102 狼の狩り
月狼の友の戦い方は狩りをする狼の群れを彷彿させた。
走りながら相手のスタミナを奪いつつ少しずつ追い詰め、確実に仕留める。
リーシャが自らを狼系のラミーナだと主張しパーティ名を月狼の友とするくらいだ。
ただ、彼女の妹たちは垂れ耳の犬系なんだが。
他の面子は狐耳や猫耳だし、草食系のウサ耳までいるから狼はどうよと思わなくもない。
まあ、ラミーナはどんな耳と尻尾を持っていても雑食らしいけど。
こんな風に思考が脱線するのも模擬戦の状況に大きな変化がないからである。
「可愛い顔して怖い怖い」
「俺はウサ耳ちゃんの胸当ての弾み具合がおっかない」
「変態」
漫才みたいな会話をしている外野まで出てくる始末だ。
ただ、冗談を言いながらも試合を見る目は真剣そのもの。
「今のを躱すのか」
「しかも誘い込んでいるみたいじゃないか」
「それだけ余裕があるってことだろ」
「深追いはしないようだな」
「腹の探り合いなのかね」
「アレでか?」
1人がヒット&アウェイで飛び掛かる。
背後に回った1人が相手を牽制する。
残りの1人が次の攻撃の準備をする。
役割をローテーションしながら連続攻撃を続けているのだ。
しかもローテーションの組み合わせを変えたりと工夫がある。
6人だから入れ替わりが自在でワンパターンになりづらい。
ツバキとドルフィンのどちらを攻撃するか直前まで読ませないようなフェイントもある。
もちろん上下左右の動きを入れて攻撃パターン自体も読まれにくいようにしている。
「俺らじゃ、あっと言う間に餌食にされるって」
だが、月狼の友は本気ではなかったらしく更に加速した。
「マジかよっ!?」
「あの2人、大丈夫か?」
「賢者の仲間なんだろ、どうにかすんじゃねえか」
それでもミズホ組はそれまでと変わらずユラユラと揺れるように回避するだけ。
木剣は攻撃にも防御にも使っていない。
むしろ退屈そうにしている。
「う、嘘だろ」
「なんで、あんなに余裕なんだよ」
外野にもそう見えるということは月狼の友にもそう見えるということだ。
リーシャたちは更に加速した。
「おい、まだ速くなるのかよ」
「こんな速さで持つのか!?」
これが日本なら「通常の3倍だと!?」とか聞こえてくるかもな。
赤い人が6人もいると大変なことになるけど。
それに戦法的には黒い3人組に近いんだけど。
本来ならば、この戦法は結構なプレッシャーになっているはずだった。
これだけのスピードでフェイントを織り交ぜた攻撃をさばくのは容易ではない。
しかも関節や急所への攻撃が的確だ。
彼女らが突きを主体にしているのは、そのあたりを考慮してのことだろう。
いずれにせよ、それは精神面でも並々ならぬプレッシャーとなる。
攻撃が当たらなくとも消耗が倍加するのは確実、のはずだった。
生憎とツバキやドルフィンにはまるで通じていなかったが。
狙いを絞った正確な攻撃は読まれやすいが故に徒になることがある訳だ。
決して月狼の友が弱い訳ではない。
ルーリアくらいの達人でないと躱しきれないほどの猛攻だからな。
現にハマーなどは食い入るようにリーシャたちの動きを目で追っている。
「必死だな、ハマー」
「んんっ?」
俺に指摘されて我に返るくらいだ。
「ラミーナの戦いぶりは初めて見るからな」
勉強になると言いたいらしい。
「ワシでは一蹴されるのがオチだ」
ハマーの言葉にボルトも頷きながら彼女らの戦いぶりを目に焼き付けようとしている。
「すべてのラミーナがあそこまで戦える訳ではないと思うぞ」
「そうなのか?」
「生きるのに必死だった結果だ」
成人する前に村を出るしかなかったリーシャたちが頼れるのは仲間だけという状況で磨き上げてきた技だ。
簡単に破ると後々に影響しかねない。
ドルフィンの中身であるローズもそこを考慮して安易に終わらせないのだろう。
ツバキもそれを察して付き合っている、と。
「なるほどな。若いのにベテラン戦士の風格すら感じられるのはそのせいか」
末恐ろしいと言わんばかりだが、先程から己を過小評価しすぎではなかろうか。
「翻弄されすぎだぞ」
「簡単に言ってくれるが、ワシの技量ではさばききれんぞ」
ハマーにそこまで言わせるとはなかなかのものだ。
少なくとも先日のソードホッグの群れより強いと評価しているのは確実だな。
「完封しようとするから完敗する姿しか見えなくなるんだよ」
「どういうことだ?」
怪訝な表情で視線を向けられる。
「相打ち覚悟で見てみなよ」
俺の言葉に模擬戦へと視線を戻すハマー。
簡単には気付かないだろうが穴はあるのだ。
「防御に徹して相手のスタミナ切れでも待とうというのか?」
「ハズレ。そんな考え方だと畳み掛けられるのがオチだ」
「むう」
ハマーは唸って沈黙してしまう。
「これは宿題にしておこうか」
耳を大きくして聞き取ろうと必死な輩が何人かいるしな。
月狼の友が飯の種にしているものを赤の他人に教えてやる義理はない。
にもかかわらず目に見えて落胆するのは如何なものか。
泥棒が怪しさ満点の格好で嗅ぎ回っているのと同レベルだと気づけないのかね。
昨日の6人組ほど非常識ではないかもしれないが要注意な連中だな。
