1053 注文は続く
続いてマリアが来た。
「私は虎を希望します」
エリスがライオンをリクエストしたことに対抗した訳ではないとは思うがね。
トモさんが家電製品がどうとか戦車がどうとか呟いていた。
堂々と言わないのはネタで盛り上がれる相手が近くにいないからだろう。
ミズキはシヅカが龍形態の時の縫いぐるみに夢中だし。
マイカは未だにローズと睨み合いの最中である。
言い合いは終わっているので、それが終わるのも時間の問題だとは思うけど。
そしてネタを共有することができる相手はいなかった。
え? 俺がいる?
俺はそんなことしてる暇はないよ。
「はい、虎だ」
完成したら手渡して、ようやく完了。
「ありがとうございます」
この一言で終われれば、いいんだけどね。
「私の番ですねっ」
3姉妹の末っ子であるクリスが来た。
そして、その後ろにも並んでいる。
月影の面々だ。
ABコンビはまだ俺の近くには来られないらしい。
ちょっと迷っている感じなので可変バフの効果は出つつある。
少なくとも古参組に紛れるようにしてコソコソはしなくなったからな。
「私はワシミミズクがいいです」
「え? ワシじゃなくて?」
「はい、ワシミミズクです」
気になったので【諸法の理】でちょっとだけ調べてみた。
セールマールの世界にアクセスして情報を引き出してくる。
『ワシミミズクって思ったより怖いな』
まず大きい。
翼を広げると人間の大人ほどもあるとは思わなかった。
大きい個体になると170代半ばの身長である俺と同じくらいのもいるようだ。
まあ、こっちの世界の魔物に比べれば可愛いものかもしれないが。
向こうでこのサイズとなるとシャレにならない。
しかも小はネズミから大は鹿や羊の子供まで狩りの対象になるとか。
パワーファイターである。
いや、これこそ忍者と言うべきか。
夜に派手な羽音を立てることなく静かに獲物に忍び寄るからな。
単に大きいだけのウスノロではない訳だ。
『愛嬌のある顔してタカやワシなんて目じゃないな』
ちなみに他のフクロウも含む猛禽類もワシミミズクにとっては餌になるそうだ。
『猛禽を襲う猛禽って……』
ライオンとか虎より獰猛なんじゃなかろうか。
実際の生態は分からんが、そんなイメージを持ってしまった。
「フワフワしてそうで愛嬌のある目をしているのがキュートです」
「そうなんだ」
姉たちに対抗して空の猛禽を選んだのかと思ったら違いましたよ。
奇しくも相談することなく肉食系だけでそろったけどね。
そのまま作ろうかと思ったが──
「リクエストを聞こうか」
並んでいる他の面子の注文も受け付けることにした。
「良いのですか?」
クリスの後ろに並んでいたルーリアが聞いてきた。
「1人ずつ受け付けるより早く終わるからな」
一瞬だけ呆気にとられたようになったルーリア。
「……そうでしたね」
が、すぐに俺の物作りのスピードを思い出したのか苦笑する
「それでしたら遠慮なくお願いするとしましょう」
「おー、ルーリアは何にする?」
「タヌキをお願いします」
愛嬌のある見た目でチョイスしたものと思われる。
「あのフワモコな感じが堪りません」
『残念』
さわり心地が優先されるようだ。
まあ、実際にタヌキに触れたことがない以上は見た目から想像しているだけなんだが。
「了解した。
ルーリアはタヌキでフワモコを強調する感じっと」
続いての注文者はレイナだ。
「フェレットってできる?」
何故か可能かどうかの確認からだったが。
「そりゃあ、できるが?」
遠慮気味な様子からすると大量に欲しいとかだろうか。
「マニアックでしょ」
『そのあたりを気にしていたのか』
「そうでもない。
日本じゃペットにしている者もいるみたいだからな」
犬のように大きな声で吠えたりしないし。
「色はどうするんだ」
割とバリエーションがあるんだよな。
「白いのがいい」
「了解した」
「首に巻けるくらいのサイズにしてね」
襟巻きにするつもりのようだ。
『なるほど、それでフェレットか』
細長いフェレットを首に巻き付けるという発想をするとは思わなかった。
「じゃあ、それで」
レイナの受付が完了するとアニスが待ってましたと前に進み出てくる。
「うちはスナネズミがええわ」
アニスのリクエストも意表を突いてくるものだった。
「随分と小さいのを選んだな」
スナネズミは手のひらサイズである。
「実際のサイズでええから数が欲しいねん」
数が欲しいのはアニスでした。
「あー、ハイハイ」
1匹つくったら後はコピーするだけなので労力はほぼ変わらない。
そこから少し弄れば1匹ずつの特徴も出せるだろう。
コピー品呼ばわりされないように対策くらいはするさ。
「はい、次」
メリーとリリーの双子ちゃんたちだ。
「「マゼランペンギンがいいでーす」」
『こだわるなぁ』
普通にペンギンじゃなくて種類まで指定してきた。
確か頭の周りが縞模様っぽいペンギンだったはずだ。
「肩乗りペンギンがよかったのよねー」
姉のメリーが同意を求めるようにリリーの顔を軽く覗き込むような仕草をした。
「ねー」
同じような仕草で同意するリリー。
動画でも見たのだろう。
それなら俺も少しだけ見た覚えがある。
ただ、マゼランペンギンとは違ったはずだ。
「肩乗りしてるのは別の種類じゃなかったか」
俺が指摘するとメリーとリリーは顔を見合わせて苦笑した。
「「あのギョロッとした目がちょっとー……」」
『ギョロッと?』
もしかして目の周りの白い縁取りみたいな部分のせいで、そう見えると言いたいのか?
