1066 店は移転します
国王命令としてシャーリーに強制的に入学を命じた。
こうでもしないと多忙を理由にして店に引きこもられるからな。
え? 店に出ているなら引きこもりじゃないだろって?
客がほとんどいないんじゃ、引きこもりと変わらんよ。
それにしても新規に商売を始めるのを苦手にしているとは予想外だった。
まあ、親から商売を引き継いだ場合はそういうこともあるのだろう。
それはともかくシャーリーも学生として頑張ってもらわねばならないのだが。
「今日からしばらくは俺の特訓を受けてもらう」
「と、特訓ですか?」
「本来なら同期であるはずの面々とは大きく差がついてしまっているからな」
元からシャーリーのレベルが低かったとはいえレベル差にして50以上は厳しい。
早急に追いついてもらわねば学校側も授業がやりづらいだろう。
マンツーマン指導がほぼ確定してしまうからな。
俺がテコ入れすることで、その期間を少しでも減らすつもりだ。
「そんな訳だから最低でも2週間は頑張ってもらうぞ」
「……はい」
しぶしぶといった感じではあったが面と向かって抵抗されることはなかった。
「ああ、それと連絡事項があるんだった」
「何でしょうか?」
シャーリーがバリバリに警戒していた。
次も何かの命令だったらと思うのは当然というもの。
まあ、当たらずとも遠からずといったところだ。
俺からすれば連絡事項に伴うサービスなんだがね。
「特訓を始めるに当たって店は閉じてもらう」
「なんですって!?」
さすがに声を荒げるしかなかったようだ。
「任せられる相手はいるか?」
「……ぃません」
シャーリーは今にも消え入りそうな声で返事をした。
「2週間以上も休めば、今以上に売り上げが落ちるだろ」
「ぅ……」
「もちろん強制的に閉店させるのだから救済措置も考えている」
この言葉を聞いてシャーリーが少し復活した。
「そんな訳で卒業後は別の場所に確保した店をやってもらう」
「ええっ!?」
シャーリーが驚きに目を見張る。
別の場所というのが大いに気になったようだ。
「目をかけている3姉妹がミズホシティで店を出したいと言ってるからなんだが」
もちろん食堂3姉妹のことである。
「今より店は近くなるぞ」
「やります!」
詳細を聞かずに即決とは呆れたものである。
どれだけ近いのかとか、どういう店なのかなんて疑問に思わないのだろうか。
『ホントに元商人ギルド長なのか?』
そう言いたくなったさ。
まあ、何かに対してだけポンコツになるタイプっているけどさ。
マタタビを前にした猫とか。
ちょっと違うか。
マイカみたいにモフモフが絡むとダメ人間になるとか。
シャーリーはそこまでポンコツではないとは思うが……
似たようなパターンだとベリルママも俺を前にした時はポンコツさんな気がするし。
『怒られそうだから間違っても言わんがね』
なんにせよ、こちらも悪いようにするつもりはないしな。
アフターサービスは万全に行うつもりだ。
『[過保護王]などという称号を持っているのは伊達ではないのだよ、フハハ』
え? 自慢することじゃない?
ごもっとも。
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食堂3姉妹も今の店に不満がある訳じゃない。
目が回るほど忙しくなることもあるが、今の彼女たちなら疲労困憊することもない。
レベルを上げてあるからな。
学校の卒業条件はまだ満たしていないが、世間じゃ英雄扱いされるほどだ。
疲れを翌日に残すほど、てんてこ舞いさせられたりはしない。
他にも食材は手に入れやすいし。
厨房が狭くて使いにくいなんてこともない。
そういう風に作ってあるからな。
もし、狭い場所だったとしても客が入ってこない場所なら空間魔法で拡張すればいい。
それに治安の良くない場所に店が建っている訳でもない。
そもそもジェダイトシティは内壁の内も外も治安は安定している。
ただひとつ受け入れがたいことがあるからミズホシティに移転したいと希望するのだ。
それは店に警備員が常駐すること。
これが内壁内側の本市街なら警備員も必要ないんだけど。
店は内壁の外側にあるから外すことはできない。
ミズホ国民以外も利用可能にしている店なのでね。
若い女性だけで経営する食堂だし。
客が国民だけなら必要はないのだが。
部外者相手に舐められないようにするため警備員を常駐させている訳だ。
そのせいでスーたちにしてみれば俺と最初に出会った時の状況を思い出すのだろうけど。
借金がらみの話だから良い印象などある訳がない。
故に俺はそのせいで移転を希望しているのだと思っていた。
だが、理由は違うらしい。
「今の私達ならチンピラくらい追い払えますって」
シーオの鼻息は荒い。
『嫌な記憶は追い払えないだろうに』
