1032 考えてそれなのか……
ジャイアントループスイングの回転にブレーキがかけられる。
終わりの時が近づいていた。
回転が停止時のポジションでいきなりビタッと止まるようなことはない。
減速は控えめに設定されている。
これにより振り子運動を数回繰り返して止まる訳だ。
大きなスイングから小さなスイングへ徐々に勢いを緩くしていく。
『でないとGが凄いことになるからな』
これは訓練ではない。
もちろん実戦なんてこともない。
『繰り返すで始まる台詞が聞こえてきそうだけど』
そんな緊迫感のある乗り物ではない。
たかがブランコ。
遊園地の乗り物である。
地球では安全が確保できないとかで認められないとは思うが。
そのへんは魔法でクリアしているので問題はないはずだ。
とにかく遊ぶためのものに本気になってはいけない。
え? あれで本気じゃないのかって?
確かに遊び心は本気だ。
が、何もかもが本気って訳じゃない。
だからこそ訓練でも実戦でもないのだ。
そこまで大事なことでもないのに2回も言ってしまった。
なんにせよ訓練ではないからソフトランディングが基本である。
そうこうしている間にジャイアントループスイングが止まった。
ブザーが鳴ってシートベルトのロックが自動で外れる。
乗っていた者たちが立ち上がりゾロゾロと出口へ向かって歩いてきた。
「凄かったね!」
「あの止まりそうな感じが心臓にキュッと来たわ」
「あー、私もそんな感じだった」
「あたしもー」
「あの感覚はちょっと慣れるのが難しいんじゃないかな」
「いいんだよ、それで」
「そうだよ」
「次も楽しめる」
「他のにはない怖さがあったのは確かね」
「そうそう」
「色々あるから面白い」
「それは言えてるねー」
口々にワイワイいいながら出口のゲートを潜ってくる。
「あっ、陛下」
「ベリル様も」
手を振りながら挨拶してくる一同。
オッサンの姿はない。
俺もベリルママも手を振り返す。
「楽しめたようだな」
「「「「「はいっ」」」」」
この女子会的なノリというか雰囲気に馴染めない他の面子もゲートから出てきた。
その中に見覚えのあるオッサン顔を発見。
「ああ─────っ!」
思わず指差しながら叫んでしまったさ。
ビクッと反応する女子たち。
行列に並んでいる面子もそれは同じだ。
ゲートを潜ってジャイアントループスイングに乗り込もうとしていた者たちもね。
一斉に注目を浴びてしまったのは俺ではなく、俺に指差された容疑者であった。
突然のことに驚いてピョンと飛び上がったくらいだ。
オッサンが軽快に飛び退いても可愛くも華麗にも感じない。
チョイポチャの体型の割に身軽であるのは認めるが。
「なっ、なんでっか!?」
エヴェさんである。
どうして思い出せなかったのか。
そこそこのオッサンで聞き覚えのある声。
失念していた自分が情けなくなるくらい分かり易い答えだった。
「なんでっか、じゃないでしょうが。
あの奇妙な声は何なんですかっ!?」
叫んだ勢いのままに抗議した。
注目している面々が固唾をのむような面持ちで見守っている。
中には微かに頷いている者たちもいるようだ。
『やっぱり気になってたんだな』
そして文句や苦情を言おうにも言えなかった。
『そりゃあね』
相手はベリルママの眷属である亜神だからな。
西方では神様と思われているくらいだし言える方がどうかしている。
俺は抗議したけどさ。
でも、それは立場的なものもあるだろう。
ミズホ国の王だからではない。
称号にもあるように[女神の息子]だからだ。
でなければ俺もダメだったんじゃないだろうか。
「えー、奇妙てどういうことですのん!?」
困惑の表情で目の前までやってくるエヴェさん。
マジな感じで驚いている。
【千両役者】が芝居ではないと教えてくれた。
「わて一生懸命オモロい感じのんを考えたんでっせ」
今度はこちらが驚かされる番だ。
『考えたって、どういうことよ!?』
思いはするが声にはできない。
「「「「「……………」」」」」
俺だけじゃなく大勢の者たちが絶句状態に追い込まれた。
女子会的メンバーでさえビキッと固まっていたほどだ。
『マジか……』
そう思ったがエヴェさんは大真面目である。
