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989 勝負をかけるレオーネ

 レオーネがフィールド上で手玉の前に立った。

 が、少し様子がおかしい。


「ん?」


 手近な的玉には目もくれないのだ。


「おやおや」


 何かに気付いたらしいトモさんが楽しげに笑っている。


『はて?』


 レオーネの視線の先を追ってみた。


「あー、あえて10番を狙うのか」


『なるほどな』


 先程のツバキがミスしたプレーが気になったのだろう。

 ミスの原因がクリスの叫び声による動揺ではないと読んだか。


 確かにらしくないミスだった。

 なにより一度は中断までしている。


 その時はクリスも大声で叫んだ訳ではなかった。

 にもかかわらず振り返っていたし。


『あまりの天然ぶりに唖然としただけかと思ったんだがな』


 むしろツバキは自分の持ち玉を言い当てられたのかと動揺していたってことか。

 10番が本当に持ち玉であればの話だが。


「結構むずかしいよ、これ」


 ミズキが言った。

 10番に当てるだけなら問題はない。

 だが、ポケットのいずれかに落とそうとすると話は変わってくる。


 他の的玉が微妙に邪魔なのだ。

 先に別の的玉に当てて10番に当てる角度を調整する方法も際どい。


「これなら反対方向を向く方がいいかもね」


 トモさんが言った。


「バンクショットで邪魔な的玉を避けるのね」


 そこから答えを読み取るミズキ。


「そうだよ」


「確かに進路はクリアになりそうだけど……」


 言い淀むのは難易度の高さを考えてのことだろう。

 クッションを利用すれば他のボールに邪魔されない道を残せる。


 問題は10番に当たった後だ。

 わずかなズレも許さないような道しか残されていない。


 上手く当てないと、クッションを舐めるように弾かれると思う。

 ここでツバキの方をチラ見してみたが、特に反応はない。


『ここで動揺するほどメンタルが弱い訳はないか』


 そしてレオーネがボールを蹴った。

 狙っていたときの慎重さをどこかに置いてきたかのように躊躇いがない。

 気負った様子もなく淡々としたものだ。


『シビアなコントロールを要求されているのにな』


 手玉はクッションに当たって戻ってくる。


「いいんじゃないかな」


「コースは悪くないわね」


 トモさんとミズキは手玉の転がり方が悪くないと見たようだ。


「どうでしょう」


 マリアは疑問を抱いている。


「これで10番が落ちるかどうか……」


 微妙なラインだと思っているようだ。


「少し弱いわね。

 入らないかもしれないわ」


 エリスの見立てでは厳しめの評価になっている。


「行けー」


「頑張れー」


 クリスやリオンは、細かなことを考えずに応援するだけだ。

 そんなクリスたちの様子を見てホッと一安心。

 正確に言うならクリスの、ではあるか。


『どうやら落ち込んでいた時の後遺症はないみたいだな』


 無理をしているようには見えない。

 ならばゲームの行方がどうなるかの方に集中しよう。


 手玉は転がる。

 ユルユルと……


 コントロールを重視したが故に勢いがない。


『いや、これはレオーネの揺さぶりだ』


 10番が落ちなかったときのことを考えた作戦と言うべきか。

 コースはほぼ完璧。

 だが、ボールの動きには焦れったさを感じる。


 結果が出るまでの間、ツバキは相当にメンタルを削られることだろう。

 ツバキの持ち玉が10番でなかった場合でも、ある程度の意味を持つ。

 これが基本方針だという意思表示になるからだ。


 わずかなプレッシャーにしかならないとは思うがね。

 そういうのが勝敗の鍵を握ったりするのでバカにはできないが。


『ただなぁ……』


 生真面目すぎるというか。

 楽しめているのだろうかと心配になってくる。


 表情を見る限りでは不機嫌ってことはないと思うんだけど。

 リオンやクリスの応援を受けて応じる余裕もあるし。


 まあ、俺が勝手にもやっとしてるだけなんだろう。

 もしかすると手玉の動きにシンクロしてしまったのかもしれない。

 などとバカなことを考えたりする。


 で、そんな考え事をしている間に手玉が10番に命中。

 小さくカチンと音がした。


 10番が動き始め、手玉が大幅に減速。

 追走しかけて停止するような形となった。


