表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1079/1785

1068 意識改革してみよう

 魔法の実習が始まった。

 知識は与えたから後は本人の意思で発動させるのみ。

 俺はそれを見守るだけだ。


 シャーリーが両手を前に突き出した。

 眉間に皺を寄せている。

 随分と張り詰めた感じだ。


 真剣と言えばそうなのだろう。

 が、どうにも余裕が感じられない。


 集中するのは良いことだ。

 が、ここまでピリピリしていると逆に雑念が入りかねない。


『吉と出るか凶と出るか、どっちだ?』


「ライト出ろ~」


 唸りながら呪文のように唱えるシャーリー。


「ライト出ろ~」


 先程からずっとこのままだ。


「ライト出ろ~」


 だが、ライトは出ない。


「ライト出ろ~」


 もちろん内包式の魔法に呪文など必要ない。


「ライト出ろ~」


 初めて魔法を使うからということで好きにやらせているだけだ。


「ライト出ろ~」


 イメージの補助となるかと思って様子を見ているのだが。


「ライト出ろ~」


 一向に変化がない。


「ライト出ろ~」


 本人は必死なのかもしれないが根本的に間違えている。


『そろそろか……』


 シャーリーの集中が切れ始めている。

 今まで止めなかったのは、これを待っていたからだ。


 集中力がどれだけ持続するかの確認がひとつ。


 あと我流が過ぎたせいもある。

 魔法を使い始めてすぐに気付いたのだが、今まで放置した。


 こういう素直さが足りないであろうタイプは固執しがちだからな。

 簡単には言うことを聞いてくれなかったりする。


 故に集中力を切らすのを待った訳だ。

 延々と続けて成功しなければ萎えるだろうし。

 そうなれば少しは素直になるだろう。


「そこまでだ」


 頃合いを見計らって止めた。

 ダラリと両腕を垂らしションボリするシャーリー。

 最初の意気込みは影も形もない。


『そりゃ根本で間違えてるんだから失敗するさ』


 落胆の溜め息をつきたくなったものの我慢した。

 ここで俺が大きく失望した姿を見せればシャーリーは自信を失うだろう。


 それどころか折れてしまう恐れすらある。

 トラウマ化してしまっては最上級で魔法を発動させづらくなるからな。

 本人が魔法は使えないと自己暗示をかけるようなものだ。

 そうなればさすがにマズい。


『こちらの言うことを素直に聞くくらいに萎えてくれないとね』


 現状はギリギリのラインだろう。

 現に俺が声を掛けただけでビクッと体を震わせた。

 失敗を叱責されるとでも思ったのかもね。


「できなくても失敗しても構わない」


 最初にそれだけ言っておく。

 すると目を丸くされてしまった。


『ああ、商売人だからな』


 商売における失敗など損失でしかない。

 とにかく損をしないようにするのが西方商人だ。


 人を育てるために実地で学ばせるにしても損は少ない方がいいという考え方をする。

 口が裂けても損をしても構わないなどとは言わないだろう。


 日本のように、損して得取れという言葉どころか発想すらないようだ。


「失敗して誰か被害を受けるのか?」


「いえ、そういう訳では……」


 言い淀むシャーリー。


「損をするのか?」


「……………」


 今度は答えられない。

 が、内心では損をすると思っているのだろう。


『やっぱり先に学校で学ばせておくんだった』


 悔やんでも後の祭りというもの。

 今できることをやるしかない。


 まずは固定概念を切り崩すところからだ。

 シャーリーは商売人の常識に凝り固まっているみたいだしな。


 何事も良い面と悪い面を持ち合わせているものだが、今回の場合は悪い方が出ている。

 商家に生まれ幼い頃から商人としての教育を受けてきたのであれば仕方あるまい。


 だからといって放置する訳にはいかんがな。

 幸いにして俺の言うことに聞く耳を持ってくれるので助かっているが。


「ミズホ国にはな、損して得取れという言葉があるんだよ」


「なっ!?」


 ひとこと発しただけで絶句してしまうほど衝撃的だったようだ。


「おーい」


 目の前で手をかざして振ってみると、ハッと我に返った。


「損をすることで得をすることなどあり得るのですか!?」


 目を見開いたままで聞いてくる。


「短期では損をしても最終的には得になるようにしろってことだ」


「よく分かりません」


「例えば開店した店の宣伝のために赤字を出してでも安く商品を売ったりする」


 シャーリーの目が更に見開かれた。

 あり得ないと言いたげである。


「宣伝だと言っただろう。

 それによって、より多くの客に自分の店の存在をアピールするんだ。

 知ってもらわないことには客は来ないし、居ない客に物は売れない。

 大勢の客に認識されれば宣伝後の通常価格でも買ってもらえる可能性が出てくる」