俺も皆もそれを察してドン引きなんだが……
「いやぁ、考えに考えて知恵熱出るんちゃうかと思いましたわ」
「ナンデヤネン」
ツッコミがつい口をついて出てしまった。
イントネーションがおかしかったが関西人ではないので我慢してもらおう。
「知恵熱は乳児が出すもんでしょうが」
「ハハハ、そうでしたなぁ」
エヴェさんは自分のボケを拾ってもらって上機嫌である。
この人、地球出身でもないのに関西人のノリがある。
どの世界でも似たような文化圏があるのだろうか。
「あ、それとですな、ハルトはん」
「?」
「なんでやねん、でっせ」
スルーされたと思っていたイントネーションを指摘された。
「どれだけ練習しても無理かと」
予防線を張っておく。
方言講座を始めたりされてはかなわない。
「そうかもしれまへんな」
あっさり引き下がってはくれたけどね。
「そんなことより、あの悲鳴です」
話がそれていたのを強引に引き戻した。
「あきまへんか?」
「アキマヘン」
何故だか「ダメです」が出てこなくてエヴェさんに合わせてしまった。
もちろんイントネーションは微妙だ。
おそらくエヴェさん的には大いに変なんだとは思うが気にしている場合ではない。
現に周りの皆も大いに頷いている。
ジャイアントループスイングに乗り込もうとしていた面子も立ったまま見守る格好だし。
『よほど変だと思っていたんだな』
「ホンマに?」
またしてもエヴェさんに釣られる格好でエセ関西弁が出そうになってしまった。
ここはグッと堪えて大きく頷くだけにした。
皆も頷いている。
「ホンマのホンマに?」
「クドいですね」
エヴェさんはしつこかった。
それだけ、あの悲鳴に思い入れがあったのだろう。
実に信じ難いことではあるが。
ならば、こちらも言わねばなるまい。
「俺は思わず言いかけたんですよ」
「何をでっか?」
「へ、変態だーっ!」
「「「「「ブハッ!」」」」」
一斉に皆が吹き出した。
目の前にいるエヴェさんも一緒に。
何処かの爺さんのように泡を飛ばしてくることはなかったが。
そんな中でクスクスと笑い声が聞こえてきた。
ベリルママである。
「ハルトくんの言う通りね。
あれは確かに酷かったわ」
「ベリル様っ!?」
エヴェさんが驚愕している。
俺の意見にベリルママのお墨付きが出てしまったのは、かなり堪えたようだ。
「あんまりやー……
わての努力は何やったんや」
「無駄の極みじゃないですかね」
情け容赦のない言葉だと思う。
が、今後を考えると言っておかねばなるまい。
似たようなことを繰り返されても堪らんからな。
「そこまで言うんでっか!?」
エヴェさんが衝撃を受けて愕然としている。
「これでも足りないと思うんですがね」
周りの皆もしきりに頷いていた。
ベリルママのお墨付きがあるお陰だろう。
「ウソや……」
無駄の極みで言葉が不足するというのはエヴェさん的には信じられないらしい。
「ウソじゃないと思う人は手を挙げてー、ハーイ」
言いながら手を挙げてみた。
さすがにハードルが高いかと思ったのだが。
「ハーイ」
楽しそうな感じでベリルママが、まず手を挙げた。
それを見た皆が次々に手を挙げていく。
やはりベリルママの賛同があると違うようだ。
「なんちゅうこっちゃ──────っ!?」
四面楚歌な状態にエヴェさんが頭を抱えていた。
「わての努力が無駄の極み以下……」
相当なショックらしく呆然とした面持ちで呟くエヴェさんである。
と思ったのだが……
「あ」
不意にエヴェさんが真顔に戻った。
あまりに急激な変化に俺の内心では混乱が拡がっていく。
だが【千両役者】の助けを借りて平静を装い、様子を見る。
「すんまへんけど、これで失礼させてもらいまっさ」
「は?」
「ラソルはんを見張りに行かなあきまへんのや」
「唐突ですね」
本当に唐突だ。
話の途中でいきなりスイッチが入ったかのように切り替わったからな。
「交代の時間ですねん」
「あー、なるほど」
納得の理由ではあったが。
「ほな、さいなら」
そう言うと、エヴェさんはササッと転送魔法でいなくなった。
こちらが挨拶をする間も与えてはくれませんでしたよ?
皆も狐につままれた表情になっていたさ
「何なの、一体?」
読んでくれてありがとう。