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990 想定外の女

 クリスの天然モードが完全に復活していた。


「うーん、うーん」


 ひたすら唸っている。

 風邪を引いて熱にうなされているかのようだ。


『クリスの中では10番を撞くことが決定事項だったからなぁ』


 だが、その10番の的玉はもうフィールド上から消えている。

 プレーの中でレオーネが落としたのだから、しょうがない。


『本当に勝負は二の次だな』


 というより眼中にないと言うべきか。


「どうしましょう?」


 クリスは本気で困っていた。

 ここで唸っても悩んでもボールが戻ってきたりはしないのだが。


 クリスが本来の調子に戻ったのに素直に喜べない。

 良かったと言うべきところなのに、困ったことになっている。


 ペコペコモードに逆戻りされても敵わないから良かったのは間違いないんだけど。

 とはいえ今の状態から抜け出すのは相当に苦労させられそうだし。


『さて、どうしたものか』


 上手く説得できそうにない。

 普通の相手なら「割り切れ」の一言で終わる話だ。

 それが通じないのが今のクリスである。


「どうしましょう?」


 振り返って聞いてきた。

 それはこちらの台詞なんですがね。


『俺たちに聞かれてもなぁ』


 困るってものだ。

 現に誰も答えられずにいたし。

 俺が悩んでいるように、まともな答えが通じると思えないからだろう。


 あえて言うなら「御自由に」しかあるまい。

 が、それを言っても解決とはいかないのが悩ましいところだ。


「どうしましょう?」


 この言葉をエンドレスで聞かされるのがオチだからな。


 ここで「はあっ」という溜め息が聞こえてきた。

 エリスだ。


「バカなこと言ってないでゲームを進めなさい」


 呆れたように注意した。

 隣でマリアも苦笑している。

 そしてクリスの「どうしましょう?」攻撃が入るよりも先に──


「適当なボールを狙えばいいじゃない。

 10番に取って代わる好きな数字を選びなさいな」


 アドバイスすることで返しが難しい攻撃を封じにかかっている。


『これで素直に切り替えてくれれば苦労はしないんだよなぁ』


 本気で悩んでいた訳だし。

 ところが──


「それもそうですね」


 クリスは、その提案をあっさり受け入れた。


『なんですとぉ!?』


 本気で悩んでいたのではないのかと問いたい。

 姉の影響力は絶大だ。

 恐るべし姉力。


 ただ、俺たちがガクッとくるのは避けられない。

 俺たちもまた悶々と悩んでいただけにね。

 悩ませていた当人はそんなこととはつゆ知らず。


「あらら?」


 不思議そうな目で見られてしまったさ。


「大丈夫ですか?」


「いや、問題ない」


 さらにガックリくるのだが、それはどうにか内心だけのものとした。


「気にしなくていいからプレーを続けて」


 そう言うのが、やっとだったけどね。


「はあ……

 はい、分かりましたー」


 そんなこんなで、ようやくプレー再開。


「せっかくだから1番を狙います」


 クリスが予告した。

 難易度が高いものに挑戦するつもりのようだ。


「また、狙いにくいものを……」


「マッセで行くのかな?」


「バンクショットかも」


 1番はトモさんやミズキがそんな風に予想するのも当然の配置になっている。

 他のボールに囲まれて、直接は狙えないのだ。

 とにかく多く当てるから方針変更したのだろうか。


「お姉ちゃんのシビアなボールコントロールを見て真似したくなったのかな?」


 リオンがそんなことを言った。


「なるほどね」


「それはあるかも」


 トモさんやミズキが、その意見に納得していた。

 レオーネも頷いている。


「先程から模倣を繰り返しておるからな。

 妥当な推測と言えるのではないか、旦那よ」


 ツバキも同意見のようだ。

 エリスたちの方を見た。


 苦笑が返ってくる。

 エリスだけでなくマリアもだ。


 しかも、ただの苦笑ではないように感じた。

 含みがあるというか、意味ありげに見えたのだ。


「リラックスしている時のあの子の考えることは、ねえ?」


 マリアに向かって同意を求めるように首を傾げるエリス。


「そうですね」


 マリアは頷きながら応じた。


「私達でも予測不能よ」


「はい、予測不能です」


『姉たちにそこまで言わせるとは……』


 クリスの天然は奥が深いようだ。


『まあ、1番を狙うなら2択だけどな』


 他のボールに当ててから1番に当てるなら、狙うとは言わないだろうし。

 丁度、その時だった。


