1030 話を聞いたり落ち込んだり……
ストラトスフィアサイクルの車両から降りてきた面々が集まっている。
『なんだ?』
行列に並び直すでもなく少し離れた場所で賑やかな感じでワイワイ盛り上がっていた。
まるで井戸端会議である。
「死ぬかと思ったー」
「俺も」
「私も」
「チューブコースターより怖い……」
「ジワッとくるよね」
「必死で漕いだけど進まないもん」
「そうそう、それな」
「これならバンジージャンプとかの方がマシかもね」
「いや、アレはアレで怖そうだよ」
「バンジーはもう行った?」
「「「「「まだー」」」」」
「なんだー、行ってないのかー」
「飛び降りるだけなら普通だもん」
「訓練とか実習の授業みたいだよね」
「言えてるー」
「でも人魚組は喜んでたよ」
「そうなんだ?」
「海が生活の中心だったから上から飛び降りるのが新鮮なんだって」
「あー、なるほどねー」
「怖さより楽しさが勝るって言ってた」
「シンプルだとそういうのがあるのかな?」
「そうかも」
「たぶん落ちる系で一番怖いのはトルネードフォールだな」
「えー、こっちの方が怖いよぉ」
「こっちは落ちるかもであって落ち系じゃないだろ」
「そうそう、トルネードフォールとは別種の怖さだって」
「そっかー」
「トルネードフォールはまだ行ってないんだけど、どんな感じだった?」
「ひとことで言えば竜巻の逆だったよ」
「なにそれ?」
「グルグル回りながら押し付けられるように落ちる」
「落下スピードが速いってことかな?」
「どうだろう?
チューブコースターと同じくらいだと思う」
「そうなんだ」
『感想を言い合っていたのか』
中には情報交換をしている者もいるけどね。
「よーう、楽しんでるかー」
「「「「「あっ、陛下……とベリル様っ!」」」」」
ベリルママに気付いた途端に土下座しかけて最敬礼で誤魔化す一同。
咄嗟の状況だと国民になって日の浅い面子はまだ土下座反応をしそうになるらしい。
古参の面子もそちらに引きずられる格好となったようだ。
ベリルママは苦笑するばかりである。
「ストラトスフィアはどうだった?」
俺は何もなかったようにスルー状態で問いかける。
「「「「「怖かったです」」」」」
古参組はばつが悪い思いをしたようで、俺の質問にこぞって乗ってきた。
口々にあそこが怖かったとか乗り心地がどうだったとか言ってくれる。
『そこまで必死になることはねえだろ』
あまりに必死すぎて俺も苦笑を禁じ得ない。
まあ、それだけ照れ臭いというか恥ずかしかったんだろうがね。
とはいえ率直な意見を大量にゲットできた。
実にありがたいことである。
「参考になったよ、ありがとう」
だから礼を言ったのだが。
「「「「「滅相もないっす」」」」」
ブルブルと頭を振られてしまった。
『喋りが風と踊るのとこの3人娘みたいになってるぞ』
思わず指摘しそうになった。
言っても分からないだろうし、やめて正解だと思う。
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結局、ストラトスフィアサイクルには乗らなかった。
そしたらベリルママに言われてしまいましたよ。
「乗って行けば良かったのに」
「1人で乗っても面白くないですから」
ベリルママには断られたからな。
何故かって?
