1062 助っ人を呼んでみる
「それよりも、問題があるんだよ」
「えっ、何さ!?」
今頃になって言われるのは焦る。
何か準備不足だっただろうか。
「これだけの人数を審査して絞り込むの大変だと思わないかい」
「そこはしょうがないよ。
こんなに来るとは思ってなかったからね」
そう返事はしたものの俺も同感であった。
壮観という言葉が牙を剥いて襲いかかってくるかのようだ。
いや、それは例えとして適切ではないだろう。
むしろ津波や雪崩と言うべきだ。
俺たちは溺れたり埋もれたりする訳である。
『しょうがなくはないな』
「やっぱり選考人員を増やそう」
「よし来た、そう来なくちゃね」
俺の翻りっぷりにもトモさんは動じた様子を見せない。
むしろ嬉しそうだ。
『そりゃ、まあそうか』
何回かに分けたとはいえ助っ人なしでは厳しい状況だもんね。
そう思っていたのだが……
「じゃあ、フェルトを呼ぶよ」
ワクワクした様子で行動を起こしていた。
『あ、そういうこと』
喜ぶ訳である。
そんな訳でトモさんはフェルトを呼んだ。
ならば俺は誰を呼ぼうかと考えて迷った。
最初は地球の文化に詳しい元日本人組にすべきか否か。
これは否と出た。
詳しくない面子を入れた方が良いだろうという判断である。
次に人生経験が豊富かどうか。
だが、これは検討する前に却下した。
ガンフォールやハマーには書類仕事を押し付けてしまっている。
申し訳ないくらいの量で。
書類仕事をしたことがないボルトは邪魔だからと執務室から追い出されるくらいだ。
雑用もさせてもらえないらしい。
集中できないんだと。
そんな訳で、本日のボルトは守護者組に連れられてミズホシティ内を見回っている。
警邏と言うよりは自主的な御用聞きみたいなものだ。
まず、ローズが手を貸してほしそうな人のところへ向かう。
そこからボルトが交渉。
手伝いが不要なら撤収し、必要なら皆で手を貸す。
そんな感じだ。
残念なことにガンフォールたちの手伝いは難しい。
新規加入した小国群から集めてきた書類の処理なのでね。
誰にでもできるものじゃない。
ドワーフの書類に通じた者でないと逆に作業効率が落ちて邪魔にしかならないからだ。
そうでなくても書類によって書式なんかがまちまちだったりするし。
同じ系統の書類のはずなのに作成した時期によって差があったりもした。
これくらいならボルトも手伝えたことだろう。
だが、王族でなければ読めない符丁や暗号が混じった書類も多かったのだ。
そんな訳でボルトも執務室から追い出されたのである。
では元小国群の王だった者たちならどうか。
これも邪魔になる。
読み取りだけなら問題はないが、そこからミズホ式に変換するのがね。
学校に通っている元王たちが新書式をマスターすれば逐次投入する予定である。
え? 俺が手伝えば投入前に終わるんじゃないのかって?
その通りだとは思う。
倉にすべての書類をぶち込んで【多重思考】でもう1人の俺たちの力技が使えるからな。
仕事を終わらせるだけでいいなら最も早い解決方法だろう。
でも、それをするとこの作業のノウハウを持つ人間が増えない。
ガンフォールたちに仕事を先行させて、後から加わる元王たちにレクチャーする。
そうすることで元王たちの経験が増す訳だ。
後は彼らが各領で経験を広めてくれるだろう。
そのためのレクチャーに関するあれこれはガンフォールたちがこれから得る訳だ。
現場で教えながらになるけどな。
試行錯誤している間に教える系のスキルが生えればラッキーだと思っている。
『育成系のリアルタイムSLGとかやってる気分だな』
それも自動処理系のコマンドで最初に指示だけ出して丸投げ状態。
「……………」
いま不穏なことを考えてしまった。
いや、客観的に考えれば極めて真っ当なことなのか?
人の成長を促している訳だからな。
『エリーゼ様が何でもかんでも丸投げするのって……』
そういうことなんだろうか。
自分が面倒くさいから人に振っているだけのように思えてならないのだが。
まあ、そのあたりを気にするのはやめよう。
今はオーディションのための選考人員として誰を呼ぶかだ。
あれこれ考えたがエリスに声を掛けることにした。
元日本人組ほど日本文化に精通していないのは当然として。
冒険者ギルドの幹部職員として人の上に立った経験に着目した。
人事関連の仕事をしたことがあるかどうかは聞いたことがないが。
『聞いてみるか』
[冒険者ギルドで仕事をしてた頃に職員採用とかやったことある?]
