1061 前例はあったらしい
放送局ができたら放送しないと始まらないでしょ。
それもアナウンサーがいないことには始まらないんだが。
しかしながら会議に出席した面子で立候補する者はいなかった。
何も知らなければ、なんだそりゃと思うかもしれない。
だが、集まった者たちは何も目立ちたいから放送局の立ち上げに参加した訳じゃない。
「運営管理はやってみたいですが人前に出るのはちょっと……」
そういう感じの面子が初期メンバーなのである。
募集をかけた時に人前で喋りたい目立ちたいという者がいなかった訳じゃない。
が、運営管理もやってもらうという話をすると遠慮された。
「小難しいことを考えるのはちょっと……」
初期メンバーとは正反対ってことだな。
いずれも「ちょっと……」などと言う面子がいたので共通点はあるかもね。
押しが弱いというか。
まあ、単なる偶然だ。
それぞれ何人かいるうちから抽出したら、こうなっただけのこと。
決して双方が作為的にどうこうした訳ではない。
とにかく、オーディションの開催決定。
運営管理メンバーを集める段階で弾かれた面々以外にも集まってきたさ。
なのに選考サイドは俺とトモさんだけである。
他のメンバーは特訓中だからね。
放送局用の自動人形を与えて同調操作するのだけど、これが意外に難しいようなのだ。
普通に動かす分には問題がないのだけどね。
カメラワークなどは繊細な操作が必要なせいで悪戦苦闘しているみたい。
もちろん手ブレに相当するような細かな揺れなんかは自動人形の方で補正する。
逆にあえて手ブレ感を出したい時はそうさせることも可能だ。
問題は上下左右の動きやズームやフォーカスなんかの操作である。
挙動が雑だったり急激だったりすると視聴者に不快感を与えたりするからね。
丁寧に操作していても咄嗟の反応とかあるし。
え? そういうの含めて自動人形に全部やらせればいい?
やろうと思えば確かにできるけどね。
でも、そんなの何の面白みもなくなるだろ?
面白そうだからテレビやラジオの放送を始めようというのに。
視聴することしか興味がない者たちばかりなら話は別だけど。
やる気のある面子を蚊帳の外に放り出すような真似はできないね。
とにかく、あと1時間もしないうちにオーディションが始まる。
「いや、壮観だね」
トモさんが集まった面子の名簿を見て軽く驚いていた。
オーディションなどは見慣れているだろうに。
アナウンサーと声優では違う部分もあるだろうけどね。
あと、受ける側と審査する側で立場も入れ替わっているけどさ。
「そうなんだ?」
トモさんのその姿に俺が目を丸くすると苦笑された。
「こんなのは、2回目だ」
初めてではないらしい。
「へー」
何気なく返事をしたが1回目がどんなのだったか大いに気になった。
つい、ソワソワしてしまう。
「気になるかい?」
「そりゃあね」
「今も続いているあの国民的アニメだよ」
「それだけじゃ分からんって」
苦笑しながら返事をした。
「思いつく限りでもいくつかあるけど?」
「例えば?」
トモさんに聞き返されてしまった。
どうやら素直には教えてくれないらしい。
『そっちがそう来るなら俺も直球勝負はなしだ』
「海産物の名前の人が大勢出てくるやつとか」
ちょっと分かり易すぎたかもしれない。
「うんうん」
トモさんも頷いている。
が、明確に肯定も否定もしない。
伝わってはいるのだろうけど。
何だか作品を確定させるためにもう一声と言われているような気がした。
「お父さんが双子の弟だった気がする」
「うん、そうだね」
まだ足りないらしい。
「酒屋の御用聞きの人が2代目だったり」
「うん」
「隣の一家が入れ替わるように引っ越したり」
「らしいね」
「お父さんの甥っ子が隣に越してきた作家の担当だったり」
「そうだね」
と言う割には大本のアニメが本命かどうかは言わないし。
『まだ足りないのか』
「飼い猫の声優さんが不明だったり」
俺は出演者の1人が兼ね役でやっているんだと思ったけど。
レギュラー出演者にも知らされていないらしい。
そんな訳で謎のままだ。
「あー、あれね」
切り札的なネタのつもりだったのに反応が薄い。
『ならば逆にあまり話題になっていないネタで勝負だ』
「婿養子が関西出身なのに流暢に標準語を喋っているよね」
「ほうほう」
ここで何故かトモさんの機嫌が少し上向いたらしい。
ニコニコしている。
『そういえば……』
