1065 拒否は認められない
「コンペはいつ行うのかな?」
「具体的には決まってないよ」
「参加希望する全員が発表できるようになってから決めるということかな?」
「そうそう」
『やっぱり、そうか……』
ちょっと危機感なさ過ぎではなかろうか。
食べ物の賞味期限を軽視して食べ頃を逃すようなものだ。
寝かせた方が上手くなるものもあるが何事も限度というものがある。
まあ、コンペは食べ物ではないがな。
「期日を決めよう」
俺がそう言っても、皆の反応は鈍い。
特に反対意見はないが疑問視されていると思う。
「秋祭りの興奮が残っているうちに放送しないとガッカリされる恐れがある」
「「「「「うっ」」」」」
具体的に懸念事項を告げると、皆が焦りの表情を浮かべた。
「しまったなぁ。
視聴者の視点を忘れていたよ」
トモさんも渋い表情をしている。
「より良いものを作ろうという意欲は感じていたさ」
それは間違いの無い事実だ。
「でも、自己満足のためだけになってしまっては本末転倒だよね」
俺も偉そうなことを言えた義理ではないのだが。
今回はたまたま気付いたから言っただけだ。
「満足させるべきは視聴者なんだから」
この言葉は思った以上に響いたみたい。
皆がショボーンとしてしまっている。
「落ち込みすぎだよ。
気付けたんだから修正は可能だろ?」
そう言うと少し持ち直したようだ。
「それに限られた時間だからこそ集中力が高まることもあると思うんだ」
少しずつコツコツと積み重ねることが悪いと言っているんじゃない。
それはそれで良い点もあるだろう。
だけど、今回はそれだと結果につながらないと思うのだ。
少なくとも年を越してしまうと皆の興味が半減してしまうと思う。
放送局に対する興味は残っていても秋祭りについては余韻も消え去っているはず。
年末と新年の催しで上書きされるからね。
そのあたりも説明すると、皆の目の色が変わった。
かなりの危機感を抱いたようだ。
「明日までに仕上げてきますっ!」
1人がそう言うと、皆が我も我もとなった。
『極端だなぁ』
そうは思うものの皆がせっかくやる気になったのだ。
水を差すのもよろしくない。
そんな訳で、この日のレッスンはお開きとなった。
解散すると凄い勢いで散り散りに帰って行ったのは言うまでもないだろう。
『こういうこともあるんだなぁ』
俺は俺で今日だけでもレッスンから逃れるという望みが奇しくも叶ってしまった。
こういう流れになることを狙っていた訳ではなかったのだが。
偶然とは恐ろしいものである。
ホッと安堵しようとしたところで──
「じゃあ、することのない俺たちはレッスンを続けようか」
残っていたトモさんの一言に俺は逃げられないことを覚った。
その後、みっちり仕込まれることになる。
日が暮れる前には終わったけれど、マンツーマンだったからグッタリだ。
「思うんだけどさ……」
「何かな?」
「素人くさい方がゲストっぽい気がするんだけど」
「あっ」
肝心なことに気付かされたとばかりにトモさんが驚いていた。
『今更なんだよなぁ』
普通なら半日のレッスンなど付け焼き刃に等しい。
が、俺は例外である。
スキルの種と【才能の坩堝】がコンボを決めるからね。
【発音】とか【朗読】なんていう一般スキルをあっと言う間に習得しましたよ。
言うまでもなく熟練度はカンスト済み。
「しまったぁーっ!」
ガックリ膝をついて四つん這いになっているトモさん。
「気持ちは分かるよ。
俺も今頃になって気付いて、やっちまったな気分だし」
のっそりと起き上がったトモさんが嘆息した。
「後の祭りだよね?」
ドンヨリした感じで聞いてくるトモさん。
「スキルは取り消しようがないから、しょうがないよ」
【千両役者】で素人っぽく見せることは可能だけど、それはしたくない。
「初っ端から遣らせとか嫌だろ?」
「そうだね。
印象が悪すぎる」
諦めるしかなかった。
ちなみにコンペは翌日開催。
その日のうちに最優秀とされたものをベースとして全員の編集内容を抜粋し盛り込んだ。
前日までとはやる気の度合いが桁違いである。
そして、やる気のあるとなしでは進捗に大きな差が出てしまう訳で。
緩い感じで進めていたはずの事業が急加速した。
コンペの翌々日には初回放送の告知が行われたほどだ。
『行われたというか、俺が告知したんだけど』
レッスンの成果を披露することができたと喜ぶべきだろうか。
個人的には素直に喜べないのだが。
ナレーションにも参加した。
させられたと言うべきか。
ただし、1人ですべてを担当した訳ではない。
場面ごとにリレーするような感じで入れ替わったからね。
トモさんも参加したよ。
どうせなら道連れにしようと俺が出演する条件とした。
「それくらい構わないよ」
「ぬぐっ」
あっさりオーケーを出されたせいで、あまり意味がなかったけど。
「それよりも、だ」
トモさんの表情が硬い。
何か深刻な問題でも発生したのだろうか。
「告知したはいいけど、放送が2週間後なのは遅すぎないかい?」
『そこを懸念してるのか』
分からなくもない。
「ちょっと秋祭りの熱が下がっているかもね」
「だったら今からでも繰り上げた方がいいような気がするけど」
「それは、しない方がいいよ」
「何か根拠があるのかい?
