1022 意外な人の意外な趣味
「クレールは回収していきますね」
オロルが言った。
「おー」
アニマルカーを牽引するのかと思ったが、ちょっと違った。
まず横にゆっくりと動く。
ズルズル引きずる感じではない。
ちょっとグラグラしながらもスーという感じでスライドするように動いていた。
理力魔法で少し浮かせて3方向から支えつつ引っ張ったようだ。
ただ、バランスが悪いのは明らかだった。
支えがないシフレとは反対のサイドの方へ傾くような揺れが見られる。
連携しながらの理力魔法に慣れていないようだ。
『まあ、人竜組はうちに来てから理力魔法を覚えたからな』
そんな訳で最後に残ったコリーヌの出番である。
空いたスペースにアニマルカーを乗り付けてきた。
横に引っ張ったのは、このためだった訳だ。
「どうも、お騒がせしております」
「おう」
コリーヌの言葉を聞いて何故かちり紙交換を思い出した。
我ながら意味不明である。
とにかく前後左右をカバーして今度はバランスもバッチリのようだ。
『言ってくれれば俺が運んだんだが』
まあ、それを言うのは野暮というものだろう。
彼女らの工夫と努力を無駄にするからな。
『バランスが取れると普通にできるみたいだし』
問題なく駐機場の方へと向かっているんだから手出しすべきではない。
アニマルカーを運転するよりも幾分速いようだ。
スルスルと駐機場へ入り込む。
だが、その後がもたついていた。
どうやらアニマルカーを整列状態で駐機させようとしているようだ。
未だにフニャフニャのクレールを乗せたままで、どうにかするつもりらしい。
理力魔法の習熟度合いが微妙な彼女らには難易度が高すぎるだろう。
あと、操作の説明を隅々まで読んでいないのが明らかだ。
『説明書はよく読みましょう』
もしくは焦って失念しているか。
「丁寧に並べる必要はないぞー」
俺が声を掛けるとピタッと止まって一斉に振り向かれた。
「駐機場に乗り込んで降車したら自動整列するからな」
そう言うと、ペコペコ頭を下げながら降りていく。
クレールは皆に引っ張られる感じで降車していた。
そしてネージュたちと合流して去って行く。
「大丈夫かな」
些か心配にはなった。
クレールが立ってもフニャフニャしていたからだ。
周りの皆がどうにか支えていたけどな。
「泥酔者よりはマシか」
あんな調子でミニチュア列車に乗れるのかも気になるところだ。
それも人竜組の皆がなんとかするだろうけど。
あと、乗ったときの記憶がないということも考えられる。
覚えがないと騒ぐかもしれない。
それは誰にも解決できない問題だ。
『自己責任とも言うよな』
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「それじゃあ、俺たちも……あるぇ!?」
振り返るとベリルママしかいなかった。
ルディア様がいない。
「どうしたの? って、ルディアちゃんね」
コクコクと頷く。
するとベリルママがチョイチョイって感じで、ある方向を指差した。
そっちはアニマルカーの上級者用コースだ。
促されるように見ましたよ。
「あ……」
2足歩行のアニマルカーを疾走させているルディア様の姿があったさ。
トモさんとフェルトの3人で縦列走行している。
時折ローリングしたり。
鋭角ターンしたり。
まるで踊っているようだ。
プロのラリードライバーのデモ動画の雰囲気がある。
「涼しい顔して攻め込みますねー」
「あら、知らなかった?」
「はい?」
「ルディアちゃんは乗り物好きなのよ」
「はー」
思わず感嘆の声が漏れた。
納得のテクニックだもんな。
「知りませんでした」
「最初は騎乗するのが趣味だったんだけどね」
「そうなんですかー」
「一時期は空を飛ぶ幻獣に凝っていたことがあるわ」
「ドラゴンとかですか?」
真っ先に思い浮かぶのはそれだ。
「そうよ」
正解したと思ったら──
「でも、ルディアちゃんはあんまり大きい子たちは好まないわね」
満点はもらえない答えだったようだ。
他の幻獣というと何があるだろうか。
ドラゴンほど大きくないのは一応のヒントか。
ならば象を雛の餌にするほどの猛禽であるロック鳥は外れるだろう。
