1015 してやられた
俺たちが震え上がっている所にルディア様が転送魔法で跳んで来た。
それはもう必死の形相ですよ。
見張っていたはずなのに出し抜かれたんだから。
『まあ、ラソル様だからね』
裏をかくのはお手の物。
イタズラのためなら全力投球。
あとで凄まじいお仕置きが待っていようと関係なし。
「誠に申し訳ありません、ベリル様」
真っ先に頭を下げて謝罪する。
「いいのよー。
ルディアちゃんが悪い訳じゃないもの。
新神になろうかという者の自覚が薄いだけだものねー」
口調は穏やかで優しいが、逆にそれが背筋を冷たくさせる。
そもそも笑顔なのに目が笑っていない。
「とりあえず兄者は拘束しておきました」
捕まえるのに苦労させられたりはしなかったようだ。
『まあ、本気で逃げなかったんだろうけど』
それがどのような結果を生むのかを計算に入れているものと思われる。
「そこまでしなくていいわよ。
帰ったら、いっぱいお仕事してもらうけどねー」
フフフとイタズラっぽく笑うベリルママ。
いっぱいがどれ程なのか見当もつかない。
「ちょっと大変じゃないかなー?
教習所でヘマとかしないといいけど」
『そこまでやるんだ』
ギリギリまで追い込むつもりなのは明白である。
背筋が冷たくなったさ。
「ひとつ質問なんですが」
気になったことがあったので俺はルディア様に声を掛けてみた。
「何かあるのか?」
「いえ、それが分からないから聞きたいのです。
今回は誰が得をしたのかなと思いましてね」
ラソル様のイタズラは最終的に誰かのためになることが多いからな。
その手段が甚だ迷惑極まりないんだけど。
「ああ、そのことか。
特にはいない気がするのだが」
そういうこともない訳ではない。
だが、今回の場合はそれだとベリルママの心証は著しく悪くなってしまう。
『おかしいなぁ』
いくら何でも、そこまでバカな真似をするだろうか。
何かあると思うのだが。
『もしかして俺たち3人のレベルアップ?』
スキルもゲットしたし。
ラソル様なら新神への昇格内定祝いとか言いそうである。
『ああ、なるほど』
それが分かっているからベリルママは飛んでいかないんだ。
「なんだか依怙贔屓された気分です」
「しょうがないわね。
貰えるものは貰っておけばいいわ」
どうやらビンゴである。
「シーザーちゃんたちは保護したかしら?」
「はい」
ベリルママの問いかけにルディア様が返事をした。
が、その表情は優れない。
それを見逃すベリルママではない訳で。
「どうしたの?」
「保護したシーザーたちを送り返すことができないのです」
困惑の表情で報告するルディア様。
「あら、そうなの?」
対するベリルママは特に困ったことになったとは思っていない様子。
「はい」
ルディア様が申し訳なさそうに肯定した。
「リオステリア、フェマージュ、アフェールの3名に色々と試させてはいますが……」
「んー」
人差し指を顎に当て上を見上げるような仕草をするベリルママ。
「マスターの権限が譲渡されているわね。
そのせいでロックがかかっているのよ」
あっさりと原因を突き止めたようだ。
まあ、管理神だから当然ではあるだろう。
「なっ!?」
滅多に動揺しないルディア様が驚愕の表情を浮かべていたけどね。
「隠蔽してるから分からなかったんでしょうね」
ルディア様の動揺を見てベリルママが言った。
「いつの間に……」
ルディア様が呆気にとられていた。
「召喚直後じゃないかしら」
即答だった。
わざわざ調べるまでもないと言わんばかりである。
「隠蔽の瞬間を察知されれば、どんなに巧妙に隠しても意味はないわ」
「それはそうですが」
ルディア様の返事は歯切れが悪かった。
表情も渋い。
「もし、権限を譲渡された者が何か命令を下せば、どんな事故が起こったか」
「それはないわよ」
「え?」
「隠蔽するくらいですもの。
譲渡された相手に気付かせるようなヘマはしないわね。
もし、ルディアちゃんの言うようなことになっても事故は起こらないわ」
「何故です?」
「だって妖精種を召喚した時のマスター権限より亜神の方が上位じゃない」
「あ」
