1050 労いの言葉をかけると……
結論から言えば、可変バフは成功した。
今回はゆっくり様子を見ながらなこともあって、ほとんど気付かれていない。
「くぅ?」
ローズは何か感じ取ったみたいだけどな。
これが一気に終わらせる形で行使していたら間違いなくバレていたはずだ。
『こういう手も時には有効なんだな』
発覚しにくいというのは状況によっては切り札になり得る。
今回は皆に気を遣わせずに済みそうというだけで切り札と言うほどのものではないが。
なんにせよ良いことずくめではある。
ああ、ひとつだけデメリットがあったな。
ジンワリ効いてくるため本格的に効果が発揮されるまで時間がかかることだ。
その間にも国民たちは動き回っている。
「陛下」
ブルースがやって来た。
「おう、お疲れ。
どうだった?」
「はい、盛況でした」
仕事をやり遂げた感のある満足そうな顔で報告してくる。
つい苦笑が漏れた。
そういう意味で聞いているのではなかったからだ。
それも聞いておくべき情報ではあるとは思うけどね。
だが、そちらは自動人形に記録させた映像を確認すれば済む話である。
「ブルースはどうなんだよ?」
「私ですか?」
そんなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。
意外だと言わんばかりに目を見開いて固まってしまった。
『おいおい……』
確かに俺は仕事として任せはしたが仕事だけしろとは言ってない。
イベントの始まる前と終了後、それから問題発生時はフルで対応するようには言った。
後は軽く目配りする程度でいいとも言ったはずなんだが。
「うっ」
ブルースの呻くような声がした。
我に返った俺が見ると肩を振るわせている。
『なんだ?』
一瞬、腹でも壊したのかと思ったさ。
そしたらブワッと涙を流し始めたんですがね。
『なんでそうなる!?』
必死に涙を堪えようと口をへの字に曲げているんだけど効果なし。
「仕事を任せていただいた上に気遣っていただけるとはっ」
どうやら感極まってこうなったようだ。
ちょっと暑苦しい感じがしないでもない。
そう思ってくれるのは嬉しいんだけどさ。
「大袈裟だ」
「いいえっ、決してそのようなことはっ」
涙滂沱たる状態で否定されると説得力がある。
だからといって認める訳にもいかない。
こんなの認めたら皆がブラックな働き方をしかねないからな。
とはいえ説得するのは骨だ。
たぶん最後まで自分の考えは曲げないだろう。
「今日は楽しめたか?」
こういう時は話をそらすに限る。
「はいっ!」
しっかりとした返事だ。
躊躇う様子もなかった。
この様子だと物足りないということもなさそうである。
「任せた仕事も終わったんだし後は好きにするといい」
俺としては、仕事を言いつけたりしないから帰っていいよというつもりで言った言葉だ。
まだ遊び足りないかもしれないから、こういう言い方になったけど。
「何と勿体ない御言葉っ」
『どこがだよっ!?』
思わずツッコミを入れてしまうところであった。
何が何だか訳が分からない。
どういう思考でどういう風に解釈したのやら。
とにかく俺の理解できない何や彼やがブルースの中であったらしい。
結果として再び感激されてしまうという状況に……
『何故だっ!?』
追及しても解決はすまい。
頭の中で何処かの赤い人の台詞「坊やだからさ」がリフレインしていた。
まあ、現実逃避だ。
逃げたくもなるさ。
どうしてこうなった感が増してきている状態だからな。
このままだと何を言ってもブルースが感涙にむせぶことになりかねない。
『誰か助けてー』
心の中でSOSだ。
そんなタイミングで救世主が現れた。
「まあまあ、ブルースさん。
ここで泣いてると周りにいる人たちに何事かと思われますよ」
ガブローだ。
颯爽と現れてブルースの横についた。
俺と目線が合うと「お任せを」とアイコンタクトが来た。
俺も「スマンが頼む」と返す。
「ううっ、そうだな。
気遣い痛み入る」
グシグシと袖で涙を拭う。
「陛下、みっともない姿をお目にかけました」
「気にしなくていいぞー」
「ううっ」
またしても泣きそうになるブルース。