空を飛ぶという条件は満たしているがな。
「だとするとグリフォンとか」
「馬を目の敵にするから嫌だって言ってたわ」
勇ましい感じが似合いそうだと思ったけど、好みではないみたい。
「ヒッポグリフはどうでしょう?」
「グリフォンほどではないけど凶暴よ」
これもルディア様は好まないらしい。
半分はグリフォンだから当然か。
「ではペガサスは?」
「一時期はずっと乗っていたわね」
ようやく正解した。
「ほかは思いつきませんが」
「サンダーバードも速いからって好んで乗っていたことがあるわね」
スピード狂なんだろうか。
意外である。
「後は朱雀とか」
四獣にして神獣に分類されるあれか。
「大きめの鳥はよく乗ってたわね。
大スズメとか大ツバメは特に気に入っていたようだけど」
どちらも3メートルほどの大きさの鳥だ。
もちろん普通サイズのスズメやツバメもいる。
それらが巨大サイズに成長する訳ではない。
雛の段階からデカいようだ。
デカい方は生で見たことはないが想像するだけで違和感を感じるよな。
手のひらサイズの鳥が、その大きさになるというのがね。
元日本人の感覚が残っているんだろう。
「スカイウルフも嫌いじゃないみたいよ」
初耳だったので【諸法の理】で調べてみた。
翼の生えた狼で群れは作らないが主人に従順なんだと。
俺は何故か昔の攻撃ヘリを題材にした海外ドラマを思い出していた。
名前が似ているってだけなんだが。
なんにせよ、ルディア様の意外な一面を垣間見た気がする。
『いい趣味してるなぁ』
つい、共感してしまう。
乗り物好きというか騎乗するのが好きなんだろう。
そんな風に考えていたんだが。
「そこから急に自転車に凝り出したわね」
よく分からないが騎乗に飽きたのだろうか。
「どうも人力飛行機に影響を受けたみたいね。
自転車に乗りながら自分で何機か作っていたわ」
「それはまた……」
どうやら空を飛ぶ乗り物が好きということのようだ。
と思ったら──
「更にバイクに興味を持ち始めたわね」
地上に降りてきた。
が、これは意外だとは思わなかった。
「自転車の影響ですか」
「そうみたい」
予想通りであった。
「そしたら車にも乗り始めてね」
2輪から4輪に移行するとは思わなかった。
つまみ食い感覚でバイクから手を伸ばした感じだろうか。
「その調子で船や飛行機にも手を出していたわ」
飛行機は原点に立ち返ったようなものだろう。
ちょっと意外だったのは船にまで手を伸ばしたことだ。
バイクから4輪車というのは、まだ分からなくもない。
同じ陸上走行をする乗り物だからな。
対して船は何も共通点がない。
『まさか水陸両用車から興味を持ったとか言わないだろうな』
「そのうち実機だけじゃなくシミュレーターに興味を持ちだしてね」
「……………」
リアリティが欠如してもいいらしい。
よく分からない趣味である。
「一時は電車のゲームに凝っていたわよ」
「……………」
電車のゲームでシミュレーターというとアレだろう。
何でもありのようだ。
「そう考えると、あちらに手を出すのも自然なことですか」
再び上級者コースの方を見た。
まだまだ止まる気配を見せない。
トモさんたちに合わせているという雰囲気はない。
一緒に楽しんでいるようだ。
本当に乗り物が好きなんだろう。
「ラソル様も同じなんですか?」
何気なく聞いてみた。
双子だからとか、そういうことは考えていない。
性格がまるで違うしな。
「そんなことないわよ。
ラーくんはどちらかというと無趣味なのよね」
「え?」
一瞬、我が耳を疑った。
あんなにアクティブでポジティブな性格をしているラソル様が無趣味?
何かの聞き間違いじゃなかろうかと思ったくらいである。
「ルディアちゃんが乗り物に凝っている間も見てるだけだったし」
「そうなんですかー」
何となく返事をしながら心の中では引っ掛かりを感じていた。
違和感ではない。
何か気付くべきことがあるはずなのに、それが何であるかが分からない。
そんな感じだ。
「大人しいときのラーくんを見たら、きっと驚くわよ」
「そうなんですか?」
続けて同じ言葉で返事をしたが、こちらは相槌ではない。
俺の興味が声に乗っていた。
読んでくれてありがとう。