991 調子に乗ると反省することになる
「おめでとー、お姉ちゃん」
リオンが声を掛けるとレオーネは困ったような笑みを浮かべた。
「勝った実感が湧かないんだけど」
『だろうな』
俺がレオーネの立場だったとしても同じような感想を抱いただろう。
え? 真っ先に自爆した奴が言うことじゃない?
ごもっとも……
「複雑な気分ね。
上手く言い表せないわ」
レオーネが自嘲気味に笑う。
「ドサクサ紛れでもないし」
それは混乱に乗じて目的を自ら達成した場合に使う言葉だな。
「漁夫の利でもないんだけど」
こちらは誰かの争いに乗じて他者が利益をかすめ取る感じじゃないだろうか。
確かにレオーネが言うように彼女の心情を言い表す言葉としてはミスマッチだ。
「本当に上手く言えないわね」
当人は不甲斐なさを感じているようだ。
「罪悪感が残る感じかしら?」
それが一番シックリくるらしく、自分の言葉に何度も頷いていた。
「ネガティブねー」
苦笑するエリス。
「素直に喜べばいいのよ。
遊びなんだし楽しんだ者勝ちなんだから」
ビシッとレオーネを指差した。
「あっ、ああ」
少し面食らった様子を見せたレオーネだったが。
「そうだな。
私もそう思う」
柔らかい笑みを見せた。
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その後、組み合わせを替えたりして皆でキックビリヤードを楽しんだ。
え? 俺の戦績?
一度も勝てなかったよ。
アバウトにプレーしたからってのはあるかな。
自爆は最初の1回きりだったけど。
「残念だったわね、ハルトくん」
ベリルママが慰めてくれたのはラッキーだったかもね。
頭ナデナデは些か恥ずかしくはあったけど癒やされましたよ。
勝てなくてもいいことはあるものだ。
『さて、次は何をしようかね?』
ここに来た時よりも面子は少なくなっている。
一部が途中でキックボウリングに流れていったからだ。
色々とやってみたいから人が来ていないうちに行くんだと言ってたな。
確かに俺たちがキックビリヤードで遊ぶことで他の国民たちが集まってきたし。
現に俺たちが遊び終えた今は別の面子が楽しんでいた。
ハマーものその1人だ。
ただし、ガンフォールやボルトの姿は見えない。
「ガンフォールと一緒じゃないんだな」
「親父殿やボルトとは別行動になったのだ。
分散した方が色々と並ばずに遊べるだろうという話になってな」
ハンマーゲームで何度も並び直したことを反省してということか。
ちゃんと考えているようだ。
が、それを指摘すると思い出して落ち込みかねない。
故に俺は──
「ふーん」
適当に相槌を打つに留めておいた。
「親父殿は土産物を見てくると言っていたな」
「そうなのか?
学生の作品しか陳列していないんだが」
昨日の招待客ならば、目を引いただろう。
だが、ガンフォールならばもっと良いものが作れるはずである。
わざわざ見に行く必要性があるとは思えない。
「だからだと親父殿が言っていた」
「なんだって?」
素人に毛が生えた程度な学生の作品に興味を持つとはね。
どういう風の吹き回しなんだか。
「完成度が低いならワシが教えに行かねばならん、だとよ」
「まったく……
自分で仕事を増やしに行くのかよ」
「しかたあるまい。
親父殿の性分だからな」
そう言われてしまうと反論しようがない。
好きにさせるしかないだろう。
「ボルトはそれについて行った訳じゃないよな」
「ああ、彼奴は乗り物のコーナーに行くと言っておった」
「そういう選択もありだろうな」
俺は特に思うことはなかったのだが。
「若いもんが体を動かさんでどうする」
ハマーは溜め息交じりに苦言を呈していた。
遊びなんだから別にいいと思うんだがな。
あと、俺の作った乗り物を舐めてもらっては困る。
「それはここの乗り物を見ていない証拠だ」
「なぬ?」
「そこそこカロリーを消費するのもあるんだぞ。
チューブコースターとかトルネードフォールとか」
「ふぅむ」
ハマーの反応は鈍い。
大したことはないと思っているようだ。
『侮られたものだな』
チューブコースターはレールの代わりにチューブの中を走るジェットコースター。
トルネードフォールは最初に強力なスピンをかけた上で強制的に落とすフリーフォール。
どちらも、ハマーが思うほど甘いものではないんだがな。
例えばチューブコースターは進路のパターンが毎回ウネウネと変わる。
