1005 緊迫の攻防
レフェリーが八角形の舞台の上に立った。
マイクを構えアナウンスを始める。
「1プレイヤー、リュート」
紹介に応え空手着姿の若者が剣と拳銃を手にお辞儀した。
「2プレイヤー、ケーニッヒ」
対するはカウボーイスタイルで武装はリュートと同じ若者だ。
こちらは観客に向かってアピールするような挨拶をしている。
ちなみに、この両名が主人公とライバルとして設定した。
アニメ化されたら2人を中心に物語が動いていくだろう。
というか、そういう提案をトモさんにした。
日本でアニメ化してみないか、と。
「本当にいいのかい?」
トモさんが聞いてくる。
「えー、だって俺は日本に行けないじゃないか」
その気になれば行くことは不可能ではないかもしれない。
だが、セールマールの世界の住人でなくなった俺が足跡を残すのは良くないだろう。
アニメ製作のためだけに異世界転移して色々やらかす?
冗談でしょって感じだ。
単なる観光でひっそり行き来するならいざ知らず。
わざわざ自己主張の激しい仕事をしに行くとか、どう考えてもあり得ない。
『向こうじゃ存在しないはずの俺が派手に動き回ってどうすんのさ』
エリーゼ様に迷惑をかけることになりかねないからな。
おそらく誰かに後始末を丸投げするとは思うけど。
十中八九、トモさんになるだろう。
身内に迷惑をかけてまで向こうの世界に行きたいとは思わない。
どうしても観光に行きたいとも思わないし。
「こっちでアニメ化する時の予行演習だと思ってくれればいいよ」
俺の言葉にちょっと怯んだ感じになるトモさん。
「そんなことを考えていたのか」
だが、その後の返事は真剣そのものだった。
「なるほど、それは面白そうだ。
よし、俺に任せてもらおうじゃないか」
軽い調子で話はまとまった。
そんな風にトモさんと会話をしている間にスクリーン上では握手と構えが終わる。
「さあ、始まるぞ」
スクリーンの方へトモさんの視線を促す。
「おっと、そうだね」
画面の方へ向き直ると──
「頑張れ、フェルト!」
と応援の声を掛けていた。
ビクッとするフェルト。
『けっこう目一杯だな』
変身する前のハッピーといい勝負かもしれないくらい緊張している。
「ここに来て焦りが出てるわね」
マイカがマズいと言わんばかりに渋面を作っていた。
キャラ選択前より状態が悪くなっているのは指摘されるまでもない。
それは誰の目にも明らかだった。
「思いっ切りやんなさい」
だからだろう。
マイカは少し悩んでから、そう声を掛けていた。
落ち着けとか言われるよりはいいかもしれない。
「ゲームは楽しんだ者勝ちだよ」
ミズキも声を掛ける。
「おっ」
2人の声掛けによってフェルトの肩が少し下がった。
どうやら少しはリラックスできたようだ。
「それでは参ります」
レフェリーが飛び退れるよう姿勢を取った。
「ガンカタファイトォ!」
『来た、来た!』
「レディー」
画面上のライバルキャラ同士の目付きが変わる。
獲物を狙う獣か猛禽の目だ。
「「「「「ゴォ─────ッ!」」」」」
レフェリーだけでなく皆で一斉に試合開始の宣言をした。
だが、すぐには動かない。
「「…………………………」」
静かな立ち上がりだ。
リュートとケーニッヒは微動だにしない。
それを操るハッピーとフェルトも。
「試合は開始されています。
ですが両者に動きがありません。
これは、どうしたことかぁ?」
どうしたもこうしたもない。
単なる様子見だ。
あわよくば不用意に飛び込んできたところをカウンターで。
そんな風に計算しているはずだ。
「……………」
動かない。
「ファイッ!」
レフェリーが促すが動かない。
「…………………………」
まだ動かない。
このまま時間切れになると、両者失格という扱いなのだが。
日本でお馴染みの格ゲーとは違い制限時間は長いから簡単には時間切れにならないが。
『あくまでもカウンター狙いかよ』
「………………………………………」
更に待つ。
互いに相手の隙を覗ったまま微動だにしない。
『カウンター狙いなんだよな?』
あまりに動かないものだから不安になってきた。
「動きませんが、戦う意志はビリビリと伝わってきます。
異様な雰囲気があります。
ひとたび動き出せば凄まじい応酬となるのではないでしょうかっ」
レフェリーが気圧されたようになりながらも実況していた。
「そのタイミングは何時になるのか、目が離せませんっ」
そう言った後にレフェリーの頬を汗が伝い滴り落ちた。
ポタリと地面に落下した瞬間。
そのタイミングで2人が動いた。
互いに踏み込んで片手で突きを繰り出す。
高速かつ重さの感じられる突きだ。
ゴウッという空を切る音が聞こえてくるかの……
いや、聞こえてきた。
このガンカタファイターの演出のひとつである。
過剰かもしれないが、ゲームだからね。
どちらのキャラもわずかに首を捻るようにして躱した。
そして引き手と同時に飛び退る。
「「「「「はぁ─────っ」」」」」
間合いの外に同時にギャラリーの皆が盛大に溜め息を漏らした。
試合はまだ始まったばかりである。
「これは凄い一撃が放たれたっ!
