1060 つくってみた?『放送局』
「ところで局の建物は建てないのかい?」
話に区切りがついたところでトモさんに聞かれた。
「あ、それは自分も思いました」
「自分もです」
「私もー」
次々に聞かれる。
まあ、それも予想はしていたさ。
「放送局なんて何の知識もないからなぁ」
「「「「「ああー……」」」」」
俺の言葉に皆も納得したとばかりに嘆息する。
どうしたものかという空気が流れ始めた。
こうなることは予測済みである。
「どうせなら皆の希望を聞いて好きなようにやってみようと思ったんだ」
好感触が得られるかと思ったのだが……
「「「「「……………」」」」」
反応がなかった。
重苦しい沈黙が流れる。
皆の中に困惑する空気が漂い始めていたからだろう。
本当にそれで大丈夫なのかという感じだな。
「何も向こうの世界のものを真似る必要はないんじゃないか?」
そう問うても返事がない。
「不都合があっても魔法や魔道具で解決できるんだし」
「「「「「あ……」」」」」
そんな声を漏らす者が多数いた。
少々の問題は魔法で解決できることを失念していたらしい。
『たぶん動画の見過ぎだな』
断片的に得られる情報から、こういうものだという刷り込みに近い状態に陥っていた。
そう考えるのが妥当な気がする。
例外はトモさんだ。
が、建物の話を最初に振ってからは傍観者状態である。
「とにかく自分たちがやってみたいことを盛り込もう」
俺がそう呼びかけると──
「「「「「おおっ」」」」」
皆は驚きつつも喜色満面となった。
次の瞬間から隣同士であーだこーだと話し始める。
しかも何故かヒソヒソした感じだ。
「おーい、意見は発表しないと反映されないぞー」
そう言ってもヒソヒソは止まらない。
どうしたものかとトモさんを見ると苦笑された。
「思いつきを言うのは気が引けるんじゃないかな」
「そういうことかー」
分からなくはない。
自分の意見が仮に採用されたとしよう。
それ自体は嬉しいことだ。
が、後にそれが原因で何か問題が発生したら……
そこまで想像してしまうと迂闊に意見は出せない。
じゃあ、先程のやりたい番組の時の勢いは何なのかとなる。
『前例があるからだろうな』
動画で色々と見てきているだけに、容易に想像できる。
しかも漠然とした意見であり詳細な企画案ではない。
問題が発生しようがないのだ。
あるいは発生してもフォローについても検討しやすいと考えられる。
それに引き換え、建物に対する希望は具体案につながりかねない。
おまけに未知のことに挑戦するのが前提だ。
リスキーであると思うのは致し方のないことだろう。
「それでも何とか採用されるような意見が言えるように相談しているんじゃないかな」
「なるほどね」
ならば俺がこの場にいない方が良いだろう。
他に決めることも無いし。
「では、今日はここまでにしよう」
俺がそう言うと──
「「「「「ええっ!?」」」」」
皆が焦ったように俺の方を見てきた。
「ここは会議室としてそのまま使ってくれればいい」
どういうこと? という顔をしている者たちばかりだ。
「もっと色んな意見を出し合おう。
失敗はしても構わない。
最初から完璧にやろうとか思わなくていいんだ」
俺の言葉を受けた面々は呆気にとられたようになっていた。
「誰かが危険にさらされるか?」
問えば、何人かがぎこちなく頭を振った。
「ましてや死者が出る訳じゃないだろう」
今度はほぼ全員がうんうんと頷いていた。
「だったら、とりあえず言ってみたらどうだろう?
