中の基礎レベル。
1対多や魔物相手を想定していないものだ。
俺が用意した訓練メニューに対応しきれるものではなかった。
「是非とも教えてください!」
「同じく!」
2人とも前のめりになって教えを請うてきた。
もちろん教えたさ。
こうして4日間のうちの3日は体術の特訓となったのである。
ビフォーアフターぶりが見事と言う他なかったさ。
首ポキも習得しましたよ。
ゴーレム相手だけど。
教えたことは素直に受け止めていたから身についたのだと思う。
初日のシャーリーみたいに我流でどうにかしようということは無かったからね。
体術でそれをやったら怪我をしたはずだ。
それと指摘すれば同じミスはすぐにしなくなっていったのは助かった。
まともな訓練を受けていなかったものの素質はあった訳だ。
でなきゃ4日で基礎を仕込むことはできなかっただろう。
初級ダンジョンに出てくる魔物を模したゴーレムで実戦感覚を磨いたのも大きいと思う。
そして特訓6日目となった。
神官ちゃんは5日目だけどな。
今日から本当の意味で国内の初級ダンジョン巡りが始まる。
戦闘による経験値ゲットの方が効率はいいみたいだから活用しない手はない。
「いよいよ、ダンジョン実習ですか」
シャーリーが緊張気味に声を掛けてきた。
「気負うことはない」
答えたのは俺ではなく神官ちゃんだった。
「昨日までの基礎訓練で十分に対応できると陛下が言ってる」
「おう……」
言おうとしたことを先に言われてしまった。
目の前にあったおやつを掻っさらわれたような気分だ。
読んでくれてありがとう。




