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997 魔球じゃないが切り札はある

「じゃあ、次行ってみよー」


 なんだか肩の力が抜けたような台詞を口にするトモさんである。

 別に誰かの真似をしている感じではない。


 雰囲気的には主人公や仲間が警察官というロボットアニメに近いような気もしたけど。

 あれに出てくる昼行灯な隊長が特に。


『みんなで幸せになろうよ、とか言ったりしたら完璧だったんだがな』


 まあ、口調は寄せてる感じはしなかったから完璧は言い過ぎか。


 メイドピッチャーがトモさんの呼びかけに頷く。

 すぐにボールを手に取り、マーキングのために魔力を込め始めた。

 今までの脱線は何だったのかというくらいだ。


 まあ、バッターの都合に合わせるようにしてあるから待つ時は延々と待つんだけどな。

 そのあたりはバッティングセンターより融通が利くところだ。


 もちろん混雑している時にそんな真似をするのはマナー違反である。

 トモさんがフリーダムにやっているのは、他に誰も遊んでいないからだ。

 どんな感じか見せるために始めたことだから当然なんだが。


 とはいえ誰かが他のブースへ向かっても良さそうではある。

 おおよその感じは掴めたはずだからね。


 それをしないのは皆が最期まで見届けたいと思っているからだろう。

 でなければ、とっくに誰かが遊び始めているはずだ。


『人気者だなぁ』


 友人が評価されていることが分かって、ちょっと嬉しくなった。


「なにをニヤニヤ笑ってるのよ?」


 マイカに見られていたようだ。

 油断した。


「まだ何か仕掛けがあるって言うつもりじゃないでしょうね」


 変に勘繰られてしまったみたいだが、都合がいい。


「そこんところは見てのお楽しみだな」


「えーっ」


 俺の返事に不満そうな表情を隠そうともしない。


「あっ、ほら、投げるぞ」


 ちょうどマーキングが終わったメイドピッチャーが投球モーションに入った。


「しょうがないわねー」


 不承不承な感じではあるがマイカも追及することを諦めてくれたようだ。

 ボールがリリースされる直前に打席方向へ視線を戻した。


「さあ、次はどんな球?」


 内角へ向けて少し浮いた感じのボールが迫る。

 ストライクゾーンにはギリギリ収まる高さだ。


「コントロールをミスった?」


 マイカが呟いた。

 窮屈で微妙に打ちづらいが甘い球と言えるからな。

 が、ボールは途中で外角の方へ逃げていく。


「「「「「横に曲がった!」」」」」


 皆が一斉に叫んだ。


「変化球が来ると分かっていれば打てマッスル!」


 下手な駄洒落と共にスパーンと軟式球を打ちきるトモさん。

 今度は引っ張ってライト方向へ持って行く。


 え? ライトじゃなくてレフトだろって?

