1006 閃光の攻防と姉弟漫才
「さあ、どうなる?
互いに隙を覗っているがあ───っと!?」
再びレフェリーが絶叫する。
が、これは仕方あるまい。
2人が不意に拳銃をぶっ放したのだ。
『ふむ、丁度いいバランスで調整されたかな』
想定外のところではテンションを上げて驚きを表現している。
抑制しすぎにはなっていないようだ。
「いきなり発砲したぞぉっ」
銃口から発射されたのは拳大の光球。
同時発砲であったために威力が相殺され消滅する。
その際に強烈な発光が伴った。
リアルにそうなった訳ではない。
そんなのプレイヤーや観客の目に良くないからな。
スクリーンを白く染め上げるだけで、それっぽく見えるものだ。
「画面が真っ白っす」
「どうなったっすか?」
「分かんないっすよ」
風と踊るの3人娘が言うように画面全体が発光現象の影響を受けていた。
俺にもそう見える。
この瞬間だけはキャラもレフェリーも表示させていないからな。
その場にいるのは間違いないので攻撃を受ければダメージも入るがね。
プレイヤーもギャラリーも等しく見えない状況が数秒続く。
この状況下において例外的に見ることができる者が1人だけいた。
「必殺技の相殺で凄まじい発光っ」
レフェリーである。
コイツの出で立ちは黒スーツにサングラスだからな。
対閃光防御は標準装備という訳だ。
「ああっと、この状況を利用して両者が動く!」
画面が徐々に元に戻りつつある中でフェルトとハッピーの操るキャラが既に動いていた。
ヒュンヒュンと風を切る音が聞こえる。
剣を振るっていることが、それで分かった。
後は位置を変えるために動き回る足音だけが舞台上で響いている。
「足音だけを頼りに相手の位置を読んでいるようだっ」
キャラ同士はレフェリーが言うような状況だ。
閃光で目眩ましをくらった視力が回復していない。
故に視覚で相手を認識している時と違って攻撃は闇雲な感じになっていた。
プレイヤーが相手を認識していても制限がかかるのだ。
ただし聴覚が麻痺している訳ではないので、それを頼りに剣を振るうことはできる。
徐々に目眩ましの効果も切れ始め通常の攻撃に切り替わっていく。
リュートが袈裟切りに切り込む。
ケーニッヒが半身をずらして躱す。
そして切り返す。
もちろんリュートも黙って攻撃を受けたりはしない。
ハッピーが操作サークル内で姿勢を低くするとキャラのリュートが反応して回避した。
その後も切ると躱すが互いに繰り返される。
「あーっと、これは凄い!
互いに攻撃を繰り出すも当たりません。
ことごとく躱します、回避します。
全くの互角っ。
素晴らしい攻防です。
まさにライバル対決に相応しい勝負になってきましたーっ!」
「「「「「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」」
ギャラリーが盛り上がる。
レフェリーの実況が呼び水になったようだ。
「すげーっす!」
「燃えるっす!」
「感動っす!」
ローヌ、ナーエ、ライネの3人は大興奮の状態だ。
「全然、当たらないわね。
本当にゲームなのかしら、これ」
「私なんて寒気がしてきたわ」
「私もよ」
フィズとジニアも驚きに包まれた状態で見入っている。
「……………」
そんな中で、パーティメンバーと違って無言のままのウィス。
しかしながら表情は真剣そのもの。
ライバルキャラの攻防を食い入るように見ている。
その視線には、あふれんばかりの熱がこもっていた。
そして対戦の様子を熱烈に見ているのは風と踊るの面々だけではない。
「「「「群がる悪を皆殺しぃっ」」」」
プレイ中のハッピーを応援する子供組の面々もだ。
何故かヨウセイジャーの主題歌を歌っているけど。
「「「「死にたい奴からあの世行き~」」」」
応援歌の代わりだろうか。
ハッピーが変身したのに合わせて歌うというのは分からなくもない。
ただ、応援歌として相応しいかどうかは別問題だ。
『格ゲーのプレイ中にあの歌詞はないだろ……』
風と踊るの面子は聞くのが2回目だからかドン引きはしていないが。
初めて聞くのであれば、どんな反応をしていたことか。
「「「「「我ら忍精戦隊いぃぃヨウセイジャーッ!」」」」
しかも歌い終わると最初から歌い始めるエンドレス仕様。
