1021 ちょっとパニック?
リュンヌがアニマルカーを前進させて去っていく。
ツッコミを入れ損なってしまった。
『あー……』
今からでは、ちぐはぐすぎて場を混乱させるだけだろう。
仮にバッチリのタイミングでツッコミが入れられたとしても多分すべっている。
それが分かっているのに喉の奥が支えたような微妙な気分だ。
所詮は自分の中で完結させるべき小ネタである。
故にこんな些細なことを察してもらえるはずもない訳で。
すかさず次の面子が来た。
「陛下、ありがとうございます」
そう礼を言ったのはシエルだった。
「はい?」
いきなり礼を言われても困惑するばかりである。
「何がどうつながって礼を言われることになったのかな?」
だから首を傾げつつ問いかけた。
「えっ、最高じゃないですか」
満面の笑みを見せるシエル。
「こんなに可愛い乗り物に乗れるなんて夢にも思いませんでしたよ」
気に入ってもらえたようでなによりである。
「そうなんだ。
それは良かった」
俺にも多少は美的センスがあったらしい。
こういうのは【万象の匠】スキルでも、どうにもならないからな。
再現するだけなら【万象の匠】を駆使すれば楽勝なんだけど。
が、一からの造形は別の話になる。
何かの資料をベースにすれば再現扱いになるが、今回は一からの挑戦だったのだ。
あまりに酷い出来なら資料を使うつもりでね。
ちょっと不細工な仕上がりだったとしても、それは許容するつもりだった。
『そういう方が味があるもんな』
いかにも田舎の遊園地の乗り物って感じがしてさ。
で、仕上がりがどうなったかというと、いい感じだったのだ。
もちろん自己評価である。
絶対の自信を持っていた訳でもない。
『まさか最高と言われるなんてな』
とはいえシエル1人の評価である。
万人が同じ意見になる訳ではないのは世の常だ。
プラス1票くらいに思っておくべきだろう。
ありがたい評価であることに代わりはないけどね。
「それじゃ、ミニチュア列車も乗ってきますねー」
「おう」
手を振りながら去って行くシエル。
続いてクレールが空いたスペースに入ってきた。
「どうも」
シエルと入れ替わりできたクレールの表情が優れない。
体調不良とかではなさそうだが。
『さっそくマイナス1票か?』
「よう、元気がないな」
とりあえず挨拶で様子を見る。
「申し訳ありません」
いきなり謝られてしまった。
訳が分からない。
「謝ることはないと思うんだが?」
思わず苦笑が漏れる。
「いえ、この乗り物について申し上げたいことがあるのです」
『さっそくマイナス票か』
それはそれで有り難い。
より良くするための意見がもらえる訳だからな。
「言ってみな」
「ひとことで言うと残念と言わざるを得ません」
ちょっと残念そうな表情で言われた。
「おー、そういう意見は大歓迎だ。
より良くするための糧になるからな」
「造形は良いのです。
とても可愛らしくて理想的とすら言えます」
『ありゃ?』
そこにクレームがつくのかと思ったら逆にプラス1票だった。
「じゃあスピードに不満があるのか?
