1002 老人とオッサンの戦い
スクリーンの中のレフェリーも優秀である。
俺が背後に気を取られていることを察知して動きを止めていた。
『おっと、何時までも解説に耳を傾けている訳にはいかないな』
ルーシーを待たせるのも可哀相だ。
操作サークルの中で俺も構えた。
画面の中にいる素浪人カキタの構えとは異なる。
カキタは居合い名人という設定だが、俺は普通に腰を落としただけ。
抜刀術の構えをしなくても攻撃すべく腕を振るえばカキタが動くようになっている。
ゲームシステムがそれを許容するように作ったからね。
でないと経験の浅いプレイヤーが圧倒的に不利になってしまう。
俺も【多重思考】で脳内シミュレートしただけなので実際にプレイするのは初めてだが。
「それでは参ります」
レフェリーがマイク片手に沈み込んだ姿勢を取った。
いつでも飛び退れるようにと。
「ガンカタファイトォ!」
ここでタメを作るレフェリー。
「レディー」
白髪の三節棍使いゼンが今まで以上にフラフラと揺れ始めた。
俺の持ちキャラであるカキタは微動だにしない。
「「「「「ゴォ─────ッ!」」」」」
レフェリーだけでなくギャラリーの子供組たちも一斉に試合開始の宣言をした。
同時にレフェリーが飛び退いた。
「さあっ、始まりました、ガンカタファイト。
私、グラサンレフェリーがレフェリーと同時に実況も行います」
マイクを手にしているだけはあるのだ。
名前が安直なのは仕様である。
どうせ、その名前で呼ぶ者は誰もいないだろうし。
「先手必勝なの!」
ルーシーが動いた。
ゼンをその場から移動させずに中段攻撃を繰り出す。
するとゼンが三節棍で突きの構えを見せた。
距離があるにもかかわらずだ。
短槍なら届く間合いだが三節棍ではそうはいかない。
伸ばせば短槍に比肩しうる長さになるものの3等分され鎖で繋いでいるだけの武器だ。
何の支えもなく突いても鎖の部分で折れ曲がるだけである。
普通ならば。
ゼンは三節棍の達人という設定だ。
普通ではできないことも可能にする。
片脚を軸にロール運動しながら突き入れてきた。
接合部の鎖に捻りを加えロックさせるためだ。
そうすることで今や三節棍は1本の長い棍と化していた。
捻りが加わっているために単なる突きよりも威力が大きい。
もちろん技量のない者が真似をしようとしても失敗するがね。
ゼンだから可能な技である。
「これは鋭いっ。
そして華麗っ。
ゼン選手が踊るように突きを繰り出したぞぉ!
まるで空を切るかのような凄い突きですっ」
俺は上半身だけを動かす。
動きを連動させてカキタが突きを躱した。
「カキタ選手、紙一重で躱したぁ。
これは見事な回避。
完全に見切っております!」
「まだまだなのっ」
そう言いながらルーシーが上中下段に攻撃してくる。
ゼンは更にロールを繰り返しながら連続突きをしてきた。
「おーっと、ゼン選手は攻撃の手を止めません。
これは凄い連続攻撃ですっ。
突く、突く、突くぅっ!
目にも止まらぬ早技です。
私の目ではまったく追いつきません」
「なんのっ」
俺は突きを躱すために上半身を揺する。
「カキタ選手は反撃できずぅ─────っ!
ですが、当たりません。
擦りもしませんっ。
これは虎視眈々と反撃の隙を覗っているのかぁっ!?」
ここで俺はすり足で前進を始めた。
カキタもそれに合わせてジワジワと前に出る。
俺の立ち位置は変わらぬままだけどね。
ゲームが始まるとサークル内での移動は常時中央に留められるようになる。
すり足だろうが全力疾走だろうが、それは変わらない。
「うりゃうりゃうりゃぁーなのっ!」
ルーシーはとにかく数打ちゃ当たる的な発想をしているっぽい。
「ゼン選手、さらに手数を増やしてきたぞぉ!」
それでもゼンの攻撃は当たらないがね。
「どうするどうなるカキタ選手?」
どうするもこうするもない。
間合いに入らねば攻撃はできない。
居合い使いは一撃必殺。
代わりに牽制やフェイントは使えないのだ。
故にゼンと同じく上級者向けのキャラである。
「躱して、躱して、躱しまくるぅ。
もはや芸術の域に達しているのではないでしょうかっ」
レフェリーはカキタの回避を絶賛するが、そう凄いものでもない。
ゼンが威力重視の強攻撃をしているからだ。
途中で当てることに切り替えてきていれば何発かは貰っていただろう。
最初の間合いなら回避し切れても、間合いが詰まると簡単にはいかなくなる。
プレイヤーが動けてもキャラはそうではない。
能力は設定で決められている以上の動きはできないのだ。
「下手な鉄砲、数を撃っても当たらずだ」
そこに油断があった。
「じゃあ、鉄砲なの」
ここでルーシーが必殺技を選択した。
「なにっ!?」
始まって間もない状況で使ってくるとは想定外だった。
それでも俺は反応できる。
だが、カキタはそうではない。
『せめて左右に動いていればな』
少しは話も違ったのだが。
なまじ大振りの攻撃が続いたことで、真正面に陣取ってしまったのが運の尽き。
三節棍の先から放射状に青白い光がほとばしる。
それは言わば散弾。
ルーシーが鉄砲と言うだけはあるかもな。
とにかく至近距離での広範囲の攻撃は厳しい。
腰を落として踏ん張るカキタに逃げ場はなかった。
『やむを得ん』
こちらも必殺技を使う。
抜刀と同時に放たれる紫電。
当たれば本当に一撃必殺で終わるのだが。
それだけに回数制限はどのキャラよりもシビアだ。
1回こっきりである。
『まるで示現流だよな』
そういう設定は盛り込んではいないのだが。
そもそも構えが全然違うし。
「あーっと、必殺技同士がぶつかり合ったぁ!」
レフェリーの叫んだ通りの結果となった。
カキタの渾身の一振りでもってゼンの必殺技は封じることができた。
「必殺技が相殺されて消滅ーっ!
