1009 子供組の思惑は
一度だけマイカに対して本気で怒ったミズキを見たことがある。
マイカも普段なら危険領域の手前で踏み止まるのだが、その時は酔っていた。
そのせいで不用意に踏み込んでしまったのだ。
幼馴染みだけあって他人に対して怒る時よりも遠慮がなく苛烈。
あのマイカがビビるだけのことはあった。
それだけ本気になっていたということだろう。
身内であると認めるからこそ本気で怒るのだと思う。
ミズキとは、そういう女である。
俺も注意が必要だ。
「もちろん順番待ちしてからだよね、マイカちゃん」
ニッコリ笑って問いかけていた。
ただし目は細めたまま。
氷の微笑というやつである。
それを見たマイカはガタガタ震えながら凄い勢いで首を縦に振った。
風切り音が聞こえてきそうなくらいだ。
それを確認したミズキが、ようやく穏やかな笑みとなる。
「そういうことなら、付き合うよ」
ミズキが俺の方を見た。
その表情が何だか諦観を感じさせる苦笑いになっていた。
「あー、泣きの1回では終わりそうにないって?」
苦笑されてしまった。
返事を聞くまでもない。
長い付き合いだ。
マイカの泣きの1回が言葉通りになったことなど、ほぼないと言って良い。
今回もそうなるだろう。
順番さえ守ればミズキを怒らせることもないのだし。
「あんまり長引くようなら先に行ってね」
「分かった」
単純に数回の対戦なら待つことも考慮に入れたが、順番待ちも込みである。
『夕方まで終わらんだろうな』
そこまで待ってはいられない。
適当なところで切り上げて移動することになるだろう。
そうなれば夕食まで顔を合わすことはなさそうだ。
「マイカ、程々にしておけよ。
あんまり遅いと晩飯が冷めてしまうからな」
俺が釘を刺すと、マイカは一瞬だがヤベーって顔をした。
「わっ、分かってるわよ」
そして居心地が悪そうに返事をする。
晩御飯の時間を失念していたのはバレバレだ。
ミズキと2人で肩をすくめながら苦笑する。
「ううっ」
俺たちの反応を見て赤面するマイカであった。
そんなやり取りをしている間に次の対戦が決まったようだ。
子供組のシェリーがウィスを指名したらしい。
それに応じてウィスが操作サークルへ向かうところであった。
「ウィスっち、頑張るっす」
「意地の見せ所っす」
「負けるなっす」
3人娘が小さくガッツポーズをしながら応援する。
その拳にも歯を食いしばった顎にもやたら力がこもっていた。
全力で応援しているのがありありと分かって微笑ましくなる。
「頑張る」
そう返事をしたウィスは淡々としていた。
これがウィスの平常運転ではあるが。
「でも、勝つのは無理」
ガクッとずっこける3人娘。
ウィスはシェリーの戦闘力をルーシーやハッピーと同等であると見積もったのだろう。
それまでの対戦を自分に重ね合わせて反芻しながら冷静に分析していたようだ。
「「「えー……」」」
3人娘は不満タラタラである。
「そこは嘘でも勝つと言ってほしいっす」
「それを言うなら意地だ、ローヌ」
「ウィスっちが頑張ると言ってるのに嘘にしてはダメっしょ」
ナーエとライネの2人にダブルでツッコミを入れられるローヌ。
「善処はする。
でも、相手が何枚も上手」
「確かにウィスの言う通りね」
「ゲームなんだし胸を借りるつもりが丁度いいんじゃないかしら」
フィズとジニアも祭りの雰囲気に流されず冷静に見ていたようだ。
ウィスとは違った意味で平常運転である。
『パーティのリーダーとサブリーダーだもんな』
冒険者として隙のない振る舞いが出てしまった。
仕事モードが何処かに残っていると言った方が分かり易いだろうか。
ウィスの場合は日常モードであの状態だ。
何処かにピリピリした部分を残すフィズたちとは違う。
ウィスなら、どんな状況でもマイペースで通すだろう。
フィズやジニアには真似ができないことだ。
『あの2人も楽しめてない訳ではないんだろうけどなぁ……』
せめて安全な場所でくらいは、もう少し楽にしてほしい。
そう思ったところで、ふと気付いた。
『それでウィスを誘ったのか』
パーティメンバーの応援をするように仕向けた訳だ。
そうすることでフィズとジニアも夢中になるかもしれない。
秋祭りの間は少しでも仕事を忘れてくれれば。
そう考えているのは俺だけじゃなかったみたいだね。
ありがたいやら、自分の不甲斐なさに情けなくなるやらだ。
ただ、シェリーの戦い方は割と容赦がない。
ナナシ対ナナシの同キャラ対戦でゲームは始められたのだが。