『勘弁してーっ』
とは思うが、まだマシである。
これがベリルママだったら罪悪感の海に溺れていただろうからな。
「とりあえず場所を変えましょう」
ガブローがブルースの背中に手を回して連れて行こうとする。
BL好きな人たちが見れば妄想を膨らませそうなシチュエーションかもしれない。
そういう趣味を持った者はここにはいないがね。
ブルースがウンウンと頷いて同意した。
「失礼します」
「おう、お疲れ」
ペコリと頭を下げて去って行く。
何だかドッと疲れた気分である。
「熱い奴じゃな」
ガンフォールが話し掛けてきた。
「そうなのか?」
感激屋ではあるとは思うが。
「そうじゃとも。
ワシは嫌いではないぞ」
「俺も嫌いだとは言ってないぞ。
目の前で泣かれるのは疲れるけどな」
「それも王の仕事だと思っておくんじゃな」
「その助言、肝に銘じておくよ」
そう言ってニヤリと笑うとガンフォールも同じように笑い返してきた。
「まったく、お主という男は……」
話題を変えてきたとは思うのだが、何のことだか分からない。
「藪から棒だな」
「スケールがデカすぎるわい」
「だから何がだよ?」
「この祭りのすべてがじゃ」
「会場ってことか?」
今更の話である。
「それもあるが、パレードも花火もじゃ」
「そうか?」
「何もかもがワシの予想を超えておったわ」
「そうでないと面白くないだろ。
まあ、これ以上はネタ切れだから次を期待されても困るがな」
「よく言うわ。
次からは他の者に運営を任せるつもりじゃろう」
見事に読まれてしまった。
「俺だってフラットな状態で楽しみたいからな」
「ふむ、ということは運営は持ち回りにするつもりなんじゃな」
「マンネリ防止になりそうだろ」
「なるほどのう」
「まあ、そういう話は休みの日にするもんじゃないな」
「そうじゃったな。
帰るつもりで挨拶に来たつもりがアレだったのでな」
ブルースが号泣していたことを言っているのだろう。
『ああ、そういうこと』
「サンキュー」
「なんじゃ、唐突に?」
「ガブローにフォローさせたのはガンフォールなんだろ?」
「知らんのう」
わざとらしく首を捻って考え込む振りをするガンフォール。
「そういうことにしておくよ」
俺がそう言うとガンフォールが鼻を鳴らして笑った。
そして挨拶を済ませるとハマーやボルトを従えて先に帰路につく。
昼間のうちに充分祭りを堪能できたようだ。
あと、秋祭りの会場では飲酒を禁じていたせいもあるだろう。
帰ってから酒盛りしようというドワーフは多そうである。
「大変でしたね、陛下」
「お疲れ様でした」
続いて声を掛けてきたのはスリーズさんちの婆孫コンビであった。
「おう、お疲れー。
楽しんでもらえたかな?」
「それはもう存分に」
満面の笑みで答えるベル婆さん。
「乗り物は刺激が強いものが多かったですが」
「そいつはスマンな」
控えめな乗り物は少なかったし、バランスが取れていなかったと言わざるを得ない。
「いえいえ、若返った気分を味わわせていただきましたよ」
『乗ってるんじゃねぇか』
楽しめたなら、それでいいんだけどな。
婆さんが良いなら後は孫の方だ。
目線をナタリーに向けると頷きが返された。
些か疲れ気味のように見える。
大方、ベルに振り回される1日だったのだろう。
『相変わらず、どっちが孫なんだか……』
元気な婆さんである。
初めて会った時の瀕死も同然の状態が嘘のようだ。
「気に入ってもらえたようで何より」
この様子だと物足りなく感じていても不思議ではない。
「残って遊んでいくなら、それも構わないが程々にな」
「はい!」
子供のような無邪気な笑みを浮かべるベル。
それを見て苦笑するナタリー。
だが、急にベルが改まった様子になった
「どうした?」
「ヴォレ殿を連れて行ってはダメでしょうか?」
ベルが聞いてきた。
「んー?」
一瞬、誰のことかと思ったさ。
よくよく考えればヴォレとは神官ちゃんことシーニュの苗字であった。
「それは本人に聞いてくれるか?」
俺が決めることではないからな。
「問題ない」
そして本人からの返答があった。
読んでくれてありがとう。




