1033 回転の次はジャンプ
全員が呆気にとられていた。
いや、ベリルママだけは平常運転のようだ。
いつものことらしい。
そんなことを知る由もない俺たちにしてみれば、呆然とするしかないのだが。
『エヴェさん、唐突すぎるだろ』
何から突っ込んでいいのかすら分からない。
そもそも、この場にいないし。
変わり身が早いにも程がある。
『チョイポチャオヤジなのに忍者っぽいよな』
まあ、あれでも一応は西方で狩猟神として崇め祀られているのだ。
素早くて当たり前なんだろう。
「次に行きましょうか」
慣れた感じのベリルママは切り替えも早い。
「は、はい」
こっちは動揺が静まっていないというのに。
歩いていれば、そのうち収まるはずだけどさ。
「このまま真っ直ぐ行くと、何があるのかしら?」
「エアボードジャンパーですね」
俺の返事にベリルママは少し考え込んでから小首を傾げた。
「名前からは、想像がつきそうでつかないわね」
「分かりにくい名称ですみません」
「責めている訳じゃないのよ」
「はい」
「それで、どういうものなの?」
分からないなら説明を求められるのも道理というもの。
「エアボードはスノーボードに近いものと言えば分かり易いでしょうか」
「ああ、浮くのね?」
「その通りです」
さすがはベリルママ、察しがいい。
エアボードは地上数センチのところを浮くように術式を込められた板だ。
見た目はスノーボードとほぼ同じ。
専用のブーツを必要としないあたりは違うがね。
浮く以外の術式はボード装着者の安全確保のための風魔法しかない。
つまり推進系の動力はない訳だ。
「それでジャンプする台を滑って飛ぶのかしら?」
「はい」
「こういうの?」
そう言いながらベリルママは幻影魔法を使う。
次々とスノーボードの競技の静止画を見せてくれるが……
「どれも違いますね。
どちらかというとスキーのジャンプ競技を参考にしましたので」
単に真っ直ぐジャンプして終わりになる。
本来ならスキーのような飛距離は出ないのだが、そこはジャンプ場に仕掛けがある。
ぶっちゃけ風魔法の術式を仕込んでいるのだ。
「それはまた大掛かりじゃない?」
「そうでもないですよ。
エアボードは地面と非接触ですから摩擦がありませんし」
「そうだったわね」
「それに風魔法で追い風を作り出していますのでジャンプ台は短めです」
これにより滑る前から恐怖感を抱かれないようにしてある。
エアボードジャンパーは爽快感を重視しているからね。
「工夫してるじゃない」
「ありがとうございます」
怖いばかりじゃ誰も遊んでくれないだろうし。
アニマルカーやミニチュア列車のように大人しすぎるものも人を選ぶだろう。
中間くらいのものも必要だろうと思って用意したのだ。
そのあたりのバランスが取れているかは俺にも分からないが。
利用者のみぞ知るってところかな。
まあ、バンジージャンプのように厳密には乗り物じゃないんだけどね。
ゲームコーナーに設置するものでもないからこちらになった訳だ。
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「うわあああぁぁぁぁぁっ」
ジャンプ台から飛び出したボーダーが空中で引っ繰り返った。
『初挑戦したって感じだな』
初めての感覚に慣れないせいで体の正面を向いた状態で飛び出してしまったのだろう。
それではバランスを崩すのも当たり前である。
ボード初心者にありがちなミスだ。
横向きの姿勢を維持できない。
サーフィンなどの経験があると話は別だけど。
それでバランスを崩すと空中で姿勢を維持するのは、まず無理だ。
とっさに理力魔法でも使えば話は別だけど。
問題はエアボードがジャンプ台の途中では止まれないということだ。
スタートすれば、どのような体勢であれジャンプ台から放り出される。
滑り始めると凄い勢いの風で押し出されるからな。
方式はまったく異なるが空母のカタパルトのイメージに近い。
それにスノーボードの感覚で止まろうとしてもエッジはないのだ。
つまりブレーキがかけられない。
止まる手段はボードではなくジャンプ場の方にある。
ジャンプして着地すると風魔法の作用によって減速されるのだ。
厳密に言えばボードは常に浮いた状態を維持するため本当の意味での着地はしないがね。
初期設定された地上高に達した瞬間をエアボードにおける着地としている訳だ。
「あら、大丈夫かしら?」
ベリルママがそんな疑問を口にした。
その割には、あまり心配しているようには見えない。
それだけ俺が信用されているってことだな。
「問題ありません」
疑念を抱かれないように断言する。
