1046 ただいまノエルとチャット中
ようやく導き出した答えをチャットでノエルにも告げてみる。
[おそらく身体強化だろう]
ノエルがギョッとした表情を向けてきた。
俺と同じような感じだったのだと思われる。
『当たり前すぎると逆に気付かんのは一緒か』
自分で使うことすら忘れていたくらいだし。
驚きの余韻が去れば徐々にノエルの顔が赤くなっていく。
怒りや悔しいというよりは恥ずかしいという感情の方が大きいようだ。
それでも感情に振り回されることはないみたい。
[感知できなかったのは耳だけの強化だったから?]
ちゃんと自分で考えて答えに辿り着いたようだ。
[だろうな]
[でも、全員が一斉に?]
[一斉にではないな]
[どういうこと?]
[山車と一緒に演奏していただろ?]
あれはボリューム調整ができてなかったからな。
ずっと、うるさいなと思っていたのだ。
ノエルも俺もその感じ方は皆よりマシだったのだろう。
身体強化するほどじゃなかったって訳だ。
[向こうの音量調節はできないなら自分でどうにかするしかないからな]
[風魔法を使わなかったのは?]
[周りに気を遣ったんだろう]
[気が散るから?]
[そうだ]
風魔法で減音の結界を展開するとわずかに気流が乱れる。
西方人だと気付かない程度だけどね。
この周囲にいる面子なら確実に気が付く。
間近に人がいる状態なら相手に煩わしさを感じさせることもあるだろう。
『祭りの興が乗っている時に気が散るのは嫌だよな』
[仕方ない]
何やらノエルさんがお冠である。
月影の面子に身体強化のことを教えてもらえなかったことを微妙に感じているのだろう。
だが、気を遣った結果だと分かってしまうと文句も言えないって訳だ。
謎が解けた方が不満が募るというのも妙な話であるがな。
[ひとつ疑問]
どうやらノエルは、まだ納得できない部分があるようだ。
[何かな?]
[皆が皆、身体強化を使う?]
『確かに』
言いたいことは尤もだ。
この周囲で俺とノエルだけが身体強化を使っていなかったのだろうか。
ルディア様たち亜神組は必要ないだろう。
人間の枠組みを超えた存在だからな。
[偶然が重なっただけだろう]
[確率的に考えにくい]
[俺もそうは思うが他はもっと考えにくくないか?]
少なくともパッと思いつくものはない。
仮に思いついても、こじつけに等しいものになりそうだし。
ノエルからの返答はなかった。
納得できないものの反論するだけの材料も用意できないようだ。
[ここにいる国民は古参組だからな]
新規組ばかりだとベリルママが魔法を使うまでもなかっただろう。
最初は大きな声を出しても自分たちの声の大きさに驚いてトーンダウンしていたはずだ。
リアルタイムで確認していないので不明だけど。
『確認しておきゃ良かったな』
今更な感じで後の祭りと言わざるを得ない。
[シーニュがいる]
ノエルのツッコミが入った。
神官ちゃんが耳に身体強化を使ったとは考えにくいと言いたいのだろう。
[魔法は使ってないだろうな]
[でも平気そう]
[やせ我慢だな]
[そんなに我慢し続けられる?]
俺たちがチャットで会話している間も花火は打ち上げられている。
単発だからこそ光の花が咲くたびに──
「「「「「ヒガ屋ァ──────ッ!!」」」」」
こんな具合に全力の掛け声がされている。
ベリルママの結界のお陰でボリュームダウンはしているけどね。
いま【多重思考】と【天眼・遠見】と【遠聴】のトリプルコンボで確認してみた。
こんなに大ボリュームの掛け声はここだけだ。
最初からなのかトーンダウンしたのかは判然としないがね。
いずれにせよノエルの主張も頷けるものだ。
やせ我慢説は風前の灯火となりつつあった。
だが、何かが引っ掛かる。
もどかしい感じだ。
それが何であるのかが分からないからだろう。
[そこなんだよ]
俺の返事を読んだノエルが不思議そうな顔をしてこちらを見てきた。
[ハル兄の勘?]
察しがいいノエルさんである。
[まあ、そうだな]
[だったら何かある]
根拠もないのに断言してくるとは恐れ入る。
自分のことじゃなくて俺のことなんですが?
