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1052 縫いぐるみがほしい奥さんたち

 結局、奥さんたちから次々と縫いぐるみを強請られることになった。

 ノエルの要望を受けて【多重思考】で呼び出したもう1人の俺が倉で作業してたんだが。


「ハルくん、私も欲しい」


「私にも何かつくってよ、ハル」


 こんな具合に、そばにいたミズキやマイカまで欲しがった訳だ。


『まあ、会話を聞かれている時点でそうなるよな』


 ローズやマリカは反応しなかったけど。

 あと、シーダは縫いぐるみというモノが理解できないのか首を傾げるだけだったし。


『守護者組は興味を持たないか』


 とか思っていたら──


「妾も良いか?」


 シヅカさんが欲しがりましたとさ。

 守護者組だけど妻組でもあるからな。

 メンタリティも人に近いところがあるし。


「何がいいんだ?」


 もう1人の俺たちを呼び出しつつリクエストを受け付ける。


「私はシヅカちゃんがいいかな」


「なんじゃとっ!?」


 驚愕に目と口が開きっぱなし状態になるシヅカ。


「龍の姿をデフォルメしたら可愛くなりそうだなって」


 ミズキのその言葉にシヅカが泡を食う。


「かかかかわっ!?」


『噛んでる、噛んでる』


 おまけに顔がこれ以上ないってくらい真っ赤だし。


「照れなくてもいいよー。

 シヅカちゃんは本当に可愛いんだし」


「────────っ!」


 シヅカが完全に固まってしまった。


「そのくらいにしておいてやれ。

 花火の時に恥ずかしがっていただろう」


 自分のことは棚に上げているが、そこはそれだ。

 あまり追い詰めて収拾がつかなくなっても困るしな。


「あっ、ゴメーン」


 今頃になって気付いたらしく素で驚きを露わにするミズキ。


「いや、構わぬ……」


 どうにか復帰してきたシヅカが呟くように答えた。


「妾が評価されているということじゃろ?」


 コクコクと頷くミズキ。


「ならば、ミズキの好きにするが良い」


「ありがとー」


 ガバッとシヅカに抱きつくミズキ。


「なんじゃっ!?

