1020 人竜組とアニマルカー
アニマルカーのコーナーに来た。
「人竜組がいるな」
ゆったりしたスピードで走っているアニマルカーに乗って楽しそうだ。
「ちょっと意外だね。
彼女たちって武闘派なイメージがあったんだけど」
トモさんがそんなことを言った。
それは誤解である。
「そんなことはないさ。
学校でも農業の授業を楽しそうに受けてるよ」
「そうなんですね」
俺の返答にフェルトが感心していた。
「乗ってくかい?」
「え、どうだろう」
聞いてみたがトモさんの反応は芳しくない。
「確かに懐かしいんだけどさ。
アニマルカーは見ているだけで充分かな」
「へえー、本当に?」
念押しの問いかけに怪訝な表情を見せるトモさん。
「どういうことだい?」
その時である。
隣のコーナーから甲高い音が微かに聞こえてきた。
「何っ!?」
聞き覚えのある音にトモさんはガバッと体の向きを変えて、そちらを見た。
「あっちは上級者用の専用コースだよ」
「……………」
返事はない。
俺の説明も耳には届いていないだろう。
完全に目が釘付けになっていた。
『ここまで食いつきますか』
苦笑を禁じ得ない。
「な、なんですか、アレは?」
トモさんの代わりにフェルトが聞いてきた。
顔を引きつらせ引き気味で上級者コースを見ている。
食い気味のトモさんを見てそうなった訳ではない。
2足走行しているアニマルカーを見たからだろう。
コースは子供用のカートコース風にデザインしているが……
その中を直立したアニマルカーが高速で火花を散らしながら駆け抜ける。
こちらのコースではリミッターが解除されるからかなりのスピードだ。
ターン用の杭を使ったスピンターンも格好いい。
『まあ、杭はダミーなんだけど』
とにかく迫力満点というかシュールな光景である。
可愛い乗り物が可愛いコースでギュンギュンと勢いよく走り回るのだから。
音の方は減音結界でコース外にはうるさく聞こえないようにしているけどね。
「ハルさんっ!!」
不意にトモさんが振り向いた。
「どしたの?」
「最高だよっ!」
満面の笑みでサムズアップしてくる。
「そう?」
当初の想定以上に気に入ってもらえたのが意外で聞き返してしまった。
「ああ、文句なしだよ」
「速攻騎兵ボトルズのアームズトレーラーを再現した方が良かったんじゃない?」
「それが理想だとは思うけどね。
さすがに、そんな贅沢は言えないさ」
そんな風に言う割には我慢している雰囲気はなかった。
本当に気に入ってくれたようだ。
しかも、まだ見学しただけである。
「ハルさんが安全性も考えてギリギリまでダウンサイジングしたのは分かってるって」
読まれていた。
確かにトモさんの言う通りである。
完全再現すると万が一にもコントロールミスがあった場合の暴走が怖い。
上級者コースではリミッターが解除されるから、安全装置もほぼ働かないし。
結果がどうなるかは考えたくもなくなるというものだ。
もちろん柵はしてあるし、その外には出ないようにはした。
出た瞬間にリミッターがかかるようにもしてある。
ダウンサイジングができているからそれが可能なのだ。
元のサイズのままだと、もっと広い場所が必要になっていた。
他の施設や設備がいくつか犠牲になっただろう。
仮に祭りの会場全体を広くして対応しても意味はない。
危険だからだ。
暴走した場合の安全性が保証できない。
古参の国民なら軒並みレベルが高いから大怪我はしないかもしれない。
だが、まだ2桁レベルの国民もいるのだ。
最悪の事態は想定すべきである。
滅多なことでは事故にならないとしてもね。
「なのにテイストは損なってないじゃないか」
力説ぶりに苦笑を禁じ得ない。
それだけウズウズしているってことだ。
我慢しきれないらしくて、ソワソワしているのがよく分かる。
「ホイールの火花と音の再現性なんて完璧だよ」
完璧かどうかは議論の分かれるところだとは思う。
が、そこと動きに気を遣ったのは事実だ。
「そりゃあ原作アニメを参考にしたからね」
エリーゼ様に報酬でもらったライブラリはすごく役に立ったよ。
