1034 ジャンプの後の遭遇
エアボードジャンパーはジャンプ台をマイルドに修正して生まれ変わった。
【多重思考】で、もう1人の俺を山ほど動員して15分で仕上げたさ。
ボードにも手を入れた。
見た目は変えていないが別物に生まれ変わっている。
ジャンプ台をマイルドにした分の埋め合わせと初心者対策を施したのだ。
まず滑り始めると風魔法でボード装着者を覆う。
空気抵抗を減らすためとジャンプ台の風を直接受けないようにするためだ。
前者はマイルドにした風のマイナス分を補うためだ。
後者は姿勢制御の補助のためである。
初心者対策は体の向きが正面を向きそうになったときに補正するようにした。
言わばオートバランサーである。
とはいえ支える程度のものだ。
あまり強力な補正にすると乗せられている感が出てきてしまうからな。
そしてジャンプした直後にボードは新たな魔法を発動する。
やはり風魔法だけどね。
広く薄く空気の膜を展開することで滑空をより滑らかにさせる。
改良前はバランスを崩さない限り無理やり押し出して弾丸のように飛ばしていたからな。
このあたりもマイルドになった訳だ。
お陰で安全機構が動作する率が下がった。
それだけ安定しているという訳だ。
空気の膜の形状は前進翼やデルタ翼の戦闘機を参考にした。
その時の状況に応じて形状を変化させる。
どちらか一方の形状で固定される訳ではなく、むしろ複合型と言うべきだろう。
姿勢を安定させることを優先させるのでリアルタイムで形状が変わる。
もし色をつけたらキモくなったと思う。
まあ、見せなければ評判に影響するものではない。
扱いやすくなった分だけ客が増えたし上出来と言えるだろう。
『やっぱり難易度が高くて敬遠されていたのか』
改良前の時は色々とチグハグだった訳だな。
手頃な恐怖と爽快感を味わえると思っていたんだが。
所詮は自己満足でしかなかったことが証明されてしまった。
ちなみにドワーフ女子は入れ替える前に再チャレンジして見事にジャンプを成功させた。
「お見事」
「おめでとう」
「あっ、ありがとうございます」
恐縮しきりという感じでペコペコ頭を下げるドワーフ女子は心なしか誇らしげに見えた。
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改良したエアボードジャンパーは概ね好評なようだ。
中には難易度の高かった前のバージョンの方がいいなんて面子もいたけど。
『まあ、人それぞれだからな』
万人受けするものなんて、そうそうあるもんじゃない。
ただ、安全面で考えても今の方が上なので戻すことがないのは決定事項だ。
そのあたりは皆も理解してくれているから、ごねる者はいなかった。
ちなみにドワーフ女子はどちらでもいいらしく普通に新バージョンで遊んでいる。
再チャレンジが成功して納得したのだろう。
「あまり悲鳴が聞こえてこなくなったわね」
「そですねー」
「平和ねー」
「はいー」
「そろそろ行きましょうか。
まだ見ていない所はあるんでしょ」
「あっ、はい。
後はオーソドックスなのばかりですが」
トルネードフォールなどはチューブコースターへ向かう途中に通ったからな。
「そうなの?」
「はい」
「例えば?」
「絶叫系だとウォーターコースターとかですね」
「そうでないのは?」
「回転木馬ですが」
「いいわね、回転木馬」
その一言で次の目的地が決まったのだが。
『むっ』
不意に気配を感じて振り向いた。
その動作に合わせて一気に間合いを詰めてくる。
『手練れだな』
他の動作に移行しづらい状況を見極めて懐に入り込もうとしてくる。
本来なら警戒すべき動きなんだが殺気がまるでない。
むしろ逆なので回避動作はキャンセルした。
俺が振り返ると同時にスッと懐に入ってきましたよ。
そして服の裾を掴まれました。
「ハル兄、見つけた」
桃髪天使なノエルさんである。
「おう、見つけられたな」
返事をしつつ頭を撫でるとフワッとした笑みを浮かべた。
もちろん身内でなければ見分けられないレベルでだ。
赤の他人なら無表情だとしか思わないだろう。
「楽しんでるか?」
「うん」
だが、ピタッと寄り添われていることを考えると減点要素があるようだ。
俺がいないとイマイチってところか。
自惚れではないと思いたいところである。
そこへ月影の面々がやって来た。
シーニュが同行しているのでノエルのように走ったりはせず徒歩である。