ジャンプ場にはそういうことを想定した安全対策の術式を仕込んであるのだ。
まず、引っ繰り返ったボーダーの勢いを大幅に減速させる。
「おおっ?」
射出されたボーダーも気付いたようだ。
そして理力魔法で強制的にボードが下になるよう姿勢を変える。
「おおー」
ボーダーは驚きつつも感心していた。
そしてゆっくりと減速ゾーンまで運び着地させる。
もちろん着地後のスピードはゼロだ。
「ハルトくんの言う通りだったわね」
「ありがとうございます」
そんなやり取りをしながらエアボードジャンパーのコーナーに歩いて行く。
ここの並び具合は正直なところ微妙だ。
閑古鳥が鳴くほどではないがね。
「あ、ベリル様と陛下」
いま落下してきたボーダーが外に出てきた。
「こんにちは」
「お疲れ」
「ども」
ペコペコした感じで頭を下げる。
ドワーフの女子だ。
この反応は古参組だと思われる。
というかジェダイトで自転車を6台ほど寄贈したときに見たことがある顔だ。
あの時は乗る順番を決めるため数十人規模のジャンケン大会に発展していた。
俺なんかは早いもの順で並べばいいのにと思ったけどな。
簡単には決まらないだろうに公平さにこだわった結果だろう。
そこまでこだわるならクジ引きの方がさっさと決まったと思うのだが。
『まあ、済んだことだしな』
このドワーフ女子がジャンケンを提案した訳でもないだろうし。
仮にそうだとしても今更の話だ。
もちろん話題になどしない。
「エアボードジャンパーはもういいのか?」
「アハハ、みっともない姿をお目にかけましたので、もういいかなぁと」
モジモジして恥ずかしそうだ。
俺たちに見られたのが黒歴史になるとか、そういう感じだろうか。
「まあ、恥ずかしいというなら強制はしないが。
悔しいと思うならコツを伝授しなくもないぞ」
「ホントですかっ!?」
食いついてきた。
「進行方向に対して並行を維持しろ」
「え?」
呆気にとられた表情をしているドワーフ女子。
まさか、コツがたった一言だとは思わなかったのだろう。
「横を向いて腰を落とした姿勢を維持しろってことだ」
「それだけなんですか?」
「もちろんだ。
正面を向くとバランスを崩しやすくなる。
特に斜面の滑走中は風で押し出されるから尚更だ」
「言われてみれば……」
思い当たる節があるらしく、ドワーフ女子が少し考え込んだ。
じきに結論を出して顔を上げたけどね。
ドワーフ女子は意欲に燃えた顔つきになっていた。
古いアニメの主人公のように瞳の中に炎が宿りそうな気概を感じるんですがね。
「あの、確かめてきますっ」
「そうか、頑バ……」
ペコッと頭を下げたかと思うとタタタッと駆け出してしまった。
励ましの言葉をかけようと思ったのに最後まで言えなかったさ。
『頑張れよ、くらい言わせてくれてもいいだろうに』
怒る気にもなれないくらい呆れてしまう勢いだ。
「慌ただしいなぁ」
台詞と共に出てくるのは苦笑ばかり。
「よっぽど悔しかったのね」
それはベリルママもだった。
「難しいことに挑もうとする姿勢は好ましいわ」
「そうですね」
本当は尻尾を巻いて逃げるのが嫌だったのだろう。
でも2度も無様な姿は見せたくないという思いの方が強かったと。
コツを伝授していなかったら後悔していたんじゃないだろうか。
それを考えると罪悪感が湧き上がってしまう。
『もう少し控えめな感じに仕上げた方が良かったか』
そうすればエアボードジャンパーの難易度も下がっていただろう。
反省するばかりである。
「風圧のせいで難易度が上がってしまったのが良くなかったかもしれません」
スロープを下る際の姿勢制御が風のせいで困難になっているのは明白だった。
初心者がバランスを崩すパターンを設計時に失念していたのが大きい。
一度、体勢を崩せば立て直すのが困難なのだ。
とにかく短い滑走距離で飛ぶことばかりを考えた結果がこれである。
「それはそれで有りなんじゃない?
怖さは他の乗り物の方が上みたいだし」
ベリルママは問題ないと思っているようだ。
「そうでしょうか?」
俺はそうは思っていない。
というのも、先程から「キャー」とか「ギャー」なんて悲鳴が聞こえてくるのだ。
ちゃんと飛べている者もそうでない者も、あまり関係ないように見受けられる。
「あの悲鳴を聞いてしまうと……」
「ああ、そうね」
ベリルママも苦笑している。
「だったら今から修正してもいいんじゃない?」
「あ」
言われてみれば、やってはいけないという決まりはないのだ。
再度、設計し直して倉の中で仕上げてから入れ替える。
入れ替えるときだけ、皆には退いてもらえばいい。
何とかなりそうだ。
読んでくれてありがとう。