「ほら、行ってきなよ」
「いいのかい?」
「当たり前だろ」
「やったぁ、ありがとう!」
喜び勇んでトモさんは行ってしまった。
トモさんが行くならフェルトも行く。
「あの、すみません。
行ってきますね」
「ああ、気を付けて」
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
ネージュがアニマルカーに乗って見学している俺たちの方に来た。
「いらしてたんですね」
美女がデフォルメアニマルに跨がっている姿はなかなかにシュールだ。
「やあ、楽しんでいるか?」
「はいっ」
満面の笑みで答えが返ってきた。
『そこまで気に入ってくれるとはな』
何よりではある。
「隣は行かないのか?」
チラリと上級者コースの方を見た。
「うひょ─────っ!」
トモさんがリミッターの外れたアニマルカーを満喫している。
実に楽しそうだ。
好きこそものの上手なれと言うが、すぐに乗りこなしていた。
『バランスが取りづらいから簡単じゃないんだがな』
「あちらは先程……」
ネージュが言い淀む。
「乗ってきたけど好みじゃなかったんだ」
ああいう激しい系は好みではないらしい。
「申し訳ありません」
「謝ることじゃないさ。
遊ぶのは義務じゃないからな」
「こういう系統が好きならミニチュア列車のコーナーもあるぞ」
「そうなんですか!?」
どうやら乗り物コーナーをすべて見て回った訳ではないようだ。
「ほら、こういうの」
そう言いながら幻影魔法で前に見た時の映像を流す。
過去ログから引っ張ってきたので爺さん執事が楽しそうに乗っているやつだ。
ちょっとサンプルとしてはどうかと思う代物ではあるがね。
誰かが乗っている映像じゃないと臨場感は伝わらないかと思ったのだ。
で、映像を流してから気が付いた。
【天眼・遠見】と組み合わせてリアルタイムの映像を流せば良かったことに。
まあ、今更である。
「これも素晴らしいですね」
ネージュへのアピールは成功したようなので良しとしよう。
「興味があれば見に行ってみるといい」
「はい」
「あー、無理強いするつもりはないからな。
自分の好みに合うもので楽しめばいい」
「はい」
クスクスとネージュが笑った。
「お気遣い、ありがとうございます」
「ん」
この程度のことで礼を言われると何だか照れくさい。
「では、さっそく行ってきます」
そう言って、ネージュはアニマルカーを進ませた。
駐機場へ向かうようだ。
そして次が来る。
「リュンヌか」
「お疲れ様です」
キリッとした表情を崩さず挨拶してきた。
まあ、このお姉さんは常に気を張っているような武人タイプだからね。
人竜組が体育会系に思われるのはリュンヌの影響だと俺は思う。
悪いことではないんだ。
だらしないよりは余程いい。
『でもなぁ……
もう少し柔らかくても良さそうだけど』
とは思う今日この頃だ。
なんたって今日は秋祭りなんだし。
「お疲れ~」
そんな訳で俺の挨拶はリュンヌと違ってノリが軽い。
リュンヌの方はそれを受けても特に表情を変えることなく会釈した。
「ネージュはミニチュア列車のコーナーへ行くみたいだぞ」
「はい」
特に驚いた様子も見せずにリュンヌが頷いた。
まあ、話は丸聞こえだった訳だしな。
声を潜めてするような話でもなかったし。
なにより幻影魔法は皆も見ていた。
「私もお供しようかと思います」
「それで挨拶に来たのか」
「はい」
本当に律儀さんである。
『真面目かっ!?』
俺は心の中でツッコミを入れていた。
まあ、普段から真面目なんだけどさ。
「後が支えていますので、これにて失礼します」
ペコリと頭を下げるリュンヌ。
『これまたシュールだよな』
キリッとした感じの美人さんがアニマルカーに騎乗したまま頭を下げるんだから。
そしてリュンヌは駐機場に向けてアニマルカーを操作する。
可愛いのか格好いいのか。
ふざけているのか真面目なのか。
色んな要素がごった煮で訳が分からない。
ツッコミを入れたいのに入れられなかった。
読んでくれてありがとう。