1019 トリオ漫才をやっている間に乗り物コーナーへ来た
シーザーたちは後ろ髪を引かれるような素振りも見せずに帰って行った。
薄情だとは思わない。
『リンクがあるというのは大きいね』
シーザーたちの習性を補強するから1頭が残れば全員が残っているようなものだ。
それと、すんなり帰ったのには遠慮したってのもあるみたい。
公園の場所を占拠し続けていたからな。
さすがに公園の全域を埋め尽くすなんてことはなかったけど。
そこまでの状態だったら、そもそも公園には呼び出さなかったが。
でないと国民たちに申し訳なさ過ぎる。
秋祭りを楽しむどころじゃなくなっていただろう。
ラソル様もそこは計算していたようだ。
ギリギリのラインでだけど。
『倉から呼び出すときには場所を空けてもらったしな』
シーザーたちも、そのあたりを気にしていたようだし。
用が済んだら速やかに移動することで場所を空けようとしてくれた訳だ。
健気な上に謙虚ですよ。
『誰かさんには本当に爪の垢を煎じて飲ませたくなるな』
そして大きいシーザーが残った訳だが。
当前のことながら占拠するスペースは大幅に減った。
公園にいる国民たちは呆気にとられている。
『やはり3百は多すぎたな』
それがいきなり消えるようにいなくなったのだ。
驚きもするだろう。
ただ、すぐに再起動していたみたいだけどな。
『さすがはうちの国民』
「じゃあ、行きますか。
後始末もしないといけないだろうし」
何気なく言った言葉にルディア様が反応した。
「その必要はないぞ」
「え?」
「現場の混乱は我々で静めておいた」
「あー、申し訳ありません」
「何を言う。
我々の方が詫びねばならぬのだ。
兄者が無軌道な真似をしなければ混乱はなかったはずだしな」
「そうかもしれませんが俺が主催している訳ですから」
どちらも退かない。
睨み合いではないが膠着状態に入らんとしていた。
「もうっ、時間がもったいないわよ。
向こうの状況は元に戻ってるんだから2人とも気にしないのっ」
小さい子に叱るような感じでベリルママに止められた。
「「はい、すみません」」
ベリルママを再び不機嫌状態に戻す訳にはいかない。
ササッと謝って次の行動である。
「さ、行きましょう」
「そうだな、行こう」
俺とルディア様が率先して先導しようとする。
「そうだな」
「そうですね」
トモさん夫婦も焦った様子で同意した。
「そんなに慌てなくても大丈夫よ」
アッケラカンとしているのはベリルママだけだ。
シーザーはキョトンとした顔で首を傾げている。
『怖い思いはしていないからな』
ルディア様はベリルママが本気で怒ったところを見たことがあると思われる。
『付き合いが長ければ、そういうこともあるよな』
故にシーザーと違って俺たちサイドの反応を見せている。
片鱗しか体験していない俺たちより身に沁みているだろうし。
俺たちだってトラウマになってしまったっぽい。
何ともやりきれない気持ちで一杯である。
[謝罪と賠償を請求したい気分なんだが]
スマホで共感してもらえそうな2人にグループメッセージを送ってみた。
[同感だね。賠償は先払いしたとか言われそうだけど]
トモさんの返信に思わず膝を叩きたくなるくらい納得させられた。
『ラソル様だったら確実に言うだろうな』
そこまで計算しているはずだ。
[ドヤ顔で言いそう]
[……言いそうだね]
[想像するだけでムカつくんだけど]
[すっごく分かるよ、その気持ち]
[気持ちは分かりますが、何もしないのが最善手かと]
フェルトの意見は少し違うようだ。
そのメッセージを見て「確かに」と思ったさ。
『神経を逆撫でされるような謝罪じゃ、ない方がマシだよな』
とにかく乗り物コーナーへ向かう。
その間はスマホでグループメッセージが飛び交っていた。
[何もしないのも業腹だ]
フェルトに何もしないのが最善手と言われたことに対する反論である。
まあ、フェルトの言い分は俺もよく分かるんだけどね。
余計なことをすると神経を逆撫でされるのがオチだというのは容易に想像がつくし。
それでも言わずにいられない。
でなきゃグループメッセージ機能を使って会話なんてする訳がない。
[それなら制裁を求めるのが一番だね]
トモさんが無難であろう提案をしてきた。
だが、それは通常であればの話だ。
[10倍のお仕置きに積み増しを求めるのですか?]
