996 ホームランターゲットは痛くない?
インコースのボール球だったのが災いした。
普通に構えたままなら当たることもなかっただろうに。
「これっ痛いんですけどっ!」
飛び上がって痛がるトモさん。
倒れ伏すところまではいかないようだ。
使っているのは軟式球だし。
まあ、今のトモさんなら硬式球どころか鉄球でも大したダメージにはならないからな。
念のために拡張現実でHPゲージを見てみたけど問題なしだ。
それでも痛いものは痛いんだからしょうがないってところですかね。
『しっぺみたいなもんか?』
あれは確かに痛いからな。
トモさんも、どうにか痛みに耐えようと懸命だ。
「っんぐっうううぅぅぅぅぅっ」
こんな具合に歯を食いしばって声を絞り出してみたり。
あるいは痛みから逃れようとするかのように仰け反ってみたり。
『エビだな』
逆反りだけど。
「何やってんのよー。
投げてる途中だったじゃない」
マイカが呆れたように嘆息していた。
「ぬかったわぁぁぁぁぁっ」
言いながら今度はピョンピョン跳んでいるトモさん。
痛みを残しながらも話を聞くことはできるようだ。
「ぐわっ」
跳んだのは失敗だったようだ。
仰け反りながら歩き回る方へとシフトする。
とにかく、どうにか痛みを抜こうと懸命だった。
「不注意すぎなのよ」
マイカの指摘にほとんどの面子がウンウンと頷いていた。
「だから、そういう目にあうの」
睨めっこでもするのかという表情で聞きながらもトモさんの動きが落ち着いてきた。
「ごもっともぉぉぉぉぉっ」
返事にまだまだ余裕がないけどね。
痛みはまだ引き始めた段階のようだ。
「ゴメン、私のせいだ」
落ち込んだ表情でミズキが言った。
『どうして、そうなる?』
自分が声を掛けたせいだと思っているみたいだというのは分かるが。
それが正しい認識かといえば違うだろう。
「「「「「違うと思う」」」」」
皆もツッコミを入れていた。
気を取られてボールを打ち損なったとかなら分かる。
それでも全面的に責任がある訳ではないのだが。
しかも、メイドピッチャーは投げ始めていた。
それを見ておきながら振り返るのは明らかにおかしい。
ネタのために体を張ったんじゃないかとさえ思えてくるほどだ。
指摘しても本人は否定するだろうけど。
真偽の程は確かめようがないってことだな。
そんなことよりトモさんは気付いているのだろうか。
「トモさん、これでもう後がないよ」
「どゆこと?」
「次ミスったら終わりだからね」
「ぬわにぃー」
得意の岩塚群青さんの物真似が出た。
「今のぉミスはぁ致命的ぃだったぁー」
続けざまに綿本盛男さんまで繰り出してきましたよ。
巻き舌で特徴的だから、これという台詞でなくても分かってしまう。
それだけ似ているというのもあるけれど。
それよりも何よりも──
『コンボで来たか』
ということの方が重要だ。
よもやという感じだったからね。
おまけに渋いチョイスをしてきたものだ。
と思っていたら、まだ続けそうな素振りを見せている。
『おいおい、豪華というか贅沢すぎないかい』
次の真似をする相手が後輩ってことはないだろうしな。
このまま三毛田庄一さんか銀座弾正さんの物真似を出してくるのかと思いきや。
「ぬぅわぁはっはっは!」
豪快に笑い出した。
皆がギョッとした目でトモさんを見る。
アピール度は抜群だが。
『物真似なのか?』
これだけじゃ分からんので続きを聞く。
「花は桜木!」
『どこかで聞いたような……』
ただ、何処で聞いたのかと問われても答えられそうにない。
思い出せそうで思い出せないのだ。
花は桜木、人は武士ってのはすぐに出てくるけど。
あとはバスケのアニメなら、それを言うキャラがいたな。
でも、これはバスケのゲームではなく野球のゲームだ。
「花は桜木!」
それはもう聞いた。
聞きたいのは次なのだ。
「なんで2回も言うのさ」
マイカもツッコミを入れている。
「大事なことだから2回言いましたとか言わせないわよ」
先に封じてきた。
「花は桜木……?」
「なんで3回目!?」
まさかの3回目にマイカも驚きを隠せない。
ツッコミを入れたように見えて、実は驚いただけという有様だ。
俺は3回目の台詞が疑問形だったことで、どういうことか見当がついたけど。
「トモさん、台詞を忘れたんなら次に行こうか」
「……………」
返事はない。
