1041 イベント前の雑談タイム?
ルディア様が嘆息した。
「苦渋の選択ではあったが、このような形で参加させることにした」
このような形というのは遺影モードで封じることだろう。
除け者にすることを気にする者がいるであろうことは事実だが。
マイカのように罰として当然と思う者もいる訳で。
そのあたりのバランスに苦慮した結果だと思われる。
「見聞きはできるけど飲み食いはできませんね」
俺がそう言うと、ルディア様は頷いた。
「その気になれば簡単に外に出られるから絶対ではないがな」
要するに逃げようと思えば簡単に逃げられるってことだ。
皆も俺と同じように思っているのは微妙な表情を見れば一目瞭然である。
「それ、閉じこめる意味あるんですか?」
マイカが俺たちを代表する形で疑問を口にした。
「逃げれば統轄神様の所へ送り込む条件だからな」
「あら~、それは思いつかなかったわねぇ」
ベリルママが何やら感心している。
「どういうことですか?」
今度はミズキが質問していた。
「統轄神様は忙しいから助手をアルバイトで募集することが多いのよ」
「「「「「あー……」」」」」
話を聞いていた全員がその説明だけで納得した。
「つまり、罰として強制的にアルバイトさせると?」
「概ねそういうことだがアルバイトではないぞ」
「どういうことでしょうか?」
「無報酬のボランティアだ」
俺の疑問にルディア様は、やや獰猛な笑みを浮かべながら答えた。
ある意味、懲役刑である。
ラソル様の顔色が一気に悪くなったのを見ると、相当なハードワークなようだ。
「普通は受け持ちの世界を持たない管理神が呼ばれるのよ」
ベリルママが補足説明をしてくれた。
何だか要求される仕事のレベルが高そうだ。
しかも量が半端じゃなさそうに思える。
「一般兵が特務部隊の訓練に強制参加させられる感じかな?」
物騒な例を口にするトモさんである。
「過酷さで言えば近いかしら」
ベリルママが、ほぼ肯定した。
近いと言うのであれば多少の補正はあるだろうが。
「一般兵じゃなくて新兵だけど」
余計に酷かった。
そりゃあ顔色を悪くもするし、大人しくもするだろう。
皆で顔を見合わせ頷き合った。
具体的な助手の仕事の内容は聞かないことにしようとアイコンタクトを交わした結果だ。
下手に聞いてしまうと情けをかけかねないからな。
そうでなくても罪悪感を覚える面子が出たかもしれないのだ。
最後までラソル様が不参加になっていたら、何人かはそうなっていただろう。
『そう考えると妥当な条件か』
閉じこめた状態なら不完全ながらも参加はできるし。
より過酷な強制労働を言い渡されていれば逃亡も防げるだろう。
あの懲りないラソル様が話題にするだけで顔色を悪くさせるくらいだしな。
逃げたければどうぞのスタンスで逃がさない。
どんなに逃げても、いずれは捕まる訳だし。
すべてを捨てる覚悟がないと逃げ切れるものではないってことか。
ラソル様もそこまではしないだろう。
下手に見張るより、こちらの方が逃亡を防げる気がする。
『ルディア様も上手いことを考えたものだ』
そうこうするうちにエヴェさんが上がってきた。
「やー、ごっつい仕掛け作らはったんですなぁ」
「そうでもないですよ。
見た目はシンプルでしょ?」
安全対策と構造強化の術式は組み込んでるけどね。
裏から見れば単純に汲み上げられたものだと分かる。
「いやいやいや、規模が違いますがな」
片手で拝むような仕草でブンブン手を振るエヴェさん。
「そこは、まあ……
この後のイベントのために用意しましたから」
「何が始まるんでっか?」
エヴェさんの質問にみんな耳がダンボになっている
「それを言ったら楽しさ半減でしょう」
そう簡単に明かす訳にはいかない。
「そりゃ、ごもっとも」
2人してアハハハハと笑った。
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すっかり日も暮れた。
周囲はあえて薄明かりになるようにしている。
ひな壇に座る俺たちは自分の手元は確認できるが道などはほとんど照らされていない。
マルチライトの光量を調整し配置の配分も考慮した結果だ。
明々と照らすとダメなんだよな。
皆もそういうイベントがあるのだと薄々感付いているようだ。
それでも言及はしない。
イベントの魅力を半減させる無粋な行為だと分かっているからだ。
ただ、手元が意外に明るいことに訝しむ者は少なくない。
『何故なのか分かる面子はいるかな?』
誰もいないってことはないと思う。
そうこうするうちに遠くの方から音楽が聞こえてきた。
「始まったか」
俺が呟くと周囲の何人かが一斉にこちらを見た。