そうは思ったが、そのあたりは微塵も気にしていないようだった。
ちょっと肩透かしを食らった気分である。
スーやミーンにしても同感のようだ。
『まあ、西方じゃ英雄扱いされるレベル80を突破してるからな』
もはや前のようなことにはならないという自信が過去を克服しているのかもしれない。
逞しくなったものである。
うちの子たちは、それで態度が悪くなったりもしないので良いことずくめだと思う。
「そんなことより申し訳ないんです」
スーがそんなことを言うが、何が申し訳ないのかがイマイチ分からない。
「わざわざ警備してもらって仕事を増やしているのは心苦しい」
ミーンが補足説明してくれた。
『そういうことか』
3人は自分たちがいるから警備員が常駐していると思っているようだが。
生憎とそれは誤解である。
「店を移転してもな。
結局、あの場所は食堂のままだぞ」
運営は地元の誰かに任せることになるだろうけど。
「警備員だってそのままだ。
強面のドワーフたちが店員だったとしてもな」
店員と客が大げんかしたなんて状況を発生させないためだ。
たとえ客でも問題を起こせば警備員に連行される。
そういう風にしておけば、変な噂も立ちづらいというもの。
転ばぬ先の杖ってやつだな。
「だとしても居心地が良くないです」
シーオがぶっちゃけた。
秋祭りの屋台の状況を見て余計にそう思うようになったんだと。
『あっちは警備員なんて必要なかったからな』
そんな訳でミズホシティへの引っ越し準備が着々と進んでいる。
その話をシャーリーにしたら──
「是非とも御指定の場所でやらせてくださいっ」
前のめりになって言ってきた。
先程に引き続き即決である。
『どんな場所のどんな店なのかも聞かないとか……』
大胆なのか無謀なのか。
商人の直感だとか女の勘と言われてしまえばそこまでだが。
それとも俺が信用されているということか。
ならば尚のこと期待を裏切れない。
まあ、騙すつもりなど毛頭ないんだけどさ。
「店の話は、また後でな」
「はい」
「それから学校の授業だが、当面は俺が直接指導するからそのつもりで」
「はいっ」
先程までの渋りようとは打って変わって良い返事をするシャーリー。
「では、さっそく参りましょう」
返事どころかやる気まで正反対の状態だ。
『果たして何処まで保つかな?』
テコ入れをすると決めた以上は目標達成まで終わらせたりはしない。
泣き言を言おうが駄々をこねようが続けるつもりだ。
目標はレベル80以上。
現在の食堂3姉妹のレベルに近い。
彼女らも移転に伴い時間ができるのでレベルアップに励むと言っていた。
レベル差があるのでシャーリーと合同という訳にはいかない。
自主トレのような感覚だろうか。
念のためにミズキとマイカに引率を頼んでおいた。
「「過保護なんだから」」
2人には笑われたけど心配なんだからしょうがない。
何度も言うようだが[過保護王]の称号があるしな。
それはともかく2週間後が楽しみである。
どれだけシャーリーを追い込……ゲフンゲフン。
仕上げられるかがな。
現状がレベル18だから食堂3姉妹に追いつくことはできないだろう。
何かの才能を開花させたりでもすれば話は別だけど。
後はどれだけ差を縮められるかだ。
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シャーリーの特訓が始まることになった訳だが。
それに伴い店は人に譲ることもなく閉店が決まった。
元より商売に適した条件の場所ではなかったのだ。
その上、呼び込みを行う店員を雇ったりもしなかったために閑古鳥が鳴いていた。
国民になる前に引っ越してきたから手伝えなかったというのはある。
そのあたりは食堂3姉妹とは大違いだ。
まあ、国民になった後で気にかけていれば良かったのだけれど。
シャーリーも意地になって店を軌道に乗せると言ったので、あえて手伝わなかった訳だ。
結果は惨憺たるものだったがね。
商売は失速するし。
食堂3姉妹にレベルで差をつけられるし。
レベル差についてはシャーリーは気付いていないけど。
『知ったら、どうなるやら……』
死に物狂いになるくらいならマシかもしれない。
妄執して暴走されると厄介だ。
本来なら制御できるはずのない魔法を発動させようと無理をしたりとかね。
『あれはヤバいよな』
俺はそのせいで1年間も眠ることになった。
奇跡的な幸運が重なって助かってさえそれだ。
普通は必ず何処かでつまづくだろう。
失敗の代償は自分の命で支払うことになる。
『迂闊な真似はさせられんよな』
目標レベルに達すれば少しはマシになるだろうけど。
マジで食堂3姉妹と差がどれだけ縮められるかが鍵だと思う。
そのためには最初が肝心。
シャーリーの現状を知っておく必要がある。
読んでくれてありがとう。