ベリルママの言葉を受けたルディア様が一瞬だが呆気にとられていた。
そしてこれ以上ないというほど悔しそうな顔をする。
「兄者め……」
歯噛みするルディア様。
「思い込みは危険よ」
「はい」
重苦しい雰囲気を漂わせてルディア様は返事をした。
それだけ耳に痛い言葉だったということだ。
ルディア様だけでなく俺にとっても。
こうして指摘されると、もっともだと思うのにね。
それが肝心な時に失念している。
ラソル様がそういう盲点を利用した隙を突くのが得意だと分かっていてこれだ。
『ん? 盲点?』
とてつもなく嫌な予感がした。
灯台もと暗し。
そんな諺が思い浮かんだ。
自分の直感に従って自分のステータスを確認する。
『何もない』
だが、何かがおかしい。
違和感を感じ本能が警鐘を鳴らす。
『考えろ、考えろ、考えろ』
既に疑惑は確信に近かった。
根拠はない。
が、俺の推測通りならマスター権限は俺に譲渡されているはずだ。
『俺がラソル様ならそうする』
騒ぎになる前なら無警戒だからな。
俺に気付かせずに権限を譲渡して偽装するのも楽勝だったことだろう。
『そう思うと腹立たしいよな』
だからこそ尚のことである。
これ以上、効果的にからかう方法はあるまい。
問題は巧妙に偽装されていることである。
自分のステータスを確認しても何もなかった。
見破る方法も思いつかない。
『ラソル様なら、どうする、どうやる?』
徹底してからかってくるだろう。
あえてリアルを追求せず、気付いた相手が歯噛みするような。
イメージで言うとハリボテだ。
それも周囲の人間が見たら噴飯物の。
『そうか!』
おちゃらけ亜神のパターンを読めば良かったのだ。
それで何をしているのか、おおよその見当がついた。
問題は俺だけが見破れないようにされているってことだな。
根性入れて本気を出せば、どうにかできるかもだけど。
『それをするのは業腹だよな』
俺が泥臭く悪戦苦闘するのを見たがっているだろうし。
ならば人の手を借りるとしよう。
「トモさん、悪いんだけど俺のこと鑑定してくれないか」
「いいけど?」
よく分からないと言いたげに首を傾げながらも了承してくれた。
次の瞬間には──
「……ぶはっ!」
目を丸くして吹き出していたけどね。
「何だコレ!?」
予想だにしなかったであろう鑑定結果に地で頓狂声を出している。
ネタとか考える余裕すらなかったようだ。
『やっぱりな……』
俺の方は予想通り過ぎて苦笑する気にもなれなかったさ。
「で、どう見えてる?」
どんな手を使ったかまでは分からないので確認してみる。
「ひとことで言うなら写真を貼り付けた書き割りだね」
『書き割りか……』
確か、絵が描かれた板だよな。
さすがと言うべきか。
普通に書き割りという言葉が出てくるもんな。
舞台にも何度か出ているそうだし、そのあたりは商売柄ということだろう。
「表面はやたら凝った作りだけど後ろが丸見えになってる」
そんなもの見せられて違和感を感じないとは完全に術中にはまっている。
ベリルママがそばにいるからと、油断しすぎだろう。
良く気付かれなかったものだ。
思わず感心してしまったが、お陰で手口は分かった。
『脳内スマホ経由だ』
自動展開する術式をメールで送ったのだろう。
もちろんメールの着信通知なんて実行されない。
それと今から脳内スマホを確認しても痕跡すら残っていないだろう。
『なお、このメールは自動で消滅するってか?』
「そんなことだと思ったよ」
「ハルさんには見えないのかい?」
「状態異常にかかってるだろ?」
「あ、ホントだ。
ハルさんの状態が[幻惑]になってるよ」
そのせいで書き割りの写真の部分にしか目が行かなくなっていた訳だ。
自分に魔法をかけて解除しようにも、かなり苦労するはず。
ガッチリ[幻惑]状態がキープされているだろうし。
そのくせ第三者なら簡単に解除できると思う。
俺が必死に足掻いた末に誰かが簡単に解除して悔しがる。
そういう筋書きをラソル様は書いていると俺は読んだ。
おそらく間違いないだろう。
迷惑なシナリオライターである。
読んでくれてありがとう。