番組の方の仕上げには2週間もかかるとは思えないし」
「学生たちがテレビを作るのが間に合わない恐れがある」
「あ、そうか」
放送日を1週間後にしていたら、リアルタイムで視聴できない者たちが出てくるだろう。
新規国民組の大半がそうなるものと考えられた。
「2週間で大丈夫かな?」
急に不安になってきたようだ。
「1週間で完成させられなければテコ入れする予定だよ」
学生にはメールで告知されている。
「それなら大丈夫かな」
何事も絶対はない。
できるだけ余裕を持って対処するつもりだ。
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告知からの2週間はあっと言う間だったと思う。
特に大きなトラブルはなかったけれど、それなりに多忙だったからね。
テレビを作るのに手間取った面子の面倒を見る必要があったし。
何より2週間の期間を利用してシャーリーを鍛えていたからね。
肝心のシャーリーは最初は忙しいからと断ろうとしていたけれど。
「何処が忙しいんだ?」
ジェダイトシティに構えた店の中は閑古鳥が鳴いている状態だった。
「今日は客がいませんが……」
言い淀んでいる時点でお察しだと思うのだが。
『今日も、だろうに』
そのツッコミはしないでおいた。
せめてもの情けと言うよりは暴走されると困るからだけど。
どうも西方の商人は、客が来ない店は店主の商才がないせいだと思う傾向があるらしい。
商才がないと言われるなど商売人にとってはこれ以上ないくらい屈辱的なことだ。
「ここに店を構えてからの総売上は?」
そんな訳で間接的に聞いてみる。
むしろ、こういう聞き方の方がグサッとくると思うのだが。
それでも客がいないと言われるよりはプライドに影響しないらしい。
まあ、売り上げが低いのは経験が少ないせいだと言われるみたいだけど。
「うぐっ……」
シャーリーの頬が引きつっていた。
『商人ギルド長を経験している者にはキツいよな』
ヒヨッコ扱いなんだからさ。
まあ、それも仕方のない側面はある。
最初からやり直すってことで今までとは違う商売を始めたのだ。
ノウハウがないという点からすれば、ヒヨッコ扱いも納得せざるを得ない。
「そんな訳で学校への入学を命じる」
「ええっ、そんなっ」
「拒否は許されない。
これは国王の命令だ」
「……………」
絶句するシャーリー。
横暴なやり方だから無理もないよな。
できれば説得でどうにかしたかったんだけど。
『無理って言われたからなぁ……』
食堂3姉妹に。
とにかく頑固だから説得は容易ではないと言われたさ。
「オバさんはそういう人」
ミーンなどは遠い目をして言ってたしな。
「ちょっ、ヤバいって!
オバさんなんて呼んでるのバレたら殺されるわよっ」
シーオがハラハラしながら注意していたのが印象的だった。
「私は大丈夫。
それを言って酷い目にあうのはシーオ姉だけ」
「ぐっ」
「調子に乗ってからかうのが悪い」
『そんなことしたのか』
1人だけというのは変だと思ったが、それなら納得だ。
「小さい頃の話じゃない」
シーオは唇を尖らせて抗議していた。
「私でも覚えているくらいだから小さいは言い過ぎ」
「うっ」
彼女らの小さい頃というのは物心つくかどうかまでなんだろう。
それ以降ならば大人の教育的指導が入るのも仕方のないところだと思われる。
なんにせよ子供でも限度があるってことだな。
『じゃなくて』
そういう話をしに来た訳ではない。
とにかく筋金入りの頑固さだという情報を得ることができた。
で、帰ってから奥さんたちとミーティングしたんだけど。
『国王命令作戦しか思いつかなかったのはなぁ』
何とも情けない話である。
読んでくれてありがとう。