『大丈夫なんかな』
こういうのは翌日以降にダメージを残すパターンだけど。
ノリノリのところをやめておけとは言えない。
「やるねわね、2人とも」
マイカが不敵に笑いながら見ている。
「そうだね」
同意するミズキ。
「ほぼ互角かな。
フェルトの方が微妙に速いかな」
分析もしているようだ。
「剣速はね。
ハッピーは回避に重きを置いてるわよ」
反論するマイカ。
「やっぱり互角かな?」
「でしょうね」
そんな2人の会話に耳を傾けながらもトモさんは余裕の表情である。
「さすがはマイワイフ」
トモさんは満足そうに頷いていた。
「おや、勝利を確信してるのかい?」
気になったので問いかけてみた。
少なくとも俺はフェルトが勝てると断言できない。
このゲームの開発をした俺が、だ。
とはいえ何かを見落としていることも考えられる。
それにフェルトが気付いているのだとしたら。
そして操作するフェルトを見てトモさんも気付いたのだとしたら。
勉強させてもらわないとね。
「そういう訳じゃないよ」
トモさんは苦笑しながら否定した。
「どゆこと?」
「俺が見ているのはフェルトの表情だよ」
「へ?」
思わず間抜けな声を出してしまった。
が、すぐに気を取り直してフェルトの方を見る。
「ああ、そういうことか」
すぐに納得がいった。
すごく生き生きしていたのだ。
実に楽しそうに体を動かして操作している。
「良かったね。
これなら家庭用ゲーム機を作っても相手してくれそうだよ」
「そう思う?」
不安と期待が入り交じった表情で聞いてくるトモさん。
「保証はできないけどね」
安易に間違いなしとは言えない。
取らぬ狸の皮算用は信用も失ってしまいかねないし。
ぬか喜びはさせたくないからね。
「まるで期待できないよりは可能性あるんじゃないか?」
これくらいが関の山だろう。
「そうかな、そうかな?」
トモさんの不安が少しだけワクワクと入れ替わっていた。
「まあ、誘うなら程々にね。
でないと逆効果になるよ」
「おっ、おう……」
逆効果という言葉で我に返るあたり少し不安が残るところだ。
「ところで家庭用ゲーム機を作るんだね」
確認を忘れないところは、しっかりしてると思うんだけど。
「予定は予定で未定だよ」
「ガーン、何という絶望的な言葉っ」
保険をかけて言ってみたら、この世の終わりのような台詞を言われた。
両手で頭を抱えて苦悶する小芝居付きである。
たぶんフェルトがゲーム中でなかったら、もっと派手に芝居をしていただろう。
具体的に言うと絶望の四つん這いコースくらい。
……そんなに大した差はないかもしれない。
「口でガーンとか言ってるよ」
「台詞も棒読みよね」
ミズキとマイカのツッコミが入った。
「拝啓、母上様。
姉たちのツッコミが容赦ありません。
俺は一体どうしたらいいのでしょうか?」
「エリーゼママにチクっても無駄だと思うけど」
透かさずマイカがツッコミを入れてきた。
「たぶんギャグ的なネタにして、誤魔化すつもりなんじゃないかな」
「それなら、せめて自虐ネタの得意な芸人の真似をした方がいいんじゃない?」
「そうかも」
姉2人に追い詰められるトモさん。
「じゃあ、じゃあ……」
咄嗟に出てこないのか少し考え込んでいた。
「フヒヒ、サーセン」
『絞り出してそれかい』
俺は内心でツッコミを入れるだけに留めて自粛したが。
「それはネットのネタじゃん」
「棒読みだし」
マイカとミズキは遠慮がない。
「そうとも言う」
「「そうとしか言わない」」
もはや漫才である。
『フェルトとハッピーの試合はいいのか?』
ツッコミどころであろう。
なにしろ姉弟トリオが漫才風味な会話をしている間もゲームは続いていた訳だし。
俺は漫才を無視して試合観戦に戻る。
互いに連続突きの応酬をしている最中だった。
どうにか相手の姿勢を崩そうとしているのだろう。
フェルトはかなり集中している。
でも、楽しそうな笑顔を見せていた。
ハッピーは……
『うん、分からん』
変身したままだからな。
フェイスマスクが表情を完全に隠している。
普通なら死角ができて不利になるところだが。
ヨウセイジャーのスーツにそんなものはない。
操作に何の支障もないから本人は普通にプレイしていた。
読んでくれてありがとう。