「だってドレスだと下から見えそうだし」
という返事だった。
要するにスカートの中身が見えてしまいかねないって話だ。
ベリルママはドレスで来ているからな。
見えづらくはあるが、絶対はない。
それは断られて当然だろう。
『軽量化を優先しすぎたか』
車両の側面や上面は見た目も考慮してコースターっぽくしたのだけれど。
底面は軽くするためにスカスカだったのだ。
動力が人力であることを考慮してのことである。
空気抵抗に関しては形状を工夫してあるので問題ない。
このあたりは外国のスポーツカーを参考にした。
縦長の菱形っぽいエンブレムのメーカーが出しているオープンカーである。
これには前期型と後期型があり、参考にしたのは前期型である。
前期型にはフロントガラスがないんだよね。
運転席の前にエアロパーツをつけて風の直撃を受けないようにしてあるのだ。
この部分を参考にして軽量化に成功した。
もちろん重さ以外にも搭乗者の負担にならないように考えている。
ギア比だ。
これを力を入れて漕ぐことができない仕様にした。
大きな負荷がかからないから漕いでも漕いでもペダルの踏み応えはスカスカだ。
そのかわりペダルから延びるクランクの回転数は上げやすい。
で、増えた回転数はトルクに変換されると。
有り体に言えばパワーはあるがスピードは出ない。
登坂力があるから楽ではあるんだけどね。
それに疲れにくい。
無駄な力を入れなくて済むからだ。
これはギアの多い自転車に乗ったときも同じである。
長距離を走るときは特に注意しないといけない。
時間を気にするあまり速く走ろうとして重いギア比で走ると痛い目を見やすいのだ。
脚力にものを言わせて走ればスピードも出るだろう。
目的地に早く到着できると思うかもしれない。
それだけの力を持っていれば、そういうことも可能だ。
が、疲労は大きくなる。
逆に脚に負担をかけないギア比で一定のペダリングを心掛ければ疲労も蓄積しづらい。
このストラトスフィアサイクルも、そういう仕様になっている。
普通の自転車よりずっと重いから当然のことなんだけど。
故に軽量化は必須なのだ。
『薄板1枚ぐらいは入れておくべきだったな』
「申し訳ありません。
配慮が足りていませんでした」
己のデリカシーのなさに恥ずかしくなってしまった。
「いいのよ」
そう言ってくれたけどね。
ただ、ベリルママが乗らないなら意味がない。
何が楽しくて、ぼっち気分を味わわねばならないのかってことだ。
『それ以前に俺は制作者だしな』
怖い部分は知り尽くしている。
皆と同じように楽しむのは難しい。
誰かと一緒なら話も違ってくるんだけどね。
後は制作側では分からない皆の感想を聞くことができれば充分だ。
そんな訳で少しばかり聞き込みをして確かめもした。
概ね想定通りだったと言っておこう。
下からの視線を考慮していなかったというミス以外は。
性能ばかりを追求するとこういうことになる。
目先のことに気を取られて足をすくわれた気分だ。
何とも情けない話である。
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次のコーナーに来た。
というよりは通りがかっただけだ。
この乗り物もドレスを着ているベリルママは乗ることができない。
下からの視線というよりは風圧でスカートがめくれかねないからだ。
「随分と大きなブランコね」
目の前には1人分の座席とは不釣り合いなほど支柱の高いブランコがある。
どのくらい高いかというと、ちょっとした観覧車レベルである。
さすがに最大級とか言われるような百メートル級ではないが。
それでもブランコにあるまじき大きさと言える。
「ええ、ジャイアントループスイングです」
「ループということは1周しちゃうの?」
ちょっと目を丸くした感じでベリルママが聞いてきた。
「そうですね。
最初は反動をつけるために前後に揺れるだけですがグルッと行きます」
「良く考えついたわね」
「そうですか?」
幼い頃にブランコに乗っていて願望を抱いたのが最初なんだが。
グルッと宙返りしたいとね。
ずっと思い続けた訳じゃないが、ブランコを見たときに思い出すくらいはしたさ。
昔のアニメでこれに近いイメージのシーンを見たことがあるし。
そちらは回転まではしないけどね。
主人公の女の子がやたら長いロープに吊り下げられたブランコに乗っているのだ。
まあ、オープニングの中でのことなんだけど。
支柱が見えないせいでリアリティの欠片もない。
それどころか女の子は雲の上に乗ったりするので夢の中を再現しているのだろう。
こっちはリアルなので、そういう省略はできない。
座面も1枚の板という訳にはいかないしな。
左右のヘリが深めのバケットシートだ。
しかも4点式のシートベルトを採用している。
だから座ったときにブランコに乗っているという感覚は薄いかもしれない。
それもこれも安全のためなので譲れないところだ。
もちろん、これだけでは安心できないので術式を色々と仕込んである。
ワイヤーが切れたりしてシートが落下した場合でも怪我はしないようにした。
ただしワイヤーには自己修復の術式を刻んである。
意図的に切ろうとしない限り切断されることはない。
その場合でも簡単には切れないけどな。
「安全面に気を遣っているのは分かるけど、その上でこれだもの」
「そんなに常識外れでしょうか?」
ちょっと不安になってきた。
見落としは勢いのあまり風圧でスカートがめくれてしまうことくらいだろう。
『デリカシーがないことも常識外れの部類か』
そういう意味では自分の配慮不足に泣きたくなってしまう。
「いいんじゃないかしら。
普通のブランコじゃなくて絶叫系の乗り物に分類されるんでしょう?」
「ええ、はい、まあ……」
あれだけデカくてグルッと宙返りである。
シンプルなように思えるが怖い。
念のために絶叫系かどうかの表示はしてある。
それだけ怖さに自信があるってことだ。
特に回転の頂点に達した時のゆったり感。
『あの滞空時間の長さがコイツの売りだもんな』
「じゃあ、看板に偽りなしよ」
お墨付きをもらってしまった。
ちょっと嬉しい。
読んでくれてありがとう。