何回、乗ろうとコースが覚えられないのだ。
しかも進路は透明とくれば予測しつつ身構えることがしづらくなる。
それ故に振り回される感覚は並みのジェットコースターを上回るという寸法だ。
しかも搭乗者のレベルに応じて個別に重力負荷がかかるようになっている。
3桁レベルの者なら戦闘機のような高Gのかかった状態で乗り続けることになる訳だ。
これはトルネードフォールも同じ。
しかも連続してGの負荷がかかる時間が長めに設定されている。
上昇時からスピンし始めるため最初から耐え続けねばならない。
頂点に達した後は重力魔法で一気に落とす。
チューブコースターよりは所要時間は短いが、より上級者向けだと思う。
どちらを選んでも乗るには覚悟と体力が必要になるだろう。
それなりに踏ん張らないといけない訳だ。
まあ、神官ちゃんあたりだと逆に負荷がかからないようにしてあるけどな。
でないと怪我をする。
「侮らない方がいいぞ」
フッと不敵に笑ってみせた。
「うっ」
ハマーがたじろぐ。
特にプレッシャーをかけたつもりはないのだが。
嫌な予感がしたのかもしれない。
「俺が作った絶叫マシンだからな」
「おっ、おう」
冷や汗をかきそうな顔になって頷いている。
既に侮りはハマーの中から消えたかもしれない。
それでも舐めてくれた分のツケは払ってもらうがな。
「初めてラリードライブしたとき並みのスリルを味わえると思うぞ」
ここでダメ押しの一言。
「そっ、そうだな……
ななな何事も、あなっ、侮るのは、良くない」
噛み噛みだ。
これはきっと全開ドライブを思い出したからだろう。
一種のトラウマだしな。
今じゃラリードライブでギャーギャー騒ぐことはないだろうが記憶は残っている。
アレと同等などと言われると戦慄したとしても不思議ではない。
この調子だと乗らない可能性が非常に高くなった。
『そうはいかないんだな。
侮っていたツケは払ってもらわないと』
だが、強要するのは良くない。
あくまで自主的に乗ってもらわないと。
故に誘導しておくことにした。
とはいえ難しいことを言う訳じゃない。
直球勝負で行くだけだ。
「ボルトは凄いよな」
若い者がどうこう言うくらいだ。
褒めれば勝手に対抗心を燃やしてくれるだろう。
「なんと?」
「きっと、かつてのラリードライブを思い出してトラウマを克服するつもりなんだろう」
「んなっ!?」
「根性あるよなぁ」
言いながらハマーをチラ見する。
『あ……』
脂汗を流してそうな顔をしていた。
かなりマジになっているんですけど。
乗るのは怖いが舐められたままでは終われない。
そんな葛藤をヒシヒシと感じる。
ちょっと煽りすぎたかもしれない。
あんまり深刻に受け止められても困るんだが。
それにばかり執着されて秋祭りが楽しめなくなっては意味がないからな。
俺としては、とりあえず乗って体感してくれればと思っていたのだ。
体感すれば認識の甘さを自覚してくれるはずだし。
それが連チャンしそうな空気を放つとは想定外であった。
『ブレーキ、ブレーキ』
程々でやめさせないと騒ぎになりかねん。
しかしながら、ここで無理して乗るなと言うと逆効果になる。
「その気になったら挑戦してみてくれ」
こう言うしかないだろう。
「おう」
ドスの利いた声で返事をされた。
些か心配になる反応である。
『ガンフォールとボルトに知らせておくか』
スマホでメールを送信する。
[タイトル:すまんが頼む]
[ハマーに変なスイッチを入れたかもしれん。
乗り物コーナーで連チャンするようなら止めてくれ]
何があったかの説明も忘れずに入れておく。
すぐに2人から返信が来た。
[タイトル:Re: 任せろ]
[しょうのない奴じゃ。
いい年したジジイが己を御することもできんとは嘆かわしい。
調子に乗るようなら確実に止めるから安心せい]
[タイトル:Re: 了解です]
[連続で乗るのは止めた方がいいでしょうね。
消耗はそこまでしないと思いますがフラフラになるかと。
1回乗っただけでも降りた直後は足元が心許なく感じましたから]
他人まかせは良くないのだが、俺が止めようとしても煽ることにしかなりそうにない。
『失敗したなぁ』
俺が持て成す側なんだから気を遣わないといけないのに。
自覚が薄かったようだ。
反省しきりである。
皆に助けてもらっていることには感謝しかない。
『ありがたいことだよ、ホント』
読んでくれてありがとう。