1029 速いだけが怖いとは限らない
どうにか人魚組から解放された。
まあ、俺たちが移動しないと彼女らも動ける感じではなかったので今は移動中である。
「どんな罰にするつもりなの、ハルトくん?」
興味深げにベリルママが聞いてきた。
「特には何も」
「あら?」
ベリルママが小首を傾げた。
「あの子たち、約束が違うとごねるわよ」
「そうでしょうね」
だが、俺には秘策がある。
「その顔は何かありそうね」
【千両役者】は使っていないので、あっさり見抜かれてしまった。
まあ、隠すつもりはないしな。
「罰のないのが罰です」
ドヤァとばかりに言ってみた。
「まるで「家に帰るまでが遠足です」と言われているような台詞ね」
ベリルママも言うものだ。
まあ、俺も考えたときはそれを思い浮かべたけどさ。
いかにも小学校の校長先生が言いそうだし。
「それは否定しませんがね。
ただ、こちらには続きがあるんですよ」
「何かしら?」
「何が良くなかったか最後まで考えろってね」
人魚組が不服を申し立ててきたら、それも含めて言うつもりだ。
「なるほどねー。
安易な罰よりも戒める効果は高いかしら」
いずれにせよ彼女らはこれを受けざるを得ない。
すでに俺が罰を下すことを了承しているからな。
拒否をするということは罰を受けることを拒否するのと同じである。
そこを突いて不服を封じるつもりだ。
そう、どうあってもヤエナミたちは罰なしを受け入れるしかないのだ。
『クックックッ、計画通り』
つい、悪人顔になってしまいそうになる。
え? ズルいって?
世の中そんなものだ。
それに誰も傷つかないんだから、それでいいじゃないか。
最初からこうなるように目論んでいた訳じゃないがね。
歩いている間に罰は何にするかなぁと考えていて、この結論に至っただけである。
計画通りでも何でもないって?
その通り。
でも、そう言った方がこの場合は似合うだろ?
言ってみたかったというのもあるけどさ。
「あらあら」
何故かベリルママにクスクスと笑われてしまった。
「ハルトくんも策士よね」
そうだろうか?
とてもそうは思えない。
『だって行き当たりばったりな考えだし』
ベリルママは俺のことを買い被りすぎだ。
策士と評してくれたが、それは違う。
人魚組に罰を与えたくなかったというのが先に来ていたからな。
「いえ、単なるヘタレなだけです」
あるいは過保護だな。
『なんたって[過保護王]ですから(キリッ)』
内心でドヤ顔してみたけど超恥ずかしい。
そもそも自慢できるような称号じゃないし。
「またまたぁ」
珍しく意地悪な感じの笑みを見せるベリルママだ。
「反省したがりな子たちには、その方が効果的だと分かってるんでしょ」
そこは確かに考えた。
最初からではないが早い段階でね。
『何処までお見通しやら……』
何とも言えないところだ。
サッパリ読めないときの返事は──
「さすがはベリルママ」
これが無難であろう。
質問には答えていないので逃れようがあるって訳だ。
それ以前に深くは追求してこないだろうけど。
そう思うので俺は余裕を持ってベリルママが言ったことを反芻していた。
『反省したがりとはね』
言い得て妙というか、ヤエナミたちのことを的確に見ていると思う。
大喜利ではないが座布団を進呈したいところだ。
とにかく、そういう相手は罰を受けると意外に満足してしまうんだよな。
肝に銘じさせたければベリルママが言ったように罰しない方が良いのである。
『こんなのが続くと、さすがに困るからな』
いくら至高の感触でも時と場所と立場を考慮してもらわないとな。
特に立場はね。
人魚組は俺の奥さんじゃないんだし。
頑張って理性を保つ術を身につけてほしいところだ。
「当然よー。
だってハルトくんのお母さんなんですもの」
上機嫌でそんなことを言われると反論できない。
『いや、反論するつもりもないけどね』
やぶ蛇になりそうだし。
そんなことより次のコーナーが見えてきた。
ジェットコースター特有のレールがウネウネしている。
キャーキャーという悲鳴が聞こえてきた。
中にはギャーなんて悲鳴も上がっている。
前者は割と余裕がある感じ。
絶叫系の乗り物を楽しんでいるのが伝わってくる。
後者は本気で怖がっている者の叫びだ。
「かなり必死な人がいるわね。
そんなに怖い乗り物なのかしら?」
さすがにベリルママも気になったようだ。
「ある意味、今回の乗り物の中では最高の怖さですからね」
「そんなに?」
「ジワジワ来るんですよ」
「絶叫系の乗り物とは思えないわね」
「見れば分かりますよ」
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
行列が見えてきた。
「ここも並びはバンジージャンプと同じくらいかしら」
「ニッチな乗り物ですからね。
毛並みが違うと言った方がいいのかなぁ?」
「そうなの?