上級者のコースなら向こうにあるんだが」
「いえ、この穏やかな感じが良いのです。
あちらは何だか訓練をしている気分になってしまって純粋に楽しめません」
「そうなんだ」
納得の理由である。
遊びの日に訓練のことが頭の中を占拠したら微妙だろう。
おそらくはネージュも同じように感じたのだと思う。
ちなみにトモさんは例外だ。
確実にゲーム感覚で楽しんでいるからな。
難しいほど攻略に燃えるの法則である。
「他の不満点というと乗り心地か?」
「それも違います。
座面は適度な堅さがあります。
それに乗車感覚が味わえる揺れも適切です」
またしても予想が外れた。
『じゃあ何なんだ?』
分からなければ聞くしかない。
「皆目、見当がつかないんだが」
俺がそう言うと、クレールがズイッと身を乗り出してきた。
「ナマケモノがいないのです!」
ドアップで力説されてしまった。
「お、おう……」
そう返事するのが精一杯。
言いたいことは分かったけどさ。
『ナマケモノって、あの凄くスローモーな動きをする動物だろ?』
俺の中では常にぶら下がっているイメージがあるんだが。
それがないと力説するということは、よほど気に入っているのだろう。
公開している動画を見たんだろうけど。
『また、マニアックな……』
悪いとは思わないがニッチな好みではあると思う。
「あのユーモラスで可愛い顔」
ウットリした表情で語り出すクレール。
『それほどかっ』
ナマケモノがユーモラスな顔であるのは認める。
常に笑っているように見える顔も可愛いと言えなくはないだろう。
言いたいことには同意できるのだけどクレールほど熱を入れた感じにはなれない。
だが、国民の要望である。
おかしな意見でもないし普通に採用でいいだろう。
ということで【多重思考】を使ってもう1人の俺に作成を依頼。
『任せたぞ』
『お安い御用で任された』
「何よりもアニマルカーにピッタリの動きじゃないですかっ」
「そうだな」
力説するクレールを、どうどうと去なす。
これがマイカだったらガルガル吠えながら──
「あたしゃ馬かっ!?」
とツッコミを入れてくるところだ。
が、クレールはそういうことがない。
「これでナマケモノちゃんがいないなんて残念すぎますっ」
自分の主張を言いきることの方が遥かに重要なようだ。
『ナマケモノちゃんって……』
「分かった、分かったから」
偏愛的だと思いながらも再びクレールを去なす。
『へい、お待ち!』
ナイスタイミングである。
倉の中で仕上がったそれを敷地内に引っ張り出す。
「ほれ、アレでどうだ?」
俺が指差す先を見たクレールの表情が驚愕のそれに変わった。
そして喜色に満ちたものへと転じていく。
「最高ですぅっ!!」
クレールは喜んでいるはずなのに何故か胸ぐらを掴まれた。
『解せぬ』
「でも、これからミニチュア列車の方へ行かないといけないんですぅ」
悲嘆に暮れた表情で言われてしまった。
『あー、そういうこと』
「だったら、ここに残ってもいいんじゃないか」
何も別行動をしてはいけないなんて決まりがある訳でもあるまい。
「あっちも乗りたいですよぅー」
「それは知らん」
「ああっ、体がふたつ欲しいいいいぃぃぃぃぃぃっ!」
血の涙を流さんばかりの必死さでクレールが訴えてくる。
「無茶、言うなよ」
このまま放置もできやしない。
まだまだ後が支えているのだ。
しょうがないので代替案を実行に移すことにした。
ささっと倉で作業を済ませる。
『なんか造形とかやりやすくなっているような?』
捗るのはありがたいので、とりあえず何も考えずに仕上げる。
完成したら引っ張り出し──
「ほら、持って行け」
そう言ってクレールに押し付けた。
「ふぇっ?」
マジ泣きしていたクレールが、それを見て呆然とする。
「ナマケモノちゃん……」
クレールが呟いた通りのものだ。
デフォルメした縫いぐるみを作ってみましたよ。
「はわわわわわわっ」
どうしていいのか分からないといった様子でオロオロと周囲を見渡す。
とりあえず泣き止んだようなのでホッと一安心である。
「それはやるからミニチュア列車の方に行ってこい」
ナマケモノが気に入ったんなら縫いぐるみでも納得はするだろうと考えたのだ。
何が何でもアニマルカーでないとダメと言われる恐れもあったがね。
『縫いぐるみは動かんからなぁ』
とはいえ連れて行けるという利点がある。
そこにかけてみようと思った訳だ。
「ふひぃ……」
気の抜けるような声を出してクレールがヘニャッとなった。
失神したのかと思ったが、そうではないようだ。
「フヒヒヒ」
とかいうヤバそうな笑い声が聞こえてくるし。
『縫いぐるみを見て壊れるとか、どうなってるのさ!?』
そこまでとは完全に計算外である。
「どうしてこうなった!?」
「そりゃあ刺激が強すぎたんでしょう」
オロルがそう言いながらクレールが乗るアニマルカーの進行方向側に回り込んできた。
そしてシフレがサイドにつける。
「それしか考えられませんが?」
なかなか辛らつな御言葉である。
確かに普通に考えれば、そうだよな。
「まさか、これほど熱を上げているとは思いませんでしたが」
ルシュがバックにつけた。
『そうそう、それそれ』
俺が言いたいのは、そういうことなんだよ。
まあ、わざわざ説明するほどのことでもないんだが。
それよりクレールをどうするかの方が大事である。
皆が対応してくれるみたいだけど。
読んでくれてありがとう。