が、トモさんがこちらを見て頷いたので俺の指摘は間違っていなかったのだろう。
「忘れたって、どんだけ古いネタを引っ張り出してきたのよ」
マイカも怒ることを忘れて嘆息している。
今のもツッコミって感じじゃなく、呆れた感じで呟いただけのようだ。
故にトモさんもスルーしていた。
「では、アバウトな感じで寄せるとしよう」
『ということは言いそうな感じの台詞を持ってくるつもりか』
「結局は物真似ネタを入れるのね」
マイカは諦めムードを漂わせている。
傍観するようだ。
「次こそは豪快なホームラン決めたるでぇ」
『……………』
想定外の物真似が出てきたんですが。
いや、最初から誰だか分からなかったけどね。
とにかく誰かに寄せ気味なのは声音を替えていることからも明らかだ。
本人の申告もあった訳だし。
誰に似ているかと聞かれると答えに窮するところだけど。
ヒントになりそうなのは特徴的な台詞と野球アニメってことぐらいだが。
それと、かなり古い記憶だという認識がある。
頭の中で野球アニメを列挙してみた。
まずはマンガ原作で百話を超えたくらいまでテレビ放映された作品。
その後も特別編が製作されたりした有名どころだが、何か違う。
作品の持つ雰囲気にそぐわない。
ああいう台詞のある作品じゃなかった気がする。
台詞から考えるとギャグアニメじゃないかと思うのだが。
それを念頭に記憶を探ってみる。
たこ焼きや大阪見物に執念を燃やしたりする作品が思い浮かんだが、しっくりこない。
雰囲気は近いような気がしないでもないけれど。
方言が違うからだろう。
心臓を守るプロテクターをつけた超人が野球をする作品も違う。
『主人公の声を俳優が演じてる作品も違うよなぁ』
あれは野球シーンはあるけどデフォルメしたキャラによるギャグが主体だし。
実在の選手をモデルにしておきながら、よく許可が下りたものだと思う。
しかも脇を固める声優さんはレジェンド級の人たちばかりなんだよな。
『そうじゃなくてっ!』
思わず自分にツッコミを入れてしまった。
古い記憶の検索は、どうしても脱線してしまうのが難点だ。
大掃除をしている時に古い本屋マンガを発見した時の感覚に似ているかもしれない。
気を取り直して次の野球アニメを記憶の底から引っ張り出す。
『もしかしたらギャグアニメじゃないのかもしれん』
だが、完全にシリアスでもない。
大袈裟なくらい豪快なキャラクターがいる訳だからな。
熱血スポ根系だと、ふたつほど作品が思い浮かぶんだが。
どちらも魔球が出てくるんだが、これらも違う。
時折ギャグのテイストを挟んでくる野球アニメで他の作品となると……
『あっ!』
ピンと来るものがあった。
古典的名作のひとつに数えられるであろう作品。
「誰よ、その物真似?」
俺が記憶を探っている間にマイカが聞いていた。
結局は傍観しきれなかった訳だ。
まあ、宣言していた訳じゃないしな。
誰の物真似か分からなくて焦れったくなったのだろう。
喋り方はともかく、あんな笑い方を持ちキャラにしている人はそうそういない。
その上、トモさんがリスペクトしている相手と来れば答えはひとつしかないだろう。
俺もそこに至るまでは苦戦したから偉そうなことは言えないけどな。
「誰の物真似かって?
好きな月照さんに決まっているじゃないか」
『やっぱり……』
「あー、伝田月照さんかぁ」
マイカも名前を出されると、すぐに分かるようだ。
「注目のバッティングはこの後すぐ」
このタイミングで銀座弾正さんを入れてくるトモさん。
油断も隙もあったもんじゃない。
「それは月照さんじゃなくて弾正さんでしょうが。
あと、バッティングじゃなくて鑑定だっつうの」
すかさずマイカのツッコミがコンボで入ったけどな。
「見せてもらおうか。
メイドピッチャーの球筋とやらを」
三毛田さんまで出してきましたよ。
ここまでやるとツッコミを入れる気力も萎えるらしい。
「大盤振る舞いね」
マイカは、そう言いながら嘆息した。
その直後に一瞬だけ怪訝な表情をする。
『どうやら気付いたか』
トモさんが持ちネタを連続で出し続ける理由に。
そんな大層なことじゃない。
落ち込んだミズキの気が少しでも晴れればというだけのことだ。
『やっぱりトモさんは気遣いの人だねぇ』
奇抜な言動をすることがあるから誤解されることがあるけど。
本当は色々と細やかに考えているのだ。
読んでくれてありがとう。