これは凄いことになったぞぉ!」
俺としては困ったことになったぞ。
こっちはもう必殺技が使えない。
それに対して向こうは、まだ使える。
今と同じ状況になった場合は迎撃ができなくなったということだ。
『今のうちに』
必殺技のクールタイムの間に横へ飛ぶ。
下がるのは下策である。
接近のやり直しは居合い使いとしては無駄が多すぎるのだ。
まして必殺技を使ってしまった以上は短期決戦でないと敗色が濃厚になる。
あるいはピンチを演出してゼンに必殺技を浪費させる手もあるが。
『たぶん無理だな』
必殺技が相打ちになってから大振りの攻撃は鳴りを潜めてしまったのだ。
「さあ、一転して静かな睨み合いになってしまった。
カキタ選手の必殺技を封じたことで一息つくのか。
それとも、ここから苛烈な攻撃が再開されるのか?」
レフェリーの口調が少し大人しめな感じになった。
状況に合わせた実況をしている。
『ふむ、ちゃんと学習しているようだな』
加減の程が分からなかったので、最初は叫ぶだけの実況をするように設定したのだ。
プレイヤーや観客の要望を受け入れるようにする学習モードをオンにした上でな。
それはさておき、勝負の行方を気にすべきだろう。
左右に動いて狙いを散らす。
もちろん単調な動きにならないように注意しながら。
だが、前には進めない。
三節棍を巧みに使って距離を取ってくる。
まるでヌンチャクを使っているかのようなシーンもあった。
お陰で迂闊に前へ出られない。
「このジジイ、鬱陶しいぞぉ」
それどころかトリッキーな動きも交えているので被弾するようになってきた。
ただし、こちらの攻撃もかすめてはいる。
攻撃のスピードが売りでもあるカキタでこれだ。
変則的な動きではあるものの回避が得意なキャラだけはある。
ただし老人だけあって脆弱だけどな。
『骨を切らせて命を断つくらいでないとダメか?』
だが、こちらは居合い使いということもあって手数が少ない。
迂闊な真似は怒濤の反撃を呼び込むことになるだろう。
そうなれば終わりだ。
『まあ、いいか』
これはゲームであって実戦ではない。
全力投球のルーシーに悪いので真剣にはやるけどな。
あまり必死すぎても顰蹙ものだけど。
『子供相手に向きになるのはどうとか言われそうだもんな』
主にマイカあたりに。
故に、そこまで向きになるものでもなかろう。
「一進一退の状況が続きます。
どちらも有効打はありません」
レフェリーも少し静かになっていた。
それだけ膠着状態が続いている証拠だ。
「ゼン選手はスタミナが保つのか?
カキタ選手の集中力が途切れないのか?」
そういやゲームのキャラは弱点があるのだった。
レフェリーがこうやってヒントを出してくる。
『そういや、ジジイはそういうキャラだったな』
最初に猛攻を繰り出してきたので失念していた。
あれはこちらに必殺技を出させるための手だったのは分かっていたが。
それを強く意識させるのも目的だったようだ。
相殺後に省エネモードに入っても気付かせないためなのは言うまでもない。
『考えているな』
そういう意味では、弱点で不利なのはこちらだ。
ルーシーはスタミナの配分を考えて攻撃してきている。
こちらは回避を主体にしつつも間に攻撃を入れていた。
カキタの集中力が切れるのは時間の問題である。
『ならば、ここからは超短期決戦だ』
読んでくれてありがとう。