フェルトからツッコミが入るのも頷ける。
おそらくベリルママも限界ギリギリまでお仕置きのレベルを引き上げているだろうし。
そう考えると現実的な提案とは言えまい。
[ぎゃふん]
トモさんも理解しているので、この返答だ。
今時その表現を使うのがネタに走っていることを感じさせる。
ガス抜きのために、あえてそうしているんだろう。
[だったら新しいお仕置き方法を提案してみるまでだ]
[慣れていないお仕置きでメンタル面での負荷を高めて反省を促そうということだね?]
[そうだよ]
[それは一考に値しますね]
フェルトも同意してきた。
何も提案のすべてを否定するつもりではないのだ。
俺たちと同じ被害者なんだし。
これ以上の被害を受けないように消極的な姿勢になっているだけなのだ。
[で、どんな方法だい?]
そこが肝心とばかりにトモさんが聞いてきた。
[それをこれから考えるんだよ]
[ガクッ]
実際にずっこけられないからトモさんがメッセージで音だけを表現してきた。
[……]
フェルトも三点リーダーでコメントしてきた。
大方[そんなことだと思いました]と書きたいところを我慢したのだろう。
『2人とも、それだけ期待していたってことだな』
悪いことをしたとは思うが、しょうがない。
[そんな簡単に思い浮かぶ訳ないじゃないか]
既存のお仕置きは、それこそ多岐に渡って開発されているはずだ。
これは画期的だと思っても既存のものなら意味がない。
[たぶんラソル様にはそこまで見透かされてますよね]
身も蓋もないことをコメントしてくるフェルトである。
[それを言っちゃあ……]
[お終えよ]
ほとんどトリオ漫才をやっているような気分である。
だが、そういうのが良かった。
どうでもいいような雑談だからこそ気が紛れるのだ。
ストレスもそこそこ軽減されたと思う。
そのまま俺たちは公園を抜けるまで雑談を続けた。
新しいお仕置きは思いつくことができなかったけどね。
それでも積もったストレスは随分と軽くなっていたと思う。
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乗り物コーナーに到着した。
「みんな普通に楽しんでいるみたいだな」
見る限り、混乱していた名残などは見受けられない。
全体を隅々まで見たわけじゃないから細かな影響については確認できていないが。
『ルディア様たちの仕事だからな』
抜かりがあるとは思えない。
まあ、当事者がうちの国民だけだったからというのもあると思う。
色々と慣れっこになっているお陰で混乱しても簡単に再起動できるからな。
『これが西方だったら……』
もしかすると今も影響が残っていたかもしれない。
あるいは全員を眠らせて記憶を操作しなければならなかったかも。
その必要がないうちの国民たちは大物である。
「確かに混乱していないね」
「何事もなかったかのようです」
トモさんやフェルトも同意する。
「うむ、すまんな」
ルディア様が謝ってきた。
「「「いえいえいえいえいえっ!」」」
俺たち3人がそろって顔の前で手を振って否定した。
「悪いのはルディア様じゃないですよっ」
とにかく必死だ。
『どうしてルディア様が謝らないといけないんだ』
悪いのはイタズラをしたおちゃらけ亜神です。
双子の兄妹だからって責任を感じる必要はないと思う。
まあ、それを言っても生真面目なルディア様は納得しないだろうけどな。
「そうです、そうです、その通り」
トモさんも目一杯の様子である。
冗談で場を和ませるような発想も思い浮かばないようだ。
「私達は見事な手際だなと思っただけですから」
フェルトの言葉に俺とトモさんはブンブンと高速で頷く。
それに対してルディア様は頭を振る。
「著しいマイナスが少しマイナスになっただけだ」
「「「そんなことないですよっ」」」
「兄者が混乱させたという事実は消せぬだろう。
過去が消せぬなら先々に影響を残さぬようにするしかない。
後々まで混乱を長引かせぬよう後始末しただけのことを胸を張って自慢はできぬ」
事実という過去が少しマイナス。
後々の混乱が著しいマイナス。
ルディア様の中ではそういう認識なのだろう。
同じ立場なら、俺もきっと同じようなことを考えたと思う。
故にそれ以上のフォローの言葉は出すことができなかった。
「と、とにかく混乱なく楽しめるんですから何か乗りましょう」
話をそらすくらいしか手はないだろう。
「「そうですよ」」
トモさん夫婦も乗ってきてくれた。
あまりに露骨な誘導であるが、重苦しい雰囲気の継続は御免だ。
それが俺たち3人の共通した認識であった。
ルディア様が嘆息混じりに苦笑する。
「そうだな、そうするとしよう」
これ以上は雰囲気を悪くするだけだとルディア様も思ったのだろう。
あまり自然でない誘導に乗ってくれた。
『ありがたい話だよ』
その分、どこかのおちゃらけ亜神の失点が増えたけどね。
読んでくれてありがとう。