「う……」


「これはあくまで一例だ。

 他にも色々とあるだろう」


 そう言うとシャーリーは少し思案顔になった。


「今回の場合とは直接的には結びつかないとは思う。

 だが、失敗が損だとか悪だとかいう風に考えるのはやめろ」


 反発されるかと思い様子を見てみる。

 シャーリーの表情は変わらず思案顔のままだ。


 が、話は真剣に聞いている。

 判断を下すには材料が少ないといったところか。


 少なくとも反発するような気配は感じられない。


「失敗したことで分かることもある。

 あるいは失敗から学ぶこともある」


「っ!」


 ここで表情がサッと変わった。

 忘れていたことを思い出したような、そんな感じだ。


 最近のことではないだろう。

 おそらくは未成年の頃までさかのぼるのではないだろうか。


「その様子だと何かしら身に覚えがあるのだろう?」


「はい」


 シャーリーは神妙な面持ちで返事をした。

 経験した失敗は相当なものだったと思われる。


 が、それを根掘り葉掘り聞いても意味はない。

 大事なのはシャーリーが意識改革できるかだ。


 そのためのレールは既にシャーリーが持っていた。

 奥深くに眠らせていたために本人でさえ気付いていなかったけど。


 俺がレールを敷くことになったら、どれだけ時間がかかっただろうか。

 本人に探させて上手い具合に発見できたから無駄に時間を消費せずに済んだのは僥倖だ。

 自分で軌道修正してくれたのは本当にありがたい。


 ライトの魔法を失敗したことで消沈していた雰囲気はもはや感じられなかった。


『これなら大丈夫か』


「じゃあ、話を続けるぞ」


「はい」


「魔法が失敗したのは何故だと思う?」


「……………」


 即答はされなかった。

 それはそうだろう。

 すぐ原因に思い至るなら、こんな失敗はしなかったはずだ。


 シャーリーがつい先程のことを思い返している。

 その中に魔法が成功しなかった原因が埋もれているからだ。


「そうだ、失敗したなら何が良くなかったか考えろ。

 それが学ぶことであり次の成功につながる鍵となり得る」


 すぐには分かるまい。

 いや、分かろうとしないと言うべきか。


 原因にはすぐに思い至るはずだ。

 知識は譲渡済みなんだからな。


 有り体に言ってしまえば、シャーリーはイメージを疎かにした。

 呪文じみた「ライト出ろ~」がその代わりになると勝手に思い込んで。


『そりゃ成功する訳ないって』


 後は我流を捨てられるかどうか。

 徐々に深刻な表情になっていくシャーリーを見れば葛藤しているのが分かる。


 俺は口出ししない。

 終わるまで待つのみだ。


 やがて、ガックリと肩を落とした。

 我流の敗北である。


「ライト、やってみな」


 短く指示を出した。


 この台詞だけを聞けば野球を始めるのかと思われるかも?

 なんて思うのは俺が元日本人だからだ。


 まあ、その心配はないだろう。

 動画を見まくっている古参組なら話も変わってくるかもしれないが。


 とにかく余計なことは言わない。

 シャーリーも頷くのみ。


 今度は張り詰めた雰囲気も感じない。

 その表情も憑き物が落ちたかのように静かさを感じさせるものであった。


「行きます」


 スッと両手を前に出して無言で目を閉じる。

 その方がイメージしやすいからだろう。


 魔法を使うたびにそれでは困るが今回は初めてだから構わない。

 まずは発動させられるかどうかだ。


 さほど待つこともなくライトの魔法は発動した。

 やり方さえ違えなければ難しくはない。


 魔法を使うコツなんかも知識として譲渡してあるからな。

 今まで蓄積してきたノウハウは伊達ではないのだ。


 ちなみにシャーリーは生活魔法を成功させただけでレベルが18から35にアップした。

 およそ倍である。


『初日の特訓を始めたばかりなのにな』


 鑑定して確認したけど経験値の大半は商人として得たものだ。

 今までレベルアップできなかったのは同じことの繰り返しだったからのようだ。

 変化に乏しいとレベルアップは保留されてしまうしな。


 ルーチンワークで得た経験値なんかは該当例として典型的なものだ。

 何かの切っ掛けでレベルアップすると、今回のようになることもある。

 魔法の習得はそれだけインパクトのある出来事なんだろうな。


 しかしながら、ここで終わりではない。


「次、2個同時にライトね」


「えっ!?」


 シャーリーが目を丸くした。

 まだ始まったばかりなんですが、何か?


読んでくれてありがとう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

下記リンクをクリック(投票)していただけると嬉しいです。

(投票は1人1日1回まで有効)

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