皆には音楽が聞き取れないからだ。
音が小さいから聞こえないとかではない。
遠方からの音はあえて聞こえにくくなるよう、ひな壇に術式を組み込んであるのだ。
「何が始まったん?」
アニスが聞いてくる。
「メールとか通知は来てないわね」
とレイナ。
「音楽だよ~」
聞こえてくる音楽に気付いていたアフさんがアニスの問いに答えた。
亜神であれば気付くだろう。
絶対に聞かせないための結界ではないからな。
最初のイベントで近くまで来ないと分からないようにするためなのだ。
これが終わると解除されるようにしてある。
次のイベントで結界が残ったままだと興ざめしかねない。
これも演出だ。
『この後のイベントは展開が遅めだからな』
あまり遠い所から音楽が聞こえていると変に期待されかねないし。
しかもずっと聞こえているから期待感が膨らんでしまう。
でも、なかなか音楽を奏でるものが来ないなんてなったらイライラもさせられる訳で。
過剰に期待しつつもイライラするとかストレスでしかない。
そんな訳で音楽が皆に聞こえるようになるのは、まだ先である。
実はこれも安全対策の一環だ。
まだかまだかと待ちきれずに立ち上がったり身を乗り出したりさせないためなんだよね。
「そのようだ」
フェム様が頷いた。
「これは賑やかですねー」
リオス様が朗らかに笑った。
皆は「そうなの?」と言いたげにしている。
「そのうち聞こえてくるから大丈夫だよ」
俺がそう答えると、ほとんどの面子が納得していた。
とりあえず何かが来るまでは待つだけだとばかりに雑談に興じている。
あれに乗ったが怖かったとか。
あのゲームは意外性があって面白かったとか。
屋台の料理に新作があったとか。
土産物屋で自分の作ったものが売られていたとか。
話題は様々だが共通していることがひとつ。
みんな笑顔なのだ。
それが嬉しい。
つまらないと言われずに済んで安堵している部分もある。
『秋祭りを企画して良かった』
つくづくそう思う。
だというのに約1名がプクッと頬を膨らませ始めた。
「なんやー、何が来るんやー」
アニスである。
「今ネタバレしたら面白くないだろ」
「そんなん言うたかて気になるやん」
『駄々っ子か』
思わず内心でツッコミを入れた。
更にヒートアップしかねないのでリアルでは言わない。
「ホンマ、ヤキモキすんでー」
相変わらずせっかちさんだ。
「落ち着け」
ルーリアがたしなめてくれた。
「そうだぞ」
リーシャもそれに同意する。
「また羞恥プレイがしたいなら別だが」
追撃まで入れてくるとは思わなかった。
なかなか強烈なのを、ぶっ込んでくれる。
「しゅっ!?」
お陰でアニスの顔が一瞬にして真っ赤になった。
ボッと音を立てて湯気でも発しそうな感じだったさ。
衆人環視の中でチューされたことを思い出したのだろう。
なかなか初心である。
俺もちょっと恥ずかしいけどさ。
だが、チューのとき堂々としていたからか生暖かい視線はアニスにだけ注がれている。
「────────っ!」
硬く目を閉じて視線から逃れようとしているアニス。
耳をふさがないのは、きっと音楽が聞こえてくるのを聞き逃したくないからだな。
それとアニスが目を閉じてからはチューの件について誰も言及しなかったのもあるか。
あまり追及して暴発されても困るので目は光らせているが大丈夫そうである。
ここがひな壇の上で大勢が集まっているということを弁えている訳だ。
『感心、感心』
うまくアニスを静かにさせられたようだ。
皆の連係プレーによるものだが殊勲はリーシャだな。
ルーリアはアシストといったところか。
『後で2人には御褒美をあげないとな』
内緒にしておかないと全員にあげることになりかねないがね。
「「あれー、誰か来たよー」」
そう言ったのはメリーとリリーだ。
「音楽は聞こえてけえへんで」
目を閉じたままのアニスには誰が来たのかは分からないからな。
誰が何処から何をしに来たのかは想像もつくまい。
「違いますよ、アニスさん」
近くに座っていたリオンがアニスの肩をポンポンと叩いた。
「ほら、あちらを見てください」
「なんやの?」
促されるままに見たのは──
「道の方とちゃうんかいな」
自分たちが座っている席と平行の方向だった。
「ホンマや、なんぞしながらこっち来とる」
だが、そこまで明るい訳でもないので見通せない。
それとひな壇の上はあまり遠くまで見えないようにしている。
見知った顔を見つけて、あちこち移動することがないように対策した結果だ。
まったく見えないようにすると逆に危険なので徐々に見えづらくなる感じ。
俺のようにスキルを使ったり道具で補助すれば充分に確認できるだろうけど。
読んでくれてありがとう。