「トモさんは婿養子の同僚の物真似をするよね」
そう言ったら──
「あの唇が超分厚い人だね」
とか言いながら、上機嫌で物真似を披露してくれたよ。
綿本盛男さんも好きなんだよな。
とりあえず拍手しておいた。
そしたら、ようやく満足したらしい。
「でも、この作品じゃないんだな」
ガクッときたけど、納得もした。
『物真似がしたかっただけなんだな、きっと』
ならば次はそんなに長引かないだろう。
たぶん……
「それじゃあ、お爺ちゃん子の女の子が主人公のとか」
『ちょっと意地悪だったかな』
国民的アニメという条件が無かったら首を傾げるかもしれないくらい分かりづらいはず。
ちなみに原作者によるとリアルとアニメでは正反対の祖父だとか。
アニメの方は居たら良かったと思う理想のお爺ちゃんらしい。
この情報を加えても伝わるか怪しいところだと思っていたのだが……
「しっかり者のお姉ちゃんがいるアレだね」
トモさんは迷うことなく切り返してきた。
分かっている証拠だろう。
だが、ここでもすぐには肯定も否定もしなかった。
「後はお父さんの職業が謎だったり」
それどころか追加情報まで出してくる程だ。
ネット上では色々と言われているようだけど。
製作サイドがあえて伏せているらしい。
ここまで情報があれば判別は容易だ。
「そう、それ」
自信を持って返事をした。
まさか、お互いに考えているアニメが別物ということはないだろう。
とはいうものの認識が同じだけでは意味がない。
トモさんが前に経験した壮観なオーディションに合致するアニメでなければな。
「違うんだな、これが」
残念だが否定されてしまった。
ならば次だ。
が、少し不安になってきた。
俺が答えではないかと考える国民的アニメは残りふたつ。
『これで両方とも外したらバカみたいだな』
現状で外すとは、これっぽっちも思っちゃいないが。
残るどちらかだとは思うのだ。
「じゃあ幼稚園児が主人公のは?」
主人公の声優さんがリアルの物真似番組に出たことがあるとかないとか。
「それだけだと分からん人もいるかもね」
そんなことを言いながらも迷ったり考え込んだりする様子はまるで見られない。
俺が何について言ってるのか分かっているのだろう。
「トモさんは分かるでしょうが」
とにかく抗議する。
「毎年のように映画になってるアレだよ」
白々しいと思いながら念のために情報を付け加えておいた。
「文房具の名前がタイトルに含まれてるアレだよね」
そこまで具体的に言えるなら間違っているはずもない。
「分かってるじゃないか」
わずかだが言葉に不服を乗せると──
「ハッハッハ」
誤魔化すように笑われてしまった。
「おぬぅれぇー」
「おや、尾安尊人さんの真似かい?」
珍しいと言いたげに真顔で問われてしまった。
「違ーよ。
んな訳ねー」
そもそも、まるで似ていない。
似せる努力すらしていないんだから当然だ。
「しょうなのぉ?」
「荻久保清太郎さんの真似はしなくていい」
「あるぇ?」
トモさんは首を捻るがスルーした。
ここで受け入れる反応をすると物真似ショーが始まりかねないからな。
「俺が答えだと思う国民的アニメは残りひとつ」
単に国民的アニメというだけなら他にもあるだろう。
子供が探偵のとか。
世界的な泥棒が主人公のとか。
映画だけどテレビで毎年のように放映されるのとか。
先に挙げたものも含め個人の主観によるチョイスだから異論はあるかもだけど。
「ほほう、残るひとつは何かな?」
不敵に笑うトモさん。
「耳をネズミに食べられたロボットが出てくるやつ」
「正解」
今度もネタを引っ張り出してからになるだろうと思っていたら、あっさり終わった。
『長い前提だった』
「で? そんなに壮観だったのかい?」
言っておくが映画の内容とかではない。
オーディションの話である。
「ほら、リニューアルがあっただろ?」
トモさんが問いかけてきた。
まだ焦らしてくるのかと思いかけたが、それが答えだった。
「製作スタッフも総入れ替えになったんだっけ?」
「そうだね」
もちろん声優もだ。
「へー、そんなにオーディションを受けたんだ」
あのアニメのリニューアルなら分からなくもない。
比較されると、こちらが恐縮してしまう。
畑違いだから少しは気が楽だけど。
「アナウンサーとは違うけどね」
トモさんからもその一言を貰ったので一安心だ。
気合いを入れて頑張んないとね。
読んでくれてありがとう。




