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1058 過ぎたるは……

「めめめ目の前がっ!」


 シャーリーの興奮がノンストップだ。


「どうどう」


 シャーリーは馬ではないのだが。

 つい、こんな言葉が出るくらい俺も動転しているらしい。


「くくく暗くなったんですっ!」


 シャーリーが珍しくこんな具合にキーキーと抗議してくるからだろう。

 未だかつてないほどに頭に血が上っているものと思われる。


 あるいは食堂3姉妹なら見たことがあるのかもしれないが。

 シーオがシャーリーをオバさん呼ばわりした時は殺されると震え上がっていたしな。

 俺の知らない部分を知っていても何の不思議もない。


 とにかく、彼女らほど付き合いがある訳ではない俺には初めてのことだ


『こりゃあ尋常じゃないな』


 だからこそ簡単に止まるとは思えない。

 噛みまくっているし。


「分かった、分かった。

 とにかく落ち着けって」


「そしたらつつつ次の瞬間っ!」


「言いたいことは分かってるって」


「あっと言う間にいいい移動しててっ!」


 やはり聞く耳を持ってもらえないようだ。


「分かったって」


「門をくく潜った訳でもないのにっ!」


 なだめようとしても上手くいかない。


「短距離転送はそこまで難しい魔法じゃないって」


 ダメ元で説得を試みる。

 次の言葉が出てこない。


『お? 止まった?』


 と思ったら、シャーリーはゼーハーと肩で息をしていた。


「うぷっ」


 息切れで気持ち悪くなったみたいだ。

 それは止まらざるを得ないだろう。

 気にせず続けていたら、ちょっとした惨事になっていたはず。


 裏を返せば、その寸前まで行くくらいの興奮状態になっていた訳だ。


『どんだけヒートアップしているんだか……』


 この調子では息が整ったら抗議再開となることだろう。

 深呼吸に近い深い息が少し落ち着いてきた。


 そのタイミングで何か言おうとしてきたので──


「ていっ」


 シャーリーのおでこに軽くチョップした。

 もちろんダメージなど入らぬように手加減している。

 間違っても鞭打ち症になったりなんてしない。


「あうっ」


 両手でおでこを押さえて仰け反るシャーリー。


「何するんですかっ!?」


 まだ勢いは残しているものの噛まなくはなったようだ。

 これなら考えるくらいはできるだろうか。

 冷静な判断ができるかは不明だが。


「落ち着けと言った言葉は聞こえなかったか?」


「これが落ち着いていられますかっ!?」


 ガーッと噛みついてくる。

 呼吸を少し整えたくらいでは興奮状態は収まらないらしい。


 ちょっとウンザリである。

 俺の自業自得ではあるんだろうが。


「じゃあ何時までも吠え続けるのか?」


「吠えっ……!?」


 目を剥くシャーリー。

 まあ、言葉はもう少し選ぶべきだったかもしれない。

 いくらウンザリしていたとはいえ短慮であったか。


「別に喧嘩を売ってるつもりはないんだ」


 そうは言っても今更である。

 俺の言葉にシャーリーはガックリと肩を落とした。


 受け取りようによっては挑発にしか聞こえなかっただろう。

 ワナワナと肩を振るわせるシャーリー。


『あー、また爆発するか』


 これはマズいと判断して咄嗟にデバフを使った。

 もちろんシャーリーに対してのみだ。


 一気に怒りを静める。

 ただし気分もドンヨリ落ち込む副作用があるのが難点なんだが。


「うっ」


 このまま放置する訳にはいかない。

 シャーリーが落ち込むのを見極める。


 これを確認してからでないと次の行動には移れない。

 しくじれば再びデバフを使うことになるからな。

 当然、シャーリーの負担が大きくなってしまう。


『よし、静かになったな』


 怒気は完全に消えた。

 そこからバフって落ち込んだシャーリーの気分を回復させる。


『これで良しっと』


 ようやくシャーリーの怒りは静まったようだ。

 まあ、それでも恨みがましい視線は向けられたけどね。

 ドカーンと怒りを破裂させられるよりはマシだと思うしかあるまい。


「ここには門の転送魔法で来ただろう?」


 それは返事を聞くまでもないことだ。

 全国民を輸送機でピストン輸送とかする訳ないもんな。


「シャーリーも言っただろうに。

 そんなに驚くことじゃないはずだが?」


「先生が……」


 ここでシャーリーが言い淀む。


『なんだ?』