 ええい、よさぬかっ」


 何とか抜け出そうとするシヅカだが、レベルはミズキの方が数十ほど上だ。

 簡単に脱出できるものではない。


 まあ、高レベル同士なのでどちらも本気は出さないが。

 本気でやったら周辺被害がバカにならない。

 程々のところでじゃれ合う感じだ。


 そんな2人をマイカは生暖かい視線で横目にしつつ──


「じゃあ、次は私ね」


 自分の番だと主張する。


『あの2人なら適当なところで繰り上げるだろ』


 マイカのリクエストを無言で頷いて受け付ける。


「私はローズでお願いね」


 マイカはマイカでミズキと示し合わせたのかと言いたくなるようなチョイスだった。


「くっくくぅっ!?」


 なんですとっ!? とか言いながら奇妙なポーズで固まるローズ。

 出っ歯で外国帰りを自称するオッサンの定番ポーズに近い。

 おれはそっちの方が驚きだよ。


 トモさんも──


「うひょぉっ!?」


 とか言って驚きつつも笑ってるし。

 当の本人は至って真面目である。


「だってさー、ローズはモフらせてくれないもん」


『それが理由か』


 さすがモフリスト。

 モフられを嫌がるローズを諦めていなかったか。


「縫いぐるみと本物は違うだろうが」


「しょうがないじゃーん」


 唇を尖らせてツンとそっぽを向く。

 マイカとしても納得しがたいのだろう。

 完全に拒否られるくらいなら、代用品で我慢といったところか。


「欲望たれ流しでモフるから拒否られるんだろ」


 俺の言葉に必死な様子でコクコクと頷くローズ。

 普段は滅多に見られない珍しい姿だ。

 この必死さはローズの名付けの時に見て以来かもしれない。


「失礼なっ」


 マイカが憤慨する。


「私のモフモフは無償の愛に満ちているのにっ!」


「何処がだよっ」


 思わずツッコミを入れていた。


「くぅくー!」


 全くだー! と俺のツッコミに賛同するローズさん。


「何処がですって?」


 フフンと鼻で笑われた。


「モフモフはすべてが愛なのよ!」


 自信満々で自分の主張を全肯定する。


『どこから来るんだ、その自信は……』


 呆れるやら感心するやらだ。

 どう考えたってマイカの欲望たれ流しはローズが認定している。

 否定しようがない。


『夢属性の神霊獣、ウソつかなーい』


 ということだ。


「私の崇高なるアガペーによって幸せと平穏が呼び込まれるのよ!」


 更に力説するミズキ。

 どうあっても己の欲望を無償の愛ということにしたいらしい。


『欲望が崇高なのかぁ……』


 強弁の極みであろう。


 幸せは、まあマイカはそうなるから間違いとは言い切れないのか。

 平穏は相手側の受け入れる気持ちのあるなしで決まってしまうがね。


 何にせよ、マイカの主張は無茶苦茶だ。


「なに言ってるのかサッパリ分からん」


「くぅっ!」


 同意するローズ。


「くーくっくくぅくーくーくうーくぅっくぅくーくぅくっくーくうくくー」

 垂れ流される欲望が不安と不穏を呼び込んでくるの間違いじゃないのか、だってさ。


 俺も同意したいところだ。

 両手の指を己の胸元でワキワキさせながらアガペーとか言っても説得力がない。

 欲望たれ流し説の方が極めて優勢だ。


 が、あまり刺激すると暴走しかねないので黙っておく。


 それでも手遅れであった。

 ローズの反論だけでマイカの逆鱗に触れてしまっていたのだ。


「くきーっ!」


『あ、壊れた』


 そのままローズと言い合いが始まってしまう。

 俺はどちらにも加勢せずに距離を取る。


『巻き込まれるのは御免被るからな』


 マイカのリクエスト通りにローズの縫いぐるみを作っておけば文句も言われまい。

 ローズもベタベタされなくなるだろうから納得するだろう。

 そんな訳で放置プレイである。


 そして振り返ればミズキとシヅカのじゃれ合いは終わっていた。


「しょうがないなー」


「しょうがないのう」


 2人して溜め息をついている。

 参戦するつもりも止めるつもりもないようだ。


 やらせておけば、そのうち止まるということだろう。

 俺もそう思う。


「で、シヅカは何がいいんだ?」


「イルカが良いのじゃ」


「へー、そう来たか」


 海の生物とは意表を突かれた。

 シヅカもモフモフ好きだからな。

 マリカをよくモフっているし。

 そこを外してくるとは思わなかったのだ。


 けれどマイカほどの拘りはないのも事実。

 そしてイルカの可愛らしさはモフモフに引けを取るものではないしな。


『よくよく考えれば、モフるのはマリカで充分なのか』


 そう考えると納得のチョイスだ。


 モフるのはマリカ。

 愛でるのはイルカの縫いぐるみ。

 二刀流だな。


「イルカの大きさはこれくらいが良いのじゃ」


 いいながらシヅカは両手を広げてみせた。

 目一杯には広げていないが、縫いぐるみとしては結構な大きさだ。


「抱き枕に丁度良い」


「あ、そういうこと」


 昼間はマリカをモフり。

 夜は抱き枕で快眠。

 死角なしの最強の布陣と言える。


『別に戦う訳じゃないけどさ』


 マイカあたりだとモフるのは戦いだとか言い出しかねないがね。


『リクエストがシヅカにローズにイルカと……』


 【万象の匠】スキルが無ければデフォルメして作るのは困難を極めただろう。

 リアルに再現するだけなら錬成魔法を使えば難しいことはない。

 映像ログや動画の情報から形状や質感を再現するだけの簡単なお仕事だからな。


 可愛く見せつつ本物を彷彿させるデザインに仕上げるのは思った以上に難しいものだ。

 それはノエルのリクエストで作ったツキノワグマで実感したさ。


 ただ、何度かやり直している間に熟練度が上がった。

 ベテランの領域に達したらしい。

 結果として急にコツのようなものが分かるようになったのは嬉しい誤算だ。


『今までの苦労は何だったんだ?』


 そう思うくらいサクッと簡単に仕上げられた。

 これで熟練度がカンストしたら恐ろしいことになるんじゃないかと思うくらいにな。


『まあ、神級スキルなんだし当面は到達することなどないけどさ』


 ちなみにノエルがツキノワグマを選んだ理由は胸元の三日月模様が可愛いからだそうだ。

 動画で見て気に入ったらしい。


『こっちの熊はツキノワグマよりずっと凶暴なのが多いからなぁ』


 人間を発見したら有無を言わさず襲いかかってくるし。

 魔物だからしょうがないとは思うけど。


「次は私でいいですか?」


 エリスが来た。

 その後ろにも奥さんたちが並んでいる。


『ダメとは言えないだろう』


 依怙贔屓になってしまうからな。


「希望は?」


 当然だとばかりに素っ気なく聞くとパアッと笑顔になった。


『年上のお姉さんなのに可愛らしいじゃないですか、ヤダー』


 なんて思っているのは【千両役者】で顔に出さないようにしたさ。

 そうでなくてもエリスは勘が鋭いからね。


「ライオンがいいです」


「ほう、獅子か」


 後ろでトモさんが剣の英霊がどうこうとか言って喜んでいた。


読んでくれてありがとう。

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