「それじゃあ、行きます!」


 右手を挙げてクリスが宣言した。


『ちょっと待てっ!』


 危うく、その言葉が出てしまうところであった。


「1番を狙うのは諦めたのかな?」


 トモさんが怪訝な表情で首を捻っている。


「まさか!? そんなはずは……」


 ミズキが否定するものの、クリスを見る視線は困惑のそれだ。


 それもそのはず。

 クリスは1番を真正面に見ていたからだ。


 もちろん、その手前には他の的玉がある。

 進路を完全にふさいでおり1番に擦らせることすらできそうにない。


「跳ぶようだぞ」


 ツバキが言うようにクリスが軽い助走をつけて跳躍のために膝を沈み込ませた。


「マッセなの?」


 リオンが呟くように問うた。

 誰かが答えてくれることを期待してのものではないだろう。

 クリスが踏み切ってジャンプを始める。


「え、でも……」


 マリアがそれに疑問を呈した。

 何か違和感があるようだ。

 クリスが跳躍する姿を見て感じたものの、それが何であるかは指摘できない。


「そこからのバンクショットでは?」


 ミズキも首を傾げながら己の推測を述べた。


「いや、違う」


 トモさんがそれを否定。

 クリスのジャンプ中の姿勢を見て、マッセではないと見切ったようだ。


「えーい」


 気の抜けるようなクリスの掛け声。

 同時にジャンプキックが炸裂した。


『角度が浅い』


 トモさんが否定したようにマッセではない。

 手玉は押し出されるように真っ直ぐ飛び出していった。


「「「「「飛んだ!?」」」」」


 そう、手玉は邪魔な的玉を飛び越え1番目掛けて飛んでいったのだ。

 そしてノーバウンドで1番の的玉にヒットする。


 カチーンと音がして弾けるように1番が押し出された。

 クッションに当たって他の的玉を巻き込むかのように次々と当たっていく。


 ひとつでも多く当てることは譲れないようだ。

 ただし、ポケットに入るとは限らない。


「ジャンプボールとは驚きだね」


 トモさんが感心するように驚いている。


「まったくだ」


 俺も同意した。

 ぶっつけ本番でよくやるものだと思う。


 マッセからのバンクショットよりは成功確率が上だろうけどさ。

 誰も手本を見せていないってのに。


 まあ、手本を見せられるのは俺かトモさんだけだろう。

 ジャンプボールのことは皆知らなかったみたいだし。


 それで正確なコントロールで飛ばしているのは驚きである。

 しかも、ただ当てるだけで終わらせたりしていない。


 方向も距離もクリスの狙い通りのはずだ。

 連鎖的に当てていることから考えても間違いあるまい。


「自分で考えて試してみたんだったら凄いよね」


 そうは言うものの、ちょっと考えられないとばかりにトモさんが頭を振っている。

 確かにその可能性が無きにしも非ずではある。


「もしくは何処かのタイミングでジャンプボールの動画を見たんだろうね」


 おそらくはビリヤードのルールを把握していた最初の時だと思うのだが。


「それがあったかー」


 してやられたって感じで仰け反るように感心するトモさんだったが。


「いやいや、だとしても動画で短時間だろ?」


「だろうね」


「ここまで物にするんだから、かなり凄いと思うよ」


 最終的にクリスを称賛していた。

 俺もそう思うと言おうとしたとき、ゴトンと音がした。


 どうやらボールがポケットインしたみたい。

 クリスは落とすことを目的としていないのに、これだ。


『持ってる人は違うねぇ』


 俺なんか初っ端から自爆していたもんな。

 本日の持ってない人は俺だろう。

 故にクリスのことが、ちょっとうらやましく感じていたのだけれど。


「あー……」


 残念がるクリスの声が聞こえてきた。

 これは想定外の出来事だ。


「んー?」


「どうしたんだろうね」


 俺とトモさんは顔を見合わせた。


「手玉を落としてファールにでもなったかな」


「いや、手玉ならフィールド上にあるよ」


 トモさんの指摘する通り手玉は残っている。


「落ちたのは2番のボールですね」


 フェルトが教えてくれた。


「クリスさんの持ち玉だったんじゃないでしょうか」


「「あー、なるほどぉ」」


 フェルトの推理は的中していた。


「持ち玉を落としてしまいました。

 レオーネさんの勝ちですねー」


 アッケラカンとした様子で戻ってくるクリス。


「おめでとうございますー」


 最後まで予測できなかったな。

 クリス、恐ろしい子っ。


読んでくれてありがとう。

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