自ら手を汚さなくても情報を他の誰かに売ることも考えられる訳だし。
ノエルやボーン兄弟もいることを考えれば斥候型自動人形を常駐させた方が良さそうだ。
数体ほどノエル専用に調整して護衛させよう。
緊急時は俺に連絡が入るようにしておけば安心だな。
「お、おい、賢者の仲間が動き始めたぞ」
「躱すだけで精一杯じゃなかったのか!?」
ミズホ組が少し動き始めたようだ。
徐々に踏み込みを深くしてリーシャたちの攻撃をさばいていく。
それだけで連携に歪みが生じた。
だが、それも一瞬のこと。
月狼の友は更にひとつ上のギアへとペースアップした。
「マジか、信じらんねえ」
「本気じゃなかったのかよ」
「あれでは守ってしのぎきるしかねえな」
「だが、持久戦に持ち込むのは無理だ」
へえ、スタミナ切れを待つのは下策ということに気付いたか。
月狼の友の速さは苛烈で均衡が崩れれば一方的な展開になるだろう。
立て直すのも至難だし、そんな暇を月狼の友が与えてくれるはずもない。
一方的にやられて終わるって寸法だ。
「なんてスピードだよ」
「いや、賢者とかには及ばんだろ」
確かに残像が出るほどじゃない。
が、ツバキとドルフィンが徐々に引き離されている。
戦いながら誘導できるってことは余力がある証拠だ。
やせ我慢しているようにも見えないしスタミナも一級品ってことだな。
ドルフィンたちを完全に分断した月狼の友は8の字を描くように動き始めた。
ふたつの円の中心に2人が放り込まれた格好だ。
それは攻撃の起点が静から動へと転じたことを意味する。
目配りの難易度が段違いに上がった訳で……
「おおっ、見事に誘い込まれたな」
「手数が少ないと思ったら、これが狙いかよ」
「どんなタイミングでも挟撃できるぞ、これ」」
月狼の友のハメ技であることに気付くとは目の肥えた冒険者たちだ。
「脱出できるのか?」
「どうだかな」
「俺、無理」
1人の冒険者を皮切りに次々と他の者たちも同じように脱出不能だと自白していった。
「俺らはどうでもいいんだよ」
「あの2人が抜け出せるか、だな」
「無理じゃね?」
「いや、分からんぞ」
「未だに余裕ありそうだしな」
「それはお互い様じゃないのか」
冒険者たちは、この状況を五分五分だと感じているようだ。
双方共に余力があると見るか。
その幅までは見通せないようだな。
それも仕方あるまい。
月狼の友の猛攻には確実に獲物を仕留めにかかる冷徹さが感じられるし。
飄々としたツバキたちとは別の意味で底が見えないのだろう。
「スゲえ……」
「あれを回避できんのか」
「よく躱し続けられるもんだ」
「どっちかが根負けするまで続きそうだな」
ツバキもドルフィンも舞うように踊るように回避し続けている。
見ていて酔う奴が出てくるかもしれないほど高速でだが。
「さすがは賢者の仲間」
「化け物だ」
「目が追いつかない」
「俺は気持ち悪くなってきた」
そう多くはないが、あちこちで座り込む冒険者が出てきた。
ノエルは大丈夫だろうか。
念のために【天眼・鑑定】して状態を確認するけど問題なさそうだ。
が、この先も平気とは限らんな。
拡張現実の表示をオンにしてリアルタイムで状態異常を確認できるようにした。
座り込んでいる連中の頭上には[めまい]や[酔い]のアイコンが表示されている。
両方の奴もいるけど、そんなんで馬車とか乗れるのか?
何であれ双方の動きが見学している冒険者たちを圧倒しているのは事実。
『そろそろ頃合いじゃないか』
ドルフィンの中身であるローズに念話で問い合わせてみる。
『くっくうくーくー』
それでもいいよーだってさ。
もしかして月狼の友がスタミナ切れするまで躱し続けるつもりだったのか?
技量はもちろん体力でも上だという証明になるとは思うけど。
いくら何でも時間がかかりすぎるだろうに。
声を掛けて正解だったな。
パチン!
不意にドルフィンがフィンガースナップを鳴らす。
次の瞬間にはツバキとドルフィンが月狼の友の包囲から消えていた。
「「「「「えっ!?」」」」」
リーシャたちの短い悲鳴が同時に発せられる。
あのスピードは何だったのかというくらいふわりと浮かされていた。
ドサドサと尻餅をついていく月狼の友の一同。
それに遅れること数秒で彼女たちが手にしていた木剣が上から落ちてくる。
大半の者が言葉もなく動きを止めていた。
地面に座り込んだ格好の月狼の友はもちろん、審判のゴードンも、見学していた冒険者たちも。
ハマーやボルトも固まっていた。
何が起きたのか理解も把握もできないからだろう。
月狼の友を圧倒して終わらせたな。
ちょっとやり過ぎじゃないかとも思ったがギリセーフか。
俺の時とほぼ同等のスピードに抑えていたし。
化け物呼ばわりに思うところがあったのだろうか。
ゴードンの背後に回り込んだドルフィンがポンと軽く肩を叩いた。
「おわっ、なんじゃい!?」
振り返ったゴードンが大きく仰け反り目も口も開ききっている。
なるほど、このための前振りだったか。
面白いとっちめ方だ。
こちらを見たドルフィンが任務完了とばかりにサムズアップした。
読んでくれてありがとう。




