103 試験が終わっても……
改訂版です。
「勝者、ドルフィン。ならびにツバキ」
どうにか声を絞り出してゴードンが勝者を宣告。
ほとんどの連中が反応できなかった。
ハマーとボルトも呆れたような諦めたような顔でいる。
図太いゴードンですら宣告の後は呆然としていたくらいだ。
ルーリアは周囲を見て怪訝な表情を浮かべていた。
「そんなに意外か?」
「高度な試合だったとはいえ見ていただけで座り込むほどだろうか」
ああ、そっちね。
「グルグル回っていたのを見続けたことで目を回したんだろ」
「そう、なのか?」
いまいち理解に苦しんでいるようだが気にしても始まらんと思うぞ。
まあ、とりあえず悩んでもらっておこう。
この場にいるのはルーリアだけではないからな。
「ところで、ノエル」
俺が呼びかけると桃髪ツインテ少女が「何?」と問いたげに見上げてきた。
「この後は予定あるのか」
「お兄さんたちと合流する」
商人ギルドに向かったというボーン兄弟か。
「合流してから宿を探すのか?」
ノエルはふるふると首を振って否定した。
「商人ギルドで紹介してもらうって」
「ああ、なるほどな」
そこにツバキたちが戻ってきた。
「主、任務完了です」
「主?」
うちの子供組を彷彿とさせる可愛らしい仕草でノエルが首を傾げている。
「俺は国元じゃ偉い人だからな」
ハッハッハと爽やかに笑ってみる。
……ちょっと虚しくなってしまった。
「とても偉い人に見えないんだけど」
そんなツッコミ入れてきたのは黄色髪の猫耳娘レイナだ。
他の月狼の友のメンバーも後ろに続いている。
サッパリした感じの雰囲気で敗戦のショックはなさそうだ。
ショックなのは見学してた冒険者たちか。
3戦とも見た者は化け物だらけだったことに愕然とし。
噂を聞きつけて昼から見に来た者たちは話半分に聞いていた噂以上で驚愕。
早いうちに現実を受け入れんと仕事でつまらんミスをしかねんぞ。
「おー、お疲れー」
軽い調子で手を上げて労いの言葉をかける。
「そういう所が偉く見えないんだっての」
ハイハイとぞんざいに応対されながら指摘された。
「見えなくて結構さ」
俺には俺の流儀ってもんがあるからな。
「アンタね……」
レイナに呆れられてしまった。
「まあまあ、フレンドリーでええやんか」
狐耳のアニスがフォローを入れてくる。
「それともアンタはハルトはんにケンカ売ってるんか? うちはゴメンやで」
仲間を挑発するのはどうかと思うんですがね。
双子の垂れ耳姉妹は苦笑しながらも、うんうんと頷いているし。
「そんな訳ないでしょ」
レイナはそっぽを向いてしまった。
「すまんな、騒がしい連中で」
狼耳のリーシャがレイナを押し下げて前に出てくる。
不服そうにしながらもレイナは素直に後ろに下がった。
「ノエルを見ていてくれたんだな。助かった、ありがとう」
律儀な侍ガールは深々と頭を下げた。
「いや、礼には及ばんよ。俺は特に何かをした訳じゃないからな」
社交辞令としては無難な返しをしたつもりだが相手はそういうのが通じにくい生真面目さんだ。
双子に両脇を抱えられ背後からレイナに口を塞がれてなければ、どうなっていたことか。
「それじゃあ手続きを済ませましょうか~」
ウサ耳のダニエラが眠くなりそうな声で提案してくる。
月狼の友は依頼が完了したから後は報酬を受け取るだけか。
だが、俺たちの方はそうはいかない。
冒険者のクラスを判定してもらう必要がある。
それは審判を務めたゴードンがするはずなんだが。
当人は座り込んでしまった連中の具合を聞いて回っている。
各々の体調に問題がないことを確認してからでないと引き上げてこないだろう。
待つしかないかと思っていたら、突如として訓練場の扉が乱暴に開け放たれた。
勢い余って転がり込んできたのは受付嬢の上司であるハンスだ。
「ギルド長ぉ!」
「こっちだ」
ハンスが絵に描いたような慌てっぷりで倒けつ転びつゴードンの元に駆け寄っていく。
「たっ、大変です! 危険が大変なんです!」
ゴン
ゴードンのいるあたりから鈍い音がした。
「落ち着け、バカ者」
ハンスの頭頂部にゴードンが拳骨を落としたのだ。
目撃した冒険者たちが首をすくめて皺くちゃな顔をしている。
まあ、殴られた当人が頭を抱えて涙目でうずくまっているからなぁ。
苦笑している冒険者たちも多いので珍しくはないらしい。
「貴様は慌てると支離滅裂なことしか言えなくなるだろうが」
まともに報告できそうにないから荒療治で再起動させたってところか。
どうも、ただ事ではないようだし。
ハンスはヨロヨロしながら立ち上がった。
「報告しろ」
「衛兵隊より緊急通報です!」
「内容は」
「街の北、数十キロに街に赤イナゴの群れを確認とのこと!」
「何だとっ!?」
ゴードンの顔色が一瞬で変わってしまったな。
目を回していた連中も飛び起きた。
それほどか。
イナゴの群れと聞いても元日本人の俺には蝗害が発生するのかぐらいの感覚だった。
その認識はどうやら甘いらしい。