ショートメッセージでササッと流すと、すぐに返事があった。
[ありますよ]
何故とは聞いてこなかった。
代わりに妹たちを引き連れて参上。
「お邪魔でなければお手伝いします」
エリスは控えめなことを言っていたがニッコリ笑ってやる気満々である。
そもそも、あの短いやり取りだけですっ飛んできたからな。
「よく分からないままに来てしまったのですが……」
マリアなどは完全に困惑していた。
「何でもお手伝いしますよ」
可愛らしいガッツポーズでやる気を見せるクリスとは対照的である。
「2人を指導しながら面接官ができるか?」
我ながら無茶振りをすると思った。
現にマリアは顔色が悪い。
ただ、やる気にはなっているようだ。
そのせいで思い詰めた表情になっていたけれど。
ちょっと可哀相になったのは罪悪感が湧いてきたからだろうか。
「お任せあれ。
審査が始まるまでに仕込んで見せます」
そしてエリスの返事が怖い。
『仕込むって何だよ』
とりあえず言葉の綾だと思うことにした。
「その辺は任せる」
ドナドナされていくマリア。
エリスの言う仕込みは別室で行うようだ。
「行ってきまーす」
楽しげについて行くクリス。
「頑張れば後で御褒美があるぞー」
あまりに悲壮感たっぷりに見えたマリアのストレス緩和になればと言ってみたのだが。
途端に3姉妹が捕食者の目でギラリと俺の方を見て来た。
『おいおい、俺は草食動物か何かか?』
実際に寒気がしたが気にしないことにした。
廊下に出た3姉妹を見届けて次の面子を呼ぶ。
エリスの時のように質問もしない。
[ちょっと手伝って]
ショートメッセージもこれだけである。
何をするとも書かなかったが、すぐに返事があった。
[分かった]
そしてノエルがやって来た。
「ハル兄、お待たせ」
珍しくフンスと鼻息を荒くしている。
かなりのやる気を見せているようだ。
表情もそれっぽい。
いつもよりは他の人間でも何となく分かりそうな感じである。
「お、おう」
しかしながら俺の返事がぎこちなくなったのは、そのせいではない。
「ノエルがシーニュを連れて来たのかな?」
ノエルの後ろに神官ちゃんが同行していたのだ。
まさか一緒だとは思わなかった。
「そう、色々と案内していた」
つまりノエルはノエルで新人さんの案内業務に勤しんでいた訳だ。
「スマンな、2人とも。
完全に邪魔をしてしまった」
ノエルの都合を考えなかったのは俺のミスである。
だから頭を下げたのだが。
「「意味不明」」
ダブルで言われてしまった。
「ノエルの仕事を邪魔したじゃないか。
仕事があるなら断ってくれて良かったんだぞ」
俺がそう言うと、ノエルは神官ちゃんの方を見た。
「やめる?」
問いかけられた神官ちゃんは頭を振った。
「こんなの初めて」
そう言いながらも楽しそうだ。
「それに興味深い」
ノエルが俺の方へ向き直った。
「オーディションなんて滅多にない」
特にこの規模のものはね。
今後あるかどうか。
「見学するだけでも凄く為になるはず」
神官ちゃんのことを言っているようだ。
まあ、ノエル本人はやる気にあふれているようだし。
入れ込み過ぎなんじゃないかと思うほどだ。
『為になるのか?』
思わずその言葉が喉から出かかったが、どうにか飲み込んだ。
何にも知らなさすぎてチンプンカンプンで終わってしまいそうなんだが。
そんな風に考えたところで──
『それはそれで面白いかもしれんな』
などと思い直した。
あえて細かいことを説明せずにノエルの補助をさせてみる。
何を基準にするかは本人次第だ。
「視聴者代表という観点もあるか」
思わず呟いていた。
「シーニュにも?」
ノエルが首を傾げながら聞いてきた。
俺の呟きを聞き漏らさなかったのだろう。
「見学じゃすぐに飽きるだろうしな。
せっかくだから手伝ってもらおう」
「大丈夫?」
ノエルが少し不安そうに聞いてくる。
「1次選考だから大きな問題にならんだろ。
それよりも視聴者の視点での意見がほしいところだ」
トモさん以外は声のプロって訳じゃないがね。
とにかく話をしながらノエルに仕事の手順などをメールで送る。
もちろん、シーニュにはその内容を伏せるようにという指示付きだ。
神官ちゃんへも指示を出した。
難しいことじゃないし、ひとつだけだ。
[人に語り掛けるのに向いていると思う人をピックアップしてノエルに伝えること]
これを口頭で伝えるとコクリと頷いた。
「面白そう。
やってみたい」
「じゃあ、そういうことで」
読んでくれてありがとう。