 右打者ならそうだろうな。

 トモさんは左利きだから、これで正しい。


 そう、メイドピッチャーはシュートを投げたのだ。


「今度も軽々と柵越えですね」


 クリスが拍手しながら言った。


「変化球も関係ないみたいですよ」


 アンネが特に驚いた風でもなく追随する。


「横に変化しても、あまり意味がなかったと」


 苦笑するベリー。


「変化球は若干ですがスピードが落ちるから見切るのは難しくないようね」


「真っ直ぐ以外のボールが来ると分かっていれば、こんなものかしら」


 ABコンビの言う通りだ。

 レベルが高いと、これくらいは反応できるようになってしまう。

 トモさんだけが特別なんじゃない。


 この調子だと上級者相手には魔球が必要になりそうなんですがね。

 まあ、そこまで用意するつもりはない。


 魔法を使わずに魔球なんて投げられる訳がないからな。

 普通に投げて消えたり分身させたりできたら怖いわ。


「問題は的に当たるかどうかだな」


 ツバキが言った。


「飛んでいるコースは良さげです。

 おそらく中段の8番に当たるでしょう」


 そう予測したのはカーラである。

 反論はない。

 皆もそう思っているからだ。


 果たしてカーラの言う通りとなった。


「8番のターゲットにヒット」


 アナウンスしてくるまでもなくど真ん中。

 文句なしの命中だ。


「じゃんじゃん行こうかー」


 アナウンスを聞くなり次の球を要求するトモさん。

 もちろん、メイドピッチャーはそれに応えるべく動き出す。

 ボールを手に立ち位置を変えてきた。


 そしてサイドスローで投げる。

 普通のストレートだ。


 しかしながら内角に食い込むように入ってくる。

 バッターボックスに立つトモさんからすると当たるんじゃないかと思うほどのものだ。


「メイドピッチャー敗れたりぃ!」


 叫びながらトモさんが打った。

 コンパクトに折り畳んだスイングでレフト方向へ流し打つ。

 決して無理をしているようには見えないのに飛距離が出ていた。


 トモさんが野球小僧だったという話は聞いていないんだが。

 運動系はテニスか少林寺拳法の部活しか所属していたことはないと聞いたし。

 それで、ここまで対応できるとは大したものだ。


 今度も的に命中。


『そんな簡単に当てられるものでもないんだがなぁ』


「2番のターゲットにヒット」


 アナウンスが流れるとワッとギャラリーが湧く。


「まだまだ行くぞぉっ」


 トモさんがノリノリである。

 メイドピッチャーが準備を整えて投球モーションに入った。


「「「「「キタ─────ッ!」」」」」


 再びのトルネード投法だ。


「同じ球が2度も通用すると思うなっ」


 ボールをリリースする前から言う台詞じゃないと思うよ、トモさん。


『同じじゃないんだな、これが』


 今度はストレートだ。

 まあ、野球アニメでよく聞くような台詞を言ってみたかっただけかもしれないけど。

 その割には物真似じゃないんだよな。


「いただきマンドリン!」


 妙な掛け声と共に打ち返すトモさん。

 今度はセンター方向に飛んでいった。

 いただきとか言ってる割にはフラフラと高く上がっているんですがね。


 そのせいかボールの行方より他のことを気にする者が出てくる。


「あの、ハルト様」


 声を掛けてきたのはリオンだった。


「どうした?」


「マンドリンって何ですか?」


 トモさんの掛け声が気になったみたい。

 マンドリンは、あんまりメジャーな楽器じゃないから皆には教えていない。


 中には動画で見て知っている国民もいるかもだけど。

 リオンは知らないのだろう。

 俺も存在を知っている程度なんだけどね。


 もし、作るとなれば動画から情報を得ることから始める必要がある。

 なんにせよ知らなければ気になるのも道理というもの。

 当然の疑問と言えた。


「見た目はリュートを小さくしたような小さい弦楽器だ」


 音色については説明できないので省略。

 それでも可能な限り分かり易いように説明したつもりだ。


 ただし、それで理解できても「何故?」が残ってしまう。


「はあ……」


 リオンが生返事をしたのも、そのせいだと思う。

 しかも困惑の表情で固まってしまっているし。

 楽器と野球が結びつかないが故だろう。


 リオンが思考を迷走させている間にボールは6番の的に吸い込まれていった。


「6番のターゲットにヒット」


 淡々とアナウンスされる。

 リオンの困惑などお構いなしなのはアナウンスだけではない。


「「「「「やったー!」」」」」


 連続成功させたことに周囲が盛り上がっている。

 不思議に思う者たちばかりではないということだ。


「また、成功だ!」


「踏ん張るねー」


「やるなぁ」


「次も行けるかな?」


「行けるんじゃない?」


「どうだろう?」


「でも、ワクワクするね」


「「「「「うんうん!」」」」」


 トモさんが土壇場で調子を上げてきたことに興奮を隠しきれない様子である。

 こうなると、妖精組なんかはジッとしていられなくなるんだよな。

 とはいえ空いているブースに向かう訳ではない。


「「「「「頑張れー!」」」」」


 いままでは固唾をのんで見守るだけだったのが声援を送るようになった。


「おーう、任せろぉ」


 いただきマンドリンとか言った張本人は暖気なものである。

 リオンが困惑したままフリーズしているというのに。


「あの……」


 今度はクリスが声を掛けてきた。


「マンドリンが楽器なのは理解しました」


「うん」


「今のバッティングと何の関係があるんでしょうか?」


『やっぱり、そう思うよな』


 だからこそリオンも首を傾げているのだ。


「ないよ。

 駄洒落の類だから」


「「ああ」」


 それで2人とも納得してくれた。

 リオンもフリーズ状態から抜け出せたようだ。

 そしてメイドピッチャーが次の投球に入る。


「「「「「おおっ!」」」」」


 どよめきが起こった。


「「フォームが全然違う!?」」


 驚きを露わにして言ったのはABコンビだ。

 体を捻りながら屈み込ませる独特のフォームは明らかに今までとは違った。

 ボールを持つ手が地面すれすれの軌道で投げられるからな。


 サブマリン投法だ。

 古くはアンダースローと言ったようだが、これは和製英語である。

 この投法はボールの落差が少なく球速も落ちにくい。


「うおっ!?」


 今までとは何もかもが違う。


 ボールの出所とタイミング。

 浮き上がってくるかのような球筋。

 手元で伸びる球。


 上からの投球に慣れた目には魔球に等しいと言っても過言ではない。


『さあっ、勝負だ!』


読んでくれてありがとう。

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