月狼の友の面々が顔面蒼白になっていた。
「ブリーズに向けて南下中です」
「シャレになってねえぞ!」
「ヤバいって!」
「どうすんだよっ!?」
ハンスの報告は終わっていないが冒険者たちは蜂の巣を突いたように騒ぎ出す。
「やかましいいいぃぃぃぃぃっ!!」
凄みをきかせたゴードンの一声で沈黙が戻ってきたが。
「続けろ」
「それにともない衛兵隊から住民の避難誘導の協力要請がありました! 以上です!」
ハンスはどうにか報告を終えたものの、その場にへたり込んでしまった。
「よぉしっ、お前ら! グズグズしてる暇はねえぞ!」
ゴードンは冒険者たちに向かって吠えるように呼びかける。
そのまま次々に指示を出して地元冒険者たちを送り出していく。
そして訓練場には俺たちだけが残った。
まさかリアルで蝗害に遭遇することになるとはね。
確か農作物に甚大な被害を与えるんだったよな。
しかし、皆の慌てぶりはもっと深刻な事態を想定しているように思えてならなかった。
確か赤イナゴとか言ってたよな。
気になって【諸法の理】で調べてみたら魔物の一種とのことだった。
全長は数十センチ程度でイナゴとしては異様に大きいが防御力は皆無だという。
ならば必要以上に恐れることもないと思うのは軽率だ。
体液が毒であり返り血を浴びれば手酷い目にあう。
弓や魔法で仕留めることも可能だが基本的に素材は必要とされない。
故に普段は攻撃性が低いこともあって敬遠されるらしい。
更には蝗害クラスの群れになると餌が不足するせいなのか凶暴化してしまうのだとか。
屋内に立てこもれば襲われることもないそうだから避難が優先されるって寸法だ。
「お前らも早く避難しろ」
ゴードンが呼びかけてきた。
「だとよ」
ハマーに振ってみる。
「まさか赤イナゴの蝗害とは……」
「自分は初めてです」
山岳民族であるジェダイト組は襲われた経験がないらしく月狼の友より反応が緩い。
イナゴって海とかも横断するって聞いたことあるけどな。
経験者の決定に従おうと思ったのに当てが外れた。
「はやく逃げんか!」
苛立たしげに吠えるゴードン。
しかし冒険者ギルドにいれば問題ないと思うのだが。
「各ギルドは住民の緊急避難場所になる。お前たちは別の場所に避難しろ」
あらら、そういうことは先に言ってくれよな。
「しゃーない。宿へ行くか」
とは言ったものの今の街中ってパニックでどこもかしこも大混乱じゃないのか?
気になったので【天眼・遠見】のスキルで確認してみた。
道理で先程からうるさいと思ったよ。
普通に避難するのは、かなり厳しそうだ。
ついでに赤イナゴとやらも見ておく。
……実にキモい。
虫は小さいのに限るな。
少し距離を置いて確認すると、低空に広がった赤い雲のようだった。
しかも住民の避難が完了するとは思えない速さで接近している。
「ノエル、こっちだ」
「ん」
俺はノエルをお姫様抱っこして訓練場の壁に跳び上がった。
「ドルフィン、ハマーとボルトを頼む」
「お、おいっ! まさかまたか!?」
ハマーが喚いているが無視だ。
屋根伝いでないと短時間で宿屋に辿り着くのは難しそうだからな。
「うわっ、何をする! やめろおおおぉぉぉぉぉっ!!」
俺が抱えて飛び降りた時の記憶がフラッシュバックしてるのか?
気にしていられる状況ではないのでスルーさせてもらう。
「ゴードン、試験後の手続きは騒動の後で!」
返事を待たずに俺は駆け出した。
建物の上を跳び回りつつ駆け抜けていく。
月狼の友はもちろん、ルーリアも追従してきている。
「これを予測していた? 賢者を名乗るだけはある」
街中の混乱ぶりを見て独り言を呟く余裕さえあった。
ルーリアが脱落する心配はしなくても良さそうだ。
月狼の友はパニックに当てられたのか些かの動揺が見られたが。
それでも騒ぎ立てることがなかったのは有り難い。
こういうのも場数がものを言うのだろう。
騒ぎ立てると言えば、ギルドを出た直後はギャーギャーと喚いていたハマーが静かだ。
失神でもしたのかと見てみたら仏頂面で運ばれていた。
不服はあるが、状況を把握して大人しくするのが最善と判断したか。
一方で消化不良が解消しきれない状態のボルトは周囲を見渡す余裕さえなかった。
不規則にシェイクされる状態で運ばれているからな。
顔色を悪くさせ脂汗を流していそうにさえ見える。
じきに到着するから頑張れ。
乗り心地がよろしくない状態で運ばれるのがキツいなら子供のノエルはどうか。
心配になって視線を向けると見つめ返された。
具合を悪くしている様子はない。
それどころか周囲の悲鳴や怒号が耳に飛び込んでくるだろうに淡々としたものだ。
恐怖も感じていないというのか。
「怖くないか?」
念のために聞いてみる。
「うん、賢者さんだから安心」
思った以上に信頼されているのはどうしてなんだろうね。
嬉しいけどさ。
「そうかい? それはありがとう」
なんてことを言っている間に宿屋の前だ。
読んでくれてありがとう。