それが突拍子もないことだったとしても、ひょっとしたら解決できるかもしれない」
この提案には返事がなかった。
とはいえ否定的な空気はない。
呆気にとられているといった感じだ。
「例えばオープンテラスのようなスタジオがあってもいいんじゃないか?」
魔法が容易には使えないセールマールでは解決すべき問題が多いだろう。
公開録音なんかもあるから、やろうと思えば何とかなるんだろうけど。
ハプニングに対応するのが難しいのは間違いない。
ただ、我々ならそのあたりも魔法で対処できるはず。
そのことに気付いた面々の瞳が輝き始めた。
「どうせなら俺を驚かせるようなサプライズ的な意見も聞かせてほしいんだよ」
返事はない。
だが、皆の瞳がギラついていた。
そしてグッと拳を握りしめている。
やる気になっているのは間違いない。
「サプライズするなら俺が抜けた方がいいよな」
それが「今日はここまで」と言った理由だと、みんなは気付いてくれたようだ。
皆のモチベーションが更に上がってくれることを期待しつつ俺は席を立つ。
当然、ボルトも一緒だ。
会議の席に同席はしたものの何も言えない状態だったからな。
興味がない訳ではないみたいだったけど。
そしてトモさんも席を立った。
「それじゃ計画案がまとまったら連絡入れてくれ」
そう言い残して教室を出るとトモさんやボルトも廊下に出てきた。
「サプライズを考える側に回るのかと思ったけど」
そう話を振ると、トモさんは苦笑した。
「それはそれで魅力的ではあったんだけどね」
「何か問題でも?」
「下手に業界の事情に通じた者が残るのはマイナスじゃないかなと思ったんだよ」
「どうかな?」
マイナスはちょっと言いすぎかなと思う。
俺が向こうの世界のものを真似る必要はないと言ったのを気にしているようだ。
真似をしてはいけないとまで言ったつもりはないのだけど。
「残れば何かしらアドバイスを求められたりすると思うんだ」
「あー、あるだろうね」
経験という生の情報を持っている訳だし。
むしろ質問攻めにあう気がする。
何となくトモさんの言いたいことが分かってきた気がする。
「それで助言したことで残念なことになるのは勘弁してほしいかな」
本人から、ほぼ想像通りの答えが聞けた。
「確かに何も知らない方が自由に考えられますね」
ボルトも頷いている。
「そういう意味ではボルトが参加しても面白いと思うが」
「どうでしょう?」
ボルトが首を捻った。
「会議に参加していた人たちほど熱意がないですから」
確かに熱意も重要な要素だと思う。
それだけで何もかもを解決できたりする訳ではないが。
とにかく募集をかけたら集まってきた面子はやる気に満ちていた。
後日、提出された事業計画案からもそれが見て取れたのは言うまでもない。
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改めてメールで送られてきた事業計画案に目を通した。
トモさんも見ている。
今日はボルトが一緒ではない。
別の仕事に呼ばれて行ったからな。
「オープンテラススタジオが盛り込まれてるとは思わなかったよ」
俺が思いつきで言ったことを真剣に議論した証拠だ。
ちょっと申し訳ない気分である。
「面白いからね。
ニュース番組とかだと見ないスタイルだし」
天気予報や何かの中継とかの一部のコーナーくらいか。
「それより幻影スタジオの方が斬新じゃないかな」
トモさんの言う通りだと思う。
セットも何もない空間はとてもスタジオとは思えない。
だが、幻影魔法を展開すると早変わりする。
俺の思いつきなんかより、よほど面白い。
「まあ、向こうでもCGを重ね合わせたりはするようになってたけどさ」
「理力魔法で触れることもできたりはしないもんな」
「そこなんだよ。
この発想はなかったわ」
「俺もー」
同意すると何故か笑えてきた。
すると他の斬新なアイデアも思い返されて更に笑ってしまう。
「おいおい、そこまで笑うことかい?」
トモさんは少し引き気味だ。
「他のことも思い出してさ」
「妙な思い出し笑いをするんだね」
それは認めるが思い出してしまったものは仕方がない。
「斬新すぎて笑うしかないだろ。
カメラもマイクもない放送局だぜ」
「あー、それな」
トモさんも頷きながら苦笑している。
「撮影や録音を自動人形にさせるって発想はなかったよな」
「お陰で作った機材がパーだ」
「先行して用意してたのか」
「そうなんだよ」
「無駄になるとは予想外だね」
「いや、無駄にはしないよ」
「どうするんだい?
無理に使わせるとかじゃないんだろ?」
「輸出する」
「……それは大胆だなぁ」
「盗撮や盗聴には使えないサイズだからね」
「スタジオ用だから売れる訳か」
「そういうこと」
小型だったら売ろうとは思わなかったさ。
何が幸いするか分かったものじゃない。
「売る相手は限定するけどね」
「それ以前に購買層が絞られるって」
「まあね~」
西方じゃ、ちょっとした魔道具でも高価で取り引きされるからな。
「どうせなら再生用の機材と一緒に映像ソフトも売るのはどうだい?」
トモさんがそんなことを言ってきた。
「悪くないね」
何でもかんでもという訳にはいかないだろうから選別するのは面倒だけど。
ちょっとした瓢箪から駒って気分だ。
あ、ちなみに放送局の建物は倉の中で完成させてドーンと設置したよ。
事業計画案はよく練られていたからね。
なんか、あんまり建てたって気がしないけど。
それは今更だと思う。
読んでくれてありがとう。