1064 にげられない
誰とペアを組むかマリアに決めさせようと思ったのだが気を失っていた。
どうやらカチカチな喋りをした直後に失神したらしい。
『どうりで静かだと思った』
立ったままとは器用なことだ。
どうやってバランスを取っているのだろう。
まあ、それを知ったところで何かの役に立つ訳でもないけどな。
『とにかく話を聞かないと始まらないか』
そう思って起こそうとマリアの肩に手を伸ばそうとしたら──
「このままにしておきましょう」
エリスに止められてしまった。
「え?」
訝しげな顔になってしまったと思うが、エリスは気にもしていない。
エリスにはエリスで何か思惑があるのだろうと視線を向けた。
説明を求むのサインだ。
するとニッコリ笑って──
「椅子に座らせておけばいいんです」
そう答えるのみであった。
「……………」
少し待ってみたが、それ以上の説明はないようだ。
マリアを起こさずに座らせておくだけ。
要するに気絶している間にオーディションを始めようってことだな。
何が言いたいのか読めてきた。
気を失っている間に終わらせよう作戦を提案している訳だ。
確証はないけどな。
「念のために魔法で眠らせておこうとか言わないよな?」
推測通りか確かめるために聞いてみた。
「その方が無難に終わらせることはできそうですよね?」
思った通りだった。
エリスの言う通りな側面もある。
けれども、この作戦には大きな問題点があった。
「それはマズくないか」
御褒美的な意味で。
「そうでしょうか?」
エリスは気付いていないのだろうか。
そんなはずはない。
ならばマリアがテンパらない方を重視している?
それもないだろう。
テンパったことで大きな被害がもたらされるなら話は別だが。
何処かの特攻しているチームのメンバーのように飛行機恐怖症だったりとかさ。
「御褒美のために頑張ると宣言してるだろ」
「そこは静かにして邪魔をしなかったということで良いのではないでしょうか」
『そういうことか』
さすがと言うかエリスらしいと言うか……
とにかく、ものは言い様作戦も追加された訳だ。
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結局、オーディションは何とか乗り切れた。
午後からはマリアも復帰させたけどね。
ずっと眠らせたままは良くないんじゃないかという意見もあったし。
昼休憩を挟むため午前中は時間に余裕がないということでエリスの作戦を採用したけど。
午後からはマリアを起こしてオーディションを再開。
少人数の呼び出しに切り替えたことが功を奏したのかマリアもテンパらなかった。
だったら午前中に起こしても問題なかったのではないだろうか。
そう思ったのだが、エリスによればサボった意識が根付くため暴走を防げるのだそうだ。
『ちょっと黒くないか?』
御褒美は諦められないので必死になるが自重するだろうとも。
『ますます黒くないか?』
そうは思ったが、エリスなりにマリアの弱点克服を考えてのことらしい。
試しに翌日は小部屋を無しにしてオーディションを行ってみた。
少しずつ前に呼び出すスタイルはそのままだ。
ドライブスルー的にすると圧迫感があるだろうし。
いずれにせよ待っている面々の視線は浴びることになるのは変わらないけどね。
クリスの言によればマリアが許容できない人数であることは間違いない。
最初は喋りがカチカチだったものの徐々に改善されていった。
『エリスマジック、スゲー』
午後の部が終わる頃には前日の状態が信じられないほどだったからな。
端で見ていても、ちょっと信じ難いくらいだったのが正直なところである。
『こういうのも荒療治って言うのかね?』
少なくともエリスがこうなることを目論んでいたとは思う。
割とスパルタなところがあるからな。
それも笑顔を浮かべながらSっ気のあることを普通に実行するし。
結果がこうなることまで読み切れていたかは不明だ。
失敗した場合も見越してはいるんだろうけどね。
そんなこんなで1次選考は終了。
当初は半分に減らす予定が、もっと絞り込むことができた。
助っ人のお陰である。
4次を最終選考にする予定が2次選考で終了となったので研修期間を少しだが増やせた。
トモさんを講師に迎えての授業というか特訓というか。
主に発声練習や台本の読み方だな。
何故か俺や他の初期メンバーたちも受けさせられた。
