993 見せます! 魅せます? ホームラン
「ピッチャー、大きく振りかぶってーっ」
ブース内にアナウンスが響く。
メイドピッチャーがワインドアップのモーションに入った。
セールマールの世界じゃ制球を乱す原因になると廃れていくばかりなんだけどね。
自動人形は意図的にそうしない限り体の軸なんてぶれないので問題ない。
問題があるとすれば……
「うるさいよ」
実況風のアナウンスがトモさんには不評だったことだ。
だが、これに関してはちゃんと考えてある。
そういうこともあろうかと苦情が入った時はミュートモードになるのだ。
必要最小限の情報はアナウンスするけどね。
だが、そういった情報を告げるのはスイング後に行われる。
とにかくトモさんの一言によってモードが切り替わった。
変更されたことを報告もしない。
「……………」
だからメイドピッチャーがボールをリリースしても静かなものだ。
そして軟式球とは思えない剛速球が迫る。
「貰った!」
トモさんが木製バットをフルスイング。
ボールはスパーンと快音を残して飛んでいった。
結果は柵越えのホームラン。
ただし、どの的にも当たっていない。
それは当然だろう。
外野も的も各ブース共通で使用されているから外野スタンドは広い。
それに比べれば的も決して大きいとは言えないからな。
何もない空白地帯の方が面積が広い訳だ。
問題は何処から跳んで来たボールかを判定する必要があることだろう。
そのためボールは魔力的なマーキングをして投げられる。
それを判定して命中数などをカウントするので混乱することもない。
「こりゃあ、的に当てるのは一苦労だな」
トモさんが苦笑した。
初球から狙ってホームランにできるだけでも普通は凄いことなんだけど。
昨日のゲストたちなら、こうはいかなかったはずだ。
『うちは、それだけ普通じゃないってことだな』
ミズホの常識は西方の非常識ってね。
「次こそは当てる!」
トモさんが気合いを入れていた。
「元テニス部部長の名にかけてっ!」
直後の台詞がこれである。
「コラコラ、トモくん」
「野球じゃないじゃん」
ミズキとマイカにツッコミを入れられていた。
「では元少林寺拳法部員としてだ」
それでも止まらない。
ボケ倒すつもりのようだ。
「もしもし?」
「球技ですらないわよ」
再度ツッコミが入った。
「じゃあ元演劇部員だ」
当の本人は何処吹く風である。
「どんどんズレていってるわよ、トモくん」
「もはや運動部ですらないじゃない」
ボケが際限なくエスカレートしていく。
まだまだ止まりそうな気配が感じられない。
『いくら何でも部活ネタはこれが限度だろうに』
どうするつもりかと思っていると……
「撃つぞ、撃つぞ、撃つぞぉーっ」
とうとう物真似ネタを引っ張ってきましたよ。
初代グランダムの主人公の台詞であることに気付いているのは元日本人組だけなんだが。
「今度はそっちのネタなんだ……」
「撃つとか言っちゃってるし。
ホームランは打つでしょうが」
『確かにな』
撃つと打つでは大違いだ。
ボールを撃ち落とすつもりかと言いたくなる。
「狙い撃つぜ」
「さらにぶっ込んできたね」
「似てない。
台詞を言ってるだけじゃん」
確かに物真似じゃなくなっている。
「そんなことばかり言ってるとボールが3倍のスピードで投げられるわよ」
初代の赤い人も狙い撃つ人が出てくる方も確かに3倍だ。
とうとうマイカまでネタを繰り出してきた。
しかしながら、この判断は間違ってはいなかったようだ。
「うおっ、そいつは勘弁」
トモさんのボケ暴走がようやく止まった。
3倍速のボールを投げられるのは、さすがに困るらしい。
『まあ、シャレにならんわな』
現状でも新幹線級のスピードが出ているんだから。
3倍だとアニメの電脳フォーミュラのマシンで多段ブーストをかけた時に匹敵する。
今のトモさんなら打てないことはないだろうけど。
ただ、狙ってホームランを打つのは難しくなるはずだ。
ちなみにメイドピッチャーをそういう仕様にはしていない。
せいぜい相手に合わせて球速などを変えたりするくらいだ。
もしもレベル2桁のシーニュが挑戦しても変わらなかったら怖いからな。