「急に走り出したと思たら、ハルトはんがおったんかいな」
アニスが手を挙げて挨拶しながら言った。
「ごめんなさい」
シュンと意気消沈するノエル。
皆に断りなく飛び出したのだろう。
ノエルにしては珍しい。
「かまへんて」
ニカッと笑うアニス。
「そうそう」
レイナも賛同しながら笑みを向ける。
他の皆もウンウン頷きながらニヨニヨしている。
例外は呆気にとられた感じで見ている神官ちゃんことシーニュだけである。
お堅いルーリアやリーシャまで生暖かい感じの笑みを浮かべていたさ。
とたんにノエルの頬がプクッと膨れた。
「「「「「ああ、ゴメン、ゴメン」」」」」
慌てて謝る一同である。
「からかうつもりは無かったんや、堪忍な」
「怒った顔も可愛いわよ」
アニスはちゃんと詫びているのにレイナはムギュッとノエルに抱きついている。
双子のメリーとリリーがそれを見てキランと瞳を輝かせたので俺も対応した。
「うわっ!?」
レイナの服の襟を掴んでポイッだ。
抱きつきは軽い感じだったので理力魔法で引っ剥がしましたよ。
というか持ち上げるのも放るのも理力魔法を使った。
でないと首が絞まるもんね。
「ちょっと、なにすんのよ!?」
「猫つかみでポイだが?」
「そんなの分かってるわよっ。
なんで、そんなことするのかってこと!」
ガーッと噛みついてくるレイナ。
察する気はないようだ。
「あのなぁ……」
「せっかくノエルの可愛さを堪能してたのにぃ」
「俺はレイナを守ったんだが?」
ついでに予見できた次の被害を阻止したつもりだが、そちらはあえて語らない。
「この扱いで守られたって思う訳ないでしょうがぁっ」
またも吠えるレイナ。
猫耳さんなのに、まるで犬の威嚇である。
「そうは言うけどな。
ノエルを怒らせたいなら続けるといい」
「うっ……」
ジーッと見つめるノエルの視線にタジタジとなるレイナである。
それを見た双子ちゃんたちは顔を見合わせて小さく安堵していた。
『やっぱりレイナに続くつもりだったな』
まあ、安堵するのは俺もなんだが。
レイナがノエルをほぼ占拠していたから俺ごと抱きつかれていたと思う。
そうなったら人魚組のムニュン攻撃と同じ状態になりかねない。
脱出に苦労させられた、あの状況が再びなんて考えたくもないぞ。
事前に阻止して正解だった。
『そういうのは家に帰ってからにしてください』
衆人環視の元でなければ歓迎である。
ムニュンは嫌いではないのでね。
ふと見ると、シーニュが圧倒された感じで目をパチクリと開いていた。
こんな光景を目にするとは夢にも思わなかったのだろう。
それは月影の面々が案内を頑張ってくれた証拠でもある。
シーニュを楽しませるために頑張ったからこそ普段通りではなかった。
そして色々と回った後で普段通りの姿も見せる。
どこまでも新しい国民を見てくれていた訳だ。
「驚かせて済まんな」
フルフルと頭を振るシーニュ。
「みんな気を遣ってくれた」
月影の意図をシーニュも察してくれたようだ。
「こんなに楽しかったのは初めて」
フッと笑みを浮かべる神官ちゃんである。
「そう言ってもらえると嬉しいね。
皆も案内した甲斐があると思う」
俺の言葉に皆も満足げに頷いている。
ギャーギャー言ってたレイナもだ。
「何が良かった?」
「何もかも」
即答で断言した。
「そりゃ大袈裟じゃない?」
「せやなぁ。
乗り物のコーナーは怖いのんも多かったやろ?」
レイナとアニスがツッコミを入れる。
が、シーニュは頭を振った。
「すべてが驚き。
すべてが感動」
「まるで何かのキャンペーンポスターの宣伝文句だな」
月影の一同がうんうんと頷く。
が、シーニュは首を傾げていた。
「キャン……ポス……?」
知らない単語に困惑の表情を見せている。
文化がまるで違うからしょうがない。
「スマン、スマン」
申し訳なさが湧き上がってきた。
つい身内しか分からない話をしてしまった訳だ。
「うちに来たばかりじゃ何のことか分からんよな」
「そのうち分かるようになる?」
「ああ、もちろんだ」
「だったら今はそれでいい」
シーニュは言葉の意味は分からないながらも納得したようだ。
「楽しみ」
「「「「「楽しみ?」」」」」
俺だけじゃなく、皆で聞き返していた。
「どれもゲールウエザー王国には無かったものばかり」
「「「「「あー」」」」」
納得の返事であった。
読んでくれてありがとう。