当たれば即座に試合が終了していたかもしれません」
レフェリーの実況は大袈裟だ。
そういう事実はない。
だが、そう思わせるほどの迫力があったのは事実だ。
たった1発の突きの応酬なのに緊張感がハンパない。
なのに再び互いの隙を覗い合う体勢に戻ってしまった。
ピタリと止まって一瞬にかける。
操作サークルの方からピリピリした空気が漂ってきた。
「どっちも動かないとか普通の格ゲーじゃ考えられない状況だね」
トモさんがちょっと唖然とした感じでコメントした。
「修正が必要かな?」
批判的な風ではなかったが念のために聞いてみる。
「これはこれでいいと思うよ。
駆け引きが重要になるだろうし」
問題あるかと思ったが、そうでもないらしい。
「ただ、この展開は瞬きできないね」
トモさんが苦笑した。
「言えてる」
『これは疲れる試合になるか?』
そう思ったところで変化があった。
操るハッピーとフェルトは平気でもキャラはそうではない。
緊張感に耐えかねてかジリと両者の脚が微かに動いた。
ハッピーもフェルトもそれを見逃すはずがない。
一転して猛然と前に出るリュートとケーニッヒ。
「再び両者が前に出たっ」
さっきと同じように鋭く重い一撃が交差した。
「先程のような気迫のこもった突きが出たぞぉ」
互いに躱す。
「これを共に回避したーっ。
再び緊張感漂う睨み合いへと戻るのかっ!?」
実況に促されるように先程の状況が脳裏をかすめた。
そう思っても不思議ではないほど、そっくり同じ攻防だったのだ。
だが、そこから先は違うパターンとなった。
引き手と共に飛び退ることなく次の攻撃。
「おおっと、踏み止まった」
互いに拳を繰り出すも捌かれる。
「至近距離で打ち合うが、どちらも受け流しますっ」
突進と共に打ち込んだ一撃ほどの重さは感じられない。
が、当たれば相応のダメージは入るだろう。
軽い攻撃で距離を測るようなことはしない。
突く、突く、突く!
強打で連打を打ち出す両者。
「連打、連打が続きますっ。
これは凄い。
突きの応酬が延々と続くぅっ」
だが、いずれも当たらない。
「そして当たらないっ」
捌いて躱しての状況が続く。
「どちらも受けは完璧だぁ!」
ここでリュートとケーニッヒが半歩退いた。
そういう操作はされなかったが、息継ぎのため強制的なものだ。
力のこもった連打は無酸素運動になるからな。
ゲームとして、そういうのを再現するのはどうかと言われそうだがね。
とにかく攻防のリズムが変わった。
キャラクターたちが大きく息を吸い込み、再び間合いへと踏み込む。
そして──
「微動だにしなかった両者が一転して鋭い突きぃっ!」
レフェリーの絶叫中継が始まる。
「互いにカウンター狙いぃ──────っ!!
紙一重で躱しましたあぁ──────っ!!
どちらもダメージはありませんんんんんんっ!!」
今まで動きがなかった分の鬱憤を晴らすかのようにテンションが上がっていた。
ノーマルのスマホ経由で調整することにした。
[テンション高すぎ]
ショートメッセージを送るだけなので楽だ。
返事はない。
だが、調整はされている。
そういう仕様だ。
「リュートとケーニッヒが睨み合いに戻ったぞぉ」
ちゃんと抑制されている。
抑制されすぎていたら、再調整が必要になったと思うが。
しばらく様子を見なければ分からない程度にはマシになったようだ。
読んでくれてありがとう。




