1072 まずは試し撃ち
「そんなに怖かったか?」
恐る恐る聞いてみる。
トラウマ化されると厄介だからな。
「だいじょうぶ。
おどろいただけ」
神官ちゃんはそんな風に言うが、普通には喋れていない。
いつもより発音が緩いというか何というか……
とにかく、この調子ではすぐには立てないだろう。
返事もままならないシャーリーと抱き合ったままなので確認のしようがないが。
「しっかりしろ、シャーリー」
直接、呼びかけてみたが反応が薄い。
「年長者だってこと忘れてないか?」
これも効果が薄いようだ。
返事がない。
「こういう状態をスーたちに知られたいなら構わんが?」
食堂3姉妹のことを話せば少しは反応するだろうと思って声を掛けたのだが……
「っ!?」
あっと言う間に立ち上がった。
『劇的だな、おい』
神官ちゃんには肩を貸してさえいる。
まあ、当のシーニュも立ってしまえば問題なく立てるらしい。
肩を借りるのを断って自力で立っていた。
場合によってはバフを使うかと思ったのだが必要なさそうだ。
むしろ復活ぶりが極端だと思う。
少し派手目な魔法に腰を抜かしていたはずなんだが。
『食堂3姉妹の名前を出した途端に復活とか、どうよ』
それこそシャキーンとか効果音が入りそうな感じだったからな。
「すまんな。
攻撃魔法の規模が過剰だったようだ」
「いえ、お見苦しいところをお目にかけました」
最初は無理をしているんじゃなかろうかと思ったほどだ。
多少はそういう側面もあるだろう。
本人は後見人のつもりらしいし。
食堂3姉妹のことを引っ張り出されれば奮起するという読みは当たった。
予想以上ではあったけどな。
『みっともない姿を知られる訳にはいかないってところか』
「次は大丈夫」
神官ちゃんは気負ったところが感じられない。
こちらは落ち着くのに些か時間がかかったといった風情だ。
『ならば次は大丈夫か』
「では、続けるぞ」
2人が頷く。
「魔法は制御が大事だと思われ勝ちだが魔力がなくては話にならない」
シャーリーがハッとした表情になった。
つい先日、ヘロヘロになったばかりだからな。
「という訳だから魔力の消費効率も頭の片隅において今日の実習に臨んでもらう」
神官ちゃんは変わらずだ。
治癒魔法を使っていたからこそ身に沁みているのだろう。
『そういえば内包型の魔法は誰かに教わったかな?』
知識は譲渡してある。
が、実戦して見せているかいないかで差が出てくるからな。
ここ数日の案内はノエルに任せていたので教えているはずだ、たぶん……
『確認しておくか』
「その前に試し撃ちをしてもらおうか」
「試し撃ち、ですか?」
シャーリーが怪訝な表情をする。
神官ちゃんも小首を傾げていた。
「2人の魔法が実戦でどの程度のものか見積もるためだ。
最初に知っておけばフォローがしやすくなるからな」
こう言うと2人とも納得していたけどね。
「では、私から行きます」
シャーリーが意気込んでいる。
ふんすふんすと鼻息も荒めだ。
ただ、頭に血が上るほどではなさそうなので放置しても大丈夫だろう。
「はいよ」
まずは攻撃魔法からってことで標的となる石柱を5本ほど用意した。
「的はこれな」
「分かりました」
返事をすると石柱を睨みつける。
「はあっ!」
威勢の良い掛け声だが……
『無駄に力んでるなぁ』
やる気の表れではあるので悪いとは言い切れない。
しかしながら結果が想像できるだけに怖いんだよな。
あと、状況によっては声を発するのはいただけないということも教えないといけない。
シャーリーの発した掛け声に合わせてアイスアローが出現した。
石柱1本につき1発ずつ飛んでいく。
『ほう、同時制御をひたすらやっただけはあるか』
初めて使うアイスアローもそつなく制御できている。
全弾、命中した。
ちゃんと5発すべてを制御できている証拠だ。
『この調子なら、いずれ【並列思考】が生えてきたりするかもな』
とはいえ良いことばかりではない。
アイスアローの氷は石柱に突き立つことなく粉々に砕け散った。
もちろん、石柱には傷ひとつついていない。
飛び散った破片を見なければ何もなかったと言われても疑問に思う者はいないだろう。
「ああっ」
シャーリーが無念そうな声を発した。
「仕方ない」
神官ちゃんがシャーリーに声を掛ける。
振り返ったシャーリーはショボーンとしていた。
「あの石柱は陛下が作った。
魔法の基礎を学びだした私達がどうにかできるはずがない」