普通のジェットコースターのコースみたいだけど?」
そう思うのはレールの上を走るものを見ていないからだ。
「ちょうど帰ってきましたよ」
見上げながら言うと、ベリルママもそちらを見た。
「あら?」
不思議そうに小首を傾げる。
「車両が短いわ。
連結してないのね」
ここのは連結すると怖さが半減するので、そうしている。
「それに随分と遅いわね。
本当にジェットコースターなのかしら?」
まだ少し離れた場所にある車両が徐行しているのかという速度で戻ってくる。
「人力ですから」
「え? ジェットコースターなのに人力なの?」
訳が分からないという顔で俺の方を見るベリルママ。
不思議そうに聞かれてしまいましたよ。
「そうですよ」
「無駄が多いんじゃないかしら」
この口振りだと誤解されている気がする。
外部動力で牽引しているとか。
一瞬、綱引きとか地引き網を引く感じの映像が思い浮かんだ。
ジェットコースターと組み合わさるとシュールな感じである。
『そういう風に考えるか』
ベリルママの感性は独特だ。
だから天然発言をするとも言えるのだが。
だが、綱引き式だとすると係員が大変である。
客が変わるたびに綱を引くんじゃ体力が持たないからな。
「引っ張るんじゃなくて自分の脚力で進むんですよ」
「あ、あら、そうなの?」
ちょっと焦ったようになって聞いてくるベリルママである。
『やっぱり綱引き式を想像していたみたいだな』
「自転車と融合させたジェットコースターですから」
名付けてストラトスフィアサイクルである。
成層圏は些か言い過ぎた感があるのだが。
しかも直訳すれば成層圏自転車である。
ミスマッチもいいところだ。
そこは語呂と気分とノリの問題である。
「あー、それでスピードが出ないのね」
そうは言うが、綱引き式でもスピードが出ないのは同じだ。
やっぱりベリルママは天然さんである。
「そういうことです」
とりあえずスルーしておいたけど。
「でも、それって怖いの?」
もっともな疑問も出てきましたよ。
「コースを工夫してますからね」
遅いからこそちょっとした下りがとんでもなく怖く感じたりするのだ。
下るときだけは勢いがつくからな。
そこに踏み出すときのジワッとした感じは言葉では言い表せないと思う。
「ギャ────────ッ!」
こういう感じの悲鳴が出る前の感じというか。
恐怖が頂点に達する寸前のドキドキは独特のものがあるからな。
もちろんストラトスフィアの怖さはそれだけではない。
コーナーでわざと外側に傾くようにしていたり。
ロールして宙づり状態になったり。
それらをかなりの高さで味わうことになると「ギャー」になる。
実際には5メートル程度の高さまでなんだが。
これに迫力を持たせるために幻影や認識阻害の魔法を使っている。
お陰で乗っている者たちは数倍の高さに感じてしまう。
こういう演出があると速さよりも遅さが恐怖感をより高めてくれるって訳だ。
「落ちるぅ──────!」
なんて叫んだりする者が続出するくらいだし。
『落ちないよ』
体を保持する安全バーはゲルパット採用で体に密着するからな。
しっかりガッチリ保持しつつペダルを漕ぐときの動きを邪魔しないようにしてある。
万が一、車体の外に放り出されたとしても心配無用。
転送魔法でプラットホームに送られるようにしたからな。
もちろん放り出されたときの運動エネルギーはカットされた状態でだ。
ちなみにプラットホームが一番低い位置にある。
レールの分の段差があるとはいえ地上高は極めて低い。
ここから落下するようなことがあっても死ぬことはないだろう。
風魔法で保護されるようになっているので、ここからの落下も考えられないのだが。
このように安全対策は神経質なくらいに施してある。
ここ以外の設備も似たような感じだ。
『これくらいでないと安心できないからなぁ』
それでもラソル様のイタズラを防げなかったけどさ。
安全対策に終わりなしってことだよな。
読んでくれてありがとう。