メジロを彷彿とさせる目は確かに俺も苦手である。
双子ちゃんたちも、いまひとつ受け入れられなかったようだ。
「だから同じ大きさくらいのペンギンにしたんです」
「あ、そういうことね」
何をどう選ぶかは当人たちの勝手だしな。
「マゼランの方が可愛いもんねー」
「そうだねー」
また覗き込みながら頷き合うメリーとリリー。
「肩に乗った方がいいのか?」
「「是非っ!」」
気になって聞いてみたら待ってましたとばかりにお願いされましたとさ。
「元祖じゃないですけど」
リリーがそんなことを言った。
元ネタじゃないと言いたいらしい。
「気にすることはないさ。
本当に好きなものでなければ作っても意味がない」
「「はーい」」
続いてダニエラである。
「コアラがいいですー」
「はいよー」
特に疑問を感じないのがリクエストされた。
普通に可愛いしな。
『ようやくオーソドックスなのが来たって気がするな』
そこまで考えて、ふと思った。
『そういや、コアラの縫いぐるみって見たことないな』
俺が知らないだけで世間では出回っていたんだろうけど。
それでもメジャーな方では無い気がする。
そう思って【諸法の理】経由で画像検索してみたが……
『あるにはあるんだな』
リアルなコアラの画像も一緒に検索したがハードルが高そうだ。
特徴を出すのが難しいのだ。
顔の造形に気を遣う。
デフォルメを強くすると耳の大きな熊っぽい何かになりかねない。
『かといってリアルすぎてもなぁ……』
それは剥製っぽい何かになるような気がする。
【多重思考】で軽くシミュレートしてみたらリアル寄りのデフォルメがベストなようだ。
何とかなりそうで一安心である。
ただし、リアルの画像の方で厳選しないといけないがね。
意外に残念な感じのコアラがいるものである。
画像選定のために、もう1人の俺を何人か呼び出した。
『スマンが急ぎで頼む』
『『『『『任せろ!』』』』』
頼もしいことだ。
が、俺の方に問題があった。
ここまで考えるのに少し時間をかけすぎたのだ。
【多重思考】でブーストをかけているから数秒とかかっていないんだが。
「子供が負ぶさっているのがいいですねー」
ダニエラの追加注文があった。
動画とか再確認していたのかもしれない。
範囲が狭まったことで難易度は上がったが、イエスと答えるしかないよな。
「分かった」
そしてリーシャ。
「狼をお願いします」
『うん、知ってた』
己の耳と尻尾は狼のものだと主張するだけはある。
本人は犬耳尻尾なのに。
『ブレないなぁ』
内心で感心しつつも生暖かくなりそうな視線をどうにか堪える。
「どんなのがいいんだ?」
狼と言っても色々いるからな。
「そこはお任せでお願いします」
なかなか難しい注文をしてくれる。
当たり外れが読めないからな。
お互いの正解がズレているほどリーシャの満足度が下がる。
『責任重大だね、これは』
やり甲斐も湧いてくるというものだ。
「……本当にいいんだな」
とはいえ豆腐メンタルなので念押ししておくのは忘れない。
「はい」
リーシャの返事からはブレは感じられない。
ならば後は縫いぐるみづくりに専念するのみだ。
読んでくれてありがとう。