「ああ」
そうだったとばかりに諦念を感じさせる声で納得するシャーリー。
「そうでもないぞ」
俺の言葉に2人そろって勢いよくこちらを見た。
「当てるだけのつもりの魔法だから壊せなかっただけだ」
シャーリーは5本を同時に制御して標的に当てることばかり意識していたはずだ。
先端を鋭くして威力を上げようとしたことで満足してしまったのだろうな。
柔けりゃ意味がない。
氷の矢そのものに強度を持たせなかったシャーリーのミスだ。
「いくら矢の先が鋭くても柔けりゃすぐに砕け散る」
「ぐっ」
顔に「しまった!」と書いているシャーリー。
数とコントロールだけに気を取られていたことを自ら証明してしまった。
自爆もいいところだ。
「魔物相手でも、あれでは致命傷を与えるのは難しいぞ」
「はい……」
シャーリーはションボリと落ち込んでしまった。
「だからといって一度の失敗でめげている場合じゃないぞ」
「はい?」
困惑した様子のシャーリーが目を白黒させている。
「何のために特訓を受けるんだ?」
そう問いかけるとハッとした表情になった。
「次は破壊してみせます」
「その意気込みだ。
が、今は試し撃ちだから交代な」
シャーリーの上半身がつんのめるように泳いだ。
やる気の表れだが、順番だから仕方がない。
「はい」
本人もそれは理解したらしく不満そうにはしなかった。
「次は私?」
神官ちゃんが前に出た。
「ああ」
鼻息が荒かったりはしない。
それでも目の奥にこもった光がいつもより強く感じる。
やる気は充分なようだ。
「あの石柱は壊せる?」
確認するように聞いてくる神官ちゃん。
「ああ、今の5倍くらいの威力があれば傷くらいはつくな」
俺の返事に神官ちゃんは不思議そうに首を傾げた。
威力が具体的に想像できなかったのだろう。
そりゃそうだ。
あのアイスアローはシャーリーが放ったものである。
威力がどれ程のものかは本人にしか分かるまい。
今の彼女たちでは、な。
魔法に慣れてくれば威力や質なども見切れるようになる。
初心者にあれもこれもと要求するのは酷なので、これについては今は言及しない。
「試し撃ちだから、とりあえずやってみてくれ」
「分かった」
神官ちゃんがコクリと頷いた。
素直な良い子だ。
前に進み出て準備に入る。
「シャーリー、よく見ておくように」
俺が言わなくてもシャーリーならばそうするだろう。
だが、あえて言った。
「後から挑戦する方が有利なのは分かるだろう?」
このことに気付かせるためだ。
でないと神官ちゃんの出す結果次第で落ち込む恐れもあるからな。
「はい」
シャーリーの表情が更に真剣味を増した。
俺の言いたいことが伝わったようだ。
リトライするならば、今の神官ちゃんより自分の方が有利になる。
もちろん、次は神官ちゃんが有利になるのだが。
それを言い始めたら切りがない。
要はポジティブに考えるようにしろってことだ。
その間に神官ちゃんは魔法をスタンバイさせていた。
横幅を広く取ったエアスラッシュひとつで5本の石柱をまとめて攻撃するつもりらしい。
『工夫したな』
あれなら同時制御する必要はない。
問題があるとすればエアスラッシュを選択したことか。
柔らかいものであれば絶大な効果を発揮するのだが。
石柱のような硬いものだと逆に効果が薄くなる。
よほど切れ味を良くしなければ表面に傷をつけられるかどうか。
今の神官ちゃんの制御力であるならば、という条件がつくけどな。
もっとレベルが上がればエアスラッシュでも易々と石柱を切り落とせるようになる。
『まあ、今の制御力だと幅広にするだけで四苦八苦だろうしな』
数を制御するのとは別の問題で難易度が上がるのだ。
スラッシュ系ではなくリングソーにしていれば楽になるのだが。
そこには気付いていなかった。
しかしながら神官ちゃんは彼女なりに工夫していた。
それはエアスラッシュの色で見て取れた。
通常のエアスラッシュは無色透明である。
だが、待機状態のこれは黄色がかった薄い茶色だった。
『砂をぶっ込んだか』
即席のサンドブラストといったところか。
いや、同じ工作機械でもベルトサンダーの方が近いかもしれない。
大きさはこちらの方がずっと大きいが。
「あれは……」
シャーリーも気付いたようだ。
が、確信を持てないらしく首を捻っている。
「もしかしてエアスラッシュではないのですか?」
読んでくれてありがとう。