[その何かが俺にもサッパリなんだよ]
[じゃあ一緒に考える]
俺の勘が正しいという前提ですか、そうですか。
もしかしたら俺の勘は外れているかもしれないとは微塵も疑っていないらしい。
俺の勘はどんだけ信頼されているんだか。
嬉しくもあり怖くもある。
ノエルがヤンデレさんでなくて良かったと心の底から思う。
[ハル兄のやせ我慢説が前提条件]
[でも無理があるんだろ?]
それはノエルが主張したことだし俺も否定できない。
[1回なら可能かも]
[際どいところだな]
シーニュのレベルは確か41だったはずだ。
しかもヒューマン+に進化している。
あの音量に耐えられるかギリギリかもしれないが無理と断ずることはできない。
『ん? 待てよ……』
ギリギリというのが強く引っ掛かる。
もし、ギリギリ耐えられない感じだったらどうだろうか。
表情に出ることがなかったとしたら。
本当の意味でのやせ我慢だな。
[1回目と2回目の差は無かったはず]
[周りの声の大きさはな]
[何か分かった?]
鋭いね。
[それを今から確認する]
[わかった]
ノエルの返事を受けてから俺はシーニュの方へ視線を向けた。
誰かに見咎められても嫌なので【天眼・遠見】を使ってだけどな。
拡張現実の表示をオンにする。
『あるぇ?』
俺の予想通りなら[負傷]アイコンが表示されているはずなんだが。
何の状態異常にもなっていない。
[解せぬ]
思わずチャットで愚痴ってしまった。
[予想と違った?]
[ああ、鼓膜が破れて聴覚が麻痺してるのかと思ったんだが]
[それなら2回目も平気そうにしていたのも頷ける]
[残念だが負傷してないぞ]
[ヒント=神官]
[自分で治癒魔法を使ったって?]
[イエス]
[面白い仮説だが、いくつか無理があるぞ]
[なに?]
[ミズホ国民になったばかりのシーニュが無詠唱で魔法を使えるか?]
[ぁ……]
[仮に無詠唱で魔法を使えても誰にも感知されてないぞ]
[ぅ……]
ノエルにしては珍しい動揺っぷりである。
何とか俺の説を立証しようと焦っていると見た。
[考えられるとすれば自然治癒したと考えた方がマシかな]
[それも無理がある]
[ですよねぇ]
[でも、念のために確認した方がいい]
言われてみれば確かにそうなのだが。
問題がひとつある。
[ベリルママの結界が有効だから確認しても意味がないぞ]
[それでも花火の音がする前から見ていれば何か分かるかも]
[そうだな]
今は少しでも手掛かりがほしいところである。
そんな訳で再びスキルのトリプルコンボで神官ちゃんの観察タイムだ。
今度は花火の打ち上がる前からリアルタイムでモニターする。
ヒュゥルルルルという竹笛の音がした。
『これで15発目か』
が、今は花火の数を気にしている場合ではない。
ドォ────ンという花火の音。
これは距離があるから耳をつんざく感じではない。
問題は次だ。
「「「「「ヒガ屋ァ──────ッ!!」」」」」
『あ』
状態異常は見られなかったが、シーニュの耳がビクッと震えた。
よくよく見れば一瞬だが表情が強張ったようにも見える。
[1回目にダメージを受けたと思われる反応あり]
速報的にノエルに報告してみた。
[詳細求む]
ノエルもノリがいい。
そんな訳でシーニュの状態を説明。
[もしかするかもしれない]
俺の説明が終わった後のノエルが意味深な発言をした。
[なんですと!?]
ノエルは俺の報告から何か気付いたのだろうか。
俺の方は皆目な感じで見当もつかない。
[ベリル様]
『……………』
どうして気付かなかった。
言われてみれば、それしか考えられん。
やせ我慢していた神官ちゃんを見かねて治癒と身体強化のセットで魔法をかけた訳だ。
これで2回目以降も平気だった理由が判明した。
[自前でどうにかするばかりが魔法じゃないよな]
[気付かなかったのは恥ずかしい]
[同感だ]
2人で同時にベリルママを見れば──
「「うっ」」
まともに視線が合いましたよ。
ニッコリ微笑まれたし。
俺たちがコソコソとチャットしてたのもバレバレのようだ。
ベリルママの唇が動く。
【読唇術】で読み取れってことなんだろう。
皆に聞かせるつもりはないようだ。
ノエルが首を傾げている。
『【読唇術】スキル、持ってないもんな』
[ようやく気付いたの? だってさ]
[ますます恥ずかしい]
[だよな]
穴があったら入りたいとは、このことだろう。
読んでくれてありがとう。