「ハルトさん、このゲームは何回チャレンジできるんですか?」
エリスが球数の制限について聞いてきた。
「ここは何回打てるかってシステムじゃないな」
「「「「「えっ!?」」」」」
エリスだけでなく元日本人組以外が一様に驚いていた。
訳が分からないという顔をしている。
「3回まで失敗できるんだっけ?」
ミズキが俺に確かめてくる。
「ああ、そういうルールだな。
4回目を失敗すればその時点で終わりになる。
つまり、一度も的に当たらなければ4球で終了する訳だ」
「シビアなんですね」
リオンが目を丸くしている。
最低でも9回は挑戦できると思っていたのだろう。
「その方が記録に価値が出るからな」
ちょうどその時、スパーンと音がした。
「ナイスバッティング」
ミズキの掛け声に後押しされるように軟式球はライナー性の当たりを見せた。
「センター方向ど真ん中とはやるわね」
マイカも文句がつけようがないホームランコース。
ボールは的に吸い込まれるように飛んでいった。
そして命中。
というより的に吸い込まれていった。
ボールが消える。
「5番のターゲットにヒット」
再びアナウンスが入った。
これが邪魔だと思う者はいないだろう。
「今度は当たりましたが……」
レオーネが困惑するように言った。
それはボールが的に命中した直後に消えたからだろう。
俺の方を見てくる。
どういうことかと聞きたいのだろう。
「幻影魔法の的になっているんじゃないかしら」
俺が答える前にエリスが推論を口にした。
「正解だ」
「ああ、なるほど。
的の部分は穴が空いているのですね」
レオーネも気が付いたみたい。
「またまた正解だ」
「でも、どうして穴を開けているんですか?
回収するのに不便だと思うんですけど」
リオンが不思議そうに聞いてきた。
穴に落ちるボールとそれ以外に別れれば回収に手間がかかると言いたいみたいだな。
「それは的に命中したかどうかがハッキリするからではないでしょうか」
今度はアンネである。
「ノーバウンドで当たる時に限り落ちるようになっているんでしょうね」
それを補足するベリー。
「その通りだ」
「なるほどー。
見た目に分かり易いですもんね」
リオンも納得したようだ。
説明の手間が省けるのは楽でいいね。
全部が省略できる訳じゃないけど。
「それと回収はそんなに手間でもないぞ」
「あ、術式で」
説明する前にリオンも気付いてくれた。
「そういうこと」
俺たちが話している間にトモさんが3球目を打った。
今度は流し打ちだ。
「しまったぁ」
打った直後にトモさんが唸った。
先程と違って打球が高く上がったからか。
が、飛距離も出そうな感じだ。
ゆっくりと弧を描くような感じで飛んでいる。
ホームランは確実なんだが。
「そっちじゃないんだよー」
愚痴りながら地団駄まで踏んでいた。
どうやら打ち損じたらしい。
『狙った所に飛ばなかったから悔しがってたんだな』
「でも、コースは悪くないみたいよ」
「なんですと!?」
マイカの指摘にフラフラと落下していくボールを目で追うトモさん。
「おおっ、ホントだ」
「打ち損じた割に飛んだねぇ」
ミズキも感心するほど飛距離が出た。
「奥の1番も超えちゃうんじゃない?」
「それは困る。
せっかくいいコースに飛んだんだ。
戻れっ、戻れっ、戻るのだぁ」
念力でも送ってそうなポーズで叫ぶトモさん。
願いが通じたのかギリギリで1番に落下する。
ボールが的の中に消えていった。
「よっし、結果オーライ」
「1番のターゲットにヒット」
再びアナウンスが入った。
連続成功である。
「お見事です」
「やるわね」
レオーネやエリスが称賛し、皆が拍手する。
「いやぁ、どうもどうも」
照れ笑いしながら手を挙げて応えるトモさんだ。
「打ち損じじゃなかったっけ」
マイカがすかさずツッコミを入れてきたけど。
「運も実力のうちだよ、マイカちゃん」
「それもそっか。
考えてみれば成功率が高いものね」
マイカの言うように成功が3球中の2球ならば悪くないペースだ。
このままで行けば6面はクリアできそうである。
『今のままならね』
そんなに甘くはないのが、このホームランターゲットなのだ。
読んでくれてありがとう。