「ここで足払いだよ」
「うっ」
シェリーの宣言通りだが、ウィスは虚を突かれて回避が追いつかない。
それでも、どうにか転倒だけは免れて距離を取った。
更に何度か斬り結んだタイミングでシェリーが動きに変化をつける。
「くっ」
だが、ウィスは反応が遅れていた。
足払いを警戒していたためだろう。
「脚ばかり見てちゃダメ」
ジャンプして上段からの振り下ろし。
これを何とか飛び退いてギリギリで回避。
だが、不自然な体勢だったために着地後はナナシの体が硬直してしまっていた。
「着地が無防備」
それを見逃すシェリーではない。
「下から潜り込むよ」
低い姿勢で一気に懐へと入り込む。
「くっ」
予告があったことで、ウィスはどうにかナナシを動かせた。
意図的に転倒して転がる。
そうすることで切り上げ攻撃からどうにか逃れることができた。
ウィスは追撃を警戒しつつ自キャラのナナシを起き上がらせる。
追撃はなかった。
シェリーは動かずキャラを待機させていたからだ。
「あれれ?」
トモさんが素っ頓狂な声を出した。
「もしかして舐めプ?」
困惑顔で首を捻っている。
「そういうのとは少し違うようだよ。
手加減はしているのは間違いないみたいだけど」
隙なく構えていることからも舐めプをしているようには見えない。
本当に舐めプをするつもりなら、もっとからかうようなプレイになっているはずだ。
そもそも、そういう真似をシェリーがするとは思えないけどね。
「何か狙いがあるってことかな?」
「だろうね。
それが何であるかは今のところ分からんけど」
俺たちが話している間にウィスのナナシが立ち上がって双剣を構えた。
「続き、行くよぉ」
ウィスがキャラに体勢を整えさせるのを待ってから試合再開。
踏み込んで攻撃。
ウィスも反撃するが、どうしても手数が足りなくなる。
利き腕ではない方の攻撃がどうしてもワンテンポ遅れるのだ。
「せっかくの双剣が宝の持ち腐れだよ」
ウィスに指摘しながらの攻撃を入れてから飛び退く。
指導をするかのような戦いぶりだ。
ただし、訓練の時はここまで直接的なアドバイスはあまりしない。
どうやらシェリーの思惑はプラスもう1枚あったようだ。
「指導対局ならぬ指導対戦ってことか」
ハンデはあまりないがね。
多少の行動抑制があるくらいだ。
ただ、先程の待機もそういうことであるなら納得できる。
「何だい、それ?」
トモさんがスクリーンから目をそらさずに聞いてくる。
ウィスが突撃したからだ。
破れかぶれといった感じではない。
直線的には間合いへ踏み込まずに左右へ動きを散らしている。
相手の動きを警戒しつつ的を絞らせない。
指摘されたことを念頭に置いての踏み込みであったようだ。
『ならば、双剣の使い方も少し変化するか?』
「指導対局は分かる?」
「将棋や囲碁で上手い人がハンデをつけて対局することだよね」
そこまで答えてトモさんが納得の表情でこちらを見た。
「その様子だと気付いたようだね」
「指導対戦ね、舐めプじゃないとしても面倒くさそうなことをするね」
「得るものがあると思うからやってるんだと思うよ」
「そりゃ、そうだろうけどさぁ」
チラチラとウィスが操るナナシの猛攻を横目で見ているトモさん。
対戦に集中すればいいのに疑問を解消したくて仕方がないらしい。
「ミーニャ隊員」
「はいニャ」
俺の呼びかけにシュバッと参上するミーニャほか子供組の一同。
返事は呼ばれたミーニャだけだが。
全員ワクワクした顔で俺を見てくる。
『そんなに期待されてもなぁ』
聞きたいことがあるだけなのだが。
「シェリーがああいうプレイをする理由は何かな?」
分からないなら本人たちに直接聞けばいいって訳だ。
「プレイ技術の底上げですニャ」
ドヤ顔で返事をするミーニャ。
「「皆で強くなろうよ」」
ハッピーとチーも続く。
『その台詞……』
ついつい、カミソリとあだ名される某隊長を思い出してしまう。
「強い対戦相手が増えると楽しいの」
ルーシーがニコニコ楽しそうに言っている。
「要するに対戦仲間を増やすのが目的なのか」
「「「「うんっ!」」」」
元気いっぱいに答えていただきましたよ。
『はあー、和みますなぁ』
じゃなくてっ!
「そんなにガンカタファイターが気に入ったのか?」
「「最高です」」
「至高のゲームなのニャ」
「そうなの」
「しょうなのぉ?」
1人多いと思ったらトモさんが荻久保清太郎さんの物真似をしていた。
『油断も隙もあったもんじゃないな』
読んでくれてありがとう。