現場の雰囲気に慣れておけば、咄嗟の状況でも対応できるんだって。
「そうは言っても、俺はただのオーナーなんだけど?」
色々と首は突っ込んじゃいるけど手出しは控えているつもりなんですがね。
皆に頑張ってほしいからさ。
「ただのオーナーって何だよ」
トモさんに笑われてしまった。
「オーナーはオーナーでしょうが」
笑ってるけど追及はするようだ。
「ほら、なんて言うのかな?」
適切な単語が咄嗟に出てこない。
「アレだよ、アレ」
「アレじゃ分かんないって」
そりゃ、そうだ。
「とにかく普通のオーナーなんだよ」
「どう普通なのさ?」
「だからアレだって」
「だから分からんって」
堂々巡りである。
「不毛な会話だ」
「そうだね」
互いに無意味であると頷き合って、この会話を止めることにした。
「アレなんだけどなぁ……」
「続けるのかっ!?」
「いや、そうじゃない。
思い出せそうで思い出せないのが気持ち悪いだけ」
「そういうのは1人の時にしよう」
それもそうだ。
納得したので話を進める。
「で、俺がここでレッスンを受けるのは何故かな?」
「ラジオの第1回ゲストだから」
「ナンデストォ─────ッ!?」
飛び上がるくらい驚いたさ。
「聞いてないよっ」
「うん、言ってないよ」
真顔でしれっと言われた。
騙し討ちに遭った気分だ。
「皆は知って……」
レッスンを受けている面子を見ながら尋ねようとしたが、彼らも呆気にとられている。
『ああ、これは知らないな』
「企画内容はまだ書面に起こしてないから」
「要するに思いついただけでしょうが」
「そうとも言うね」
「そうとしか言わないよ」
「だけど、他のゲストは考えられないよね」
トモさんの呼びかけに皆もうんうんと頷く。
「えー……」
別にタレントになりたい訳じゃないんだが。
もちろんアナウンサーになりたいとも思わない。
「国王でオーナーなんだからさ。
これ以上の適任者はいないよ」
「ぐぬぬ」
ハルトはにげだした!
しかし まわりこまれてしまった!
そんな心境である。
「今はラジオより最初のテレビ放送だよ」
とりあえずスルーしておく。
ラジオの初回放送はテレビの録画放送よりも後だから、そう不自然でもないはず。
「陛下がスルーしたよ」
「逃げたね」
「逃げた、逃げた」
などとヒソヒソ話し合っている声が聞こえてくるが──
『あーあー、聞こえなーい』
これもスルーだ。
無かったことにはできないだろうが……
とにかく、今だけでも逃げるのみである。
「それについては台本を皆に作ってもらっている最中だね」
トモさんの言葉に俺は首を捻った。
「皆にってどういうこと?
いくつかのパートに分けてあるとかかな?」
「そうじゃないよ。
資料映像を元にどう編集してナレーションを入れるかでコンペを行うんだよ」
より良く仕上げたものを採用するらしい。
「ふむ、そういうことか」
誰の発案かは知らないが、時間的猶予のある現状では最善手に近いかもしれない。
全ボツなんてことにはならないだろうし。
逆に甲乙つけがたい感じで選ぶのに苦心するなんてことが考えられる。
「場合によっては、いいとこ取りして仕上げるのも悪くないかもね」
「おお、それいただき!」
パンッと手を叩いてトモさんは採用を宣言した。
『いいのかなぁ』
単なる思いつきなんだけど。
「だけど、つぎはぎだらけで違和感バリバリになることも考えられるよ」
念のために忠告しておく。
「そこは放送する前に皆でチェックすればいいんじゃないかな」
もっともな意見である。
「まあ、それはそうなんだろうけど」
放送開始の日は決めていないから可能なことだ。
こういう時のための保険である。
もちろん、これだけじゃなく他の不測の事態に備えてのことだが。
デメリットもあるがね。
緊張感を維持しづらいからダラダラしてしまう恐れがある。
もしくはクオリティの要求基準がドンドン上がっていくことも考えられる。
いずれにせよ先延ばしになる訳だ。
そうすることでの影響は少なからずあるはずなんだが。
おそらく皆はそのあたりのことまで考えていないのではないだろうか。
確信はないけれど、何となくそう思った。
『マズいかもしれんな』
確認して対処した方がいいような気がする。
オーナーとしてなるべく前に出ないようにしようと思ってたんだけどね。
そういう訳にもいかないようだ。
読んでくれてありがとう。