 デバフが強すぎたか。

 それともバフが弱かったか。


「いえ、陛下が凄い御方だとは存じております」


『そういうことか……』


 俺の呼び方で迷ったようだ。


「別に先生で構わないぞ。

 好きなように呼べばいい」


 言い直したシャーリーをフォローしたが、それはスルーされた。


「ですが、コレはあんまりですっ」


「なにが?」


 ステーンと転ぶシャーリー。

 比喩とかではなくマジで。

 ボケたつもりはないのだが見事にズッコケてくれた。


 俺の方は強調して「コレ」と言われても何のことやらサッパリなのだが。

 誰か説明を求む、プリーズ。


 まあ、説明できるのはシャーリーだけだが。

 そして当人は未だに地面に転がった状態のままだ。


『これはノリがいいのか?』


 そう思うくらい見事に転んだからな。

 単なるズッコケとは違う。

 お笑い芸人がコントの見せ場でボケをくらったくらいのズッコケ具合ではなかろうか。


 ググッと力を込めて起き上がろうとするシャーリー。


「くっ」


 だが、明らかに様子がおかしい。

 動きが緩慢でぎこちないのだ。


「ぐっ」


 などと短く声を漏らすほど力んでいる節があるし。


「うっ」


 それでも座るところまではどうにかできたのだが……


「くぅっ」


 そこから先がどうにもならないようだ。

 何度も短く声を漏らしながら腰を浮かせかけては断念する。


 その様子は遠目に見ている者ならば、ふざけているように感じるかもしれない。

 本人は大真面目なのだが。


 力を込めようとしても抜けるらしい。

 腰が抜けたのとは、また違うようだ。


「うぷっ」


『ん?』


 今、奇妙な声を出したな。

 先程の呼吸が荒れていた時のような……


『あ』


 ここでようやく感じていた違和感の正体に思い至った。


「無理をするな。

 そのままでいい」


 立とうとするシャーリーを制して魔法を使う。


「ディジェスト?」


 ノエルが俺の発動した魔法を見て小首を傾げた。


「ああ、そうだ」


「お弁当はそんなに多くなかった」


 ノエルの言う通りだ。

 やや少なめで用意したからな。


 物足りないと感じたら屋台で買い食いすればいいんだし。

 その逆もまたあり得る訳だ。


「おそらく昼を食べるのを忘れるほど夢中になって遊んでたんだろう」


 俺の推理を受けて怪訝な表情をする一同。


「あー、そういうことね」


 マイカが頷いている。

 どうやら俺の言いたいことを察したようだ。


「夕方くらいになってお腹が減りきった状態で屋台のコーナーへ行ったのね」


「多分な」


 シャーリーが冷や汗でも流しているんじゃないかというような顔をしていた。


『これは正解だな』


 それを見たマイカが納得したと言わんばかりのオーバーアクションで頷く。


「限界まで食べたんだー」


「うっ」


 マイカの指摘にたじろぐシャーリー。


「で、間を置かずにお弁当タイムになったと」


「はい……」


 消え入りそうな声で恥ずかしそうに返事をするシャーリー。


「無理して食べたんでしょー」


「はい……」


 シャーリー、赤面して撃沈す。

 なんとも締まらない限界突破である。


 何にせよ事情が分かれば皆も納得する訳で……

 そこはかとない同情の視線がシャーリーに向けられていた。

 誰しもが同じミスをしないとは断言できないからな。


 もしかすると俺の知らない所でシャーリーと同じ状態になった者がいるかもしれない。

 ただ、結果は学校でどれだけ学んだかで変わってくる。


 別の言い方をするなら胃薬魔法ディジェストを教わったかどうか。

 これのあるなしで差は大きいと思う。


 シャーリーは国民になって日が浅い上に仕事の都合もあって学校にはまだ通えていない。

 合宿にも参加していないくらいだからな。

 そのせいで女子組とほぼ同時期に国民になったのに差がついてしまっている。


[シャーリー・ヨハンソン/人間種・ヒューマン/商人/女/32才/レベル18]


 レベルを見ても現時点で4倍以上の差になっている。

 ジェダイトシティでの商売が軌道に乗るまでは待ってほしいと言われたけど……


 待つのは逆にダメな気がする。

 忙しくなって学校に行く時間がないとか言われそうだ。


『ちょっとテコ入れするか』


 帰ったら皆に相談して動くとしよう。


読んでくれてありがとう。

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