『本当にギリギリを狙ってるな』


 見ればレオーネは薄く笑みを浮かべている。

 どうやら本人的には上手くいったようだ。

 入るかどうか怪しいところだが。


『そこは気にしていないのか』


 まあ、駆け引きを楽しんでいるみたいなので俺がとやかく言うのはナンセンスだろう。

 なんにせよ彼女なりに楽しめているなら、それで良いのだ。


 そして10番がポケットに直前まで辿り着いた。

 ここまで来ると、その動きは輪をかけて焦れったい。

 スローモーションの動画を見ているかのようだ。


 残り何ミリかをジワジワと進み……


「「「「「止まった!」」」」」


 見ていた皆がハモるほどギリギリの位置でボールが停止。


 だが、みんな前のめりで力のこもった視線を送っている。

 先程の再現になっているというのが頭の中にあったからだろう。


「「「「「─────っ!」」」」」


 念力でも送りそうな雰囲気だ。

 まあ、理力魔法なんてものがあるんだけど。


 そんな真似をするのは無粋の極み。

 誰も使いはしないが、願いはボールに届いたようだ。


 ゆらりとバランスを崩した10番がポケットに吸い込まれていく。

 ゴトンと音がしたのを聞き届けてツバキが小さく両手を挙げた。


「負けだ」


 敗北を認めた割にはスッキリした表情である。


「お疲れー」


「どこが疲れるというのだ。

 何もしておらぬというのに」


 苦笑が返ってくる。


「駆け引きを堪能する前に終わってしまったのだぞ」


 その点に関しては、やや不満そうである。

 不完全燃焼なのだろう。


「それは確かにな。

 さあ、これからって時だったし」


「うむ」


 ツバキが残念そうにしながらも頷いていた。


「なにより、おいしいところが皆無であったな」


「おいしいって……」


「旦那のように自爆でもしていれば受けたかもしれん」


 そう言ってツバキが「ハッハッハ」と笑った。


『狙って自爆した訳じゃないんだがな』


「うん、アレは見事な自爆だった」


 トモさんも笑う。


『見事って何だよ』


「皆の心配して自爆だもんねぇ」


 ミズキも続いて笑う。


『……………』


 皆が笑っていた。

 実に恥ずかしい。


 プチ黒歴史になりそうである。

 ほじくり返さないでもらいたい。

 あまりの恥ずかしさに俺のライフがゼロになりそうだ。


 当然のことながら内心では悶絶している。

 それを周囲に見せずにすんでいるのは【千両役者】スキルのお陰である。


『悶え苦しむ姿なんて見せようものなら、マイカがすっ飛んで来るっての』


 きっと豪快に笑われる。

 考えただけでも恐ろしい。

 悶絶タイムが延長されるのは間違いなしだからな。


『【千両役者】よ、ありがとう』


 ひとしきり笑われて、ようやくプレイも再開となった。


 俺の心境としては「喜んでいただけましたか?」である。

 悟りを開いてしまうのではないだろうかと思ったほどだ。


 冗談はさておき……

 残ったのはクリスとレオーネ。

 そして順番はクリスの番だ。


「次は何をしてくれるんだろうね」


 トモさんがニヤリと笑った。


「また、そんなことを……」


 それまでほとんど喋らなかったフェルトがたしなめる。


「いいんじゃないかな。

 たぶん皆も同じことを考えている」


「そういうこと」


 俺がフォローすると、トモさんが自信たっぷりに頷いた。


『そこは皆が頷くところだと思うけど』


 皆も苦笑している。


「おそらくクリスは困った的なことを言うんじゃないかな」


 お構いなしで予言めいたことを言い出した。


「困りましたねぇ」


 手玉を前にしたクリスが呟いた。

 トモさんの言った通りになった訳だ。


 フェルトが愕然としている。

 他の皆も驚いている者が多い。


 平然としているのはベリルママは当然としてエリスやマリアくらいのものか。

 もちろんトモさんはドヤ顔だ。


「凄いねー、どうして分かったの?」


 ミズキが驚きの表情のままで聞いた。


「大したことじゃないよ」


 皆の反応を見て苦笑するトモさん。


「ほら、さっきの発言を思い出せば分かるんじゃないかな」


 首を捻るミズキたち。

 エリスたちは苦笑している。

 やはりクリスの姉ということで気付いたのだろうか。


「どれを狙えばいいのでしょう?」


 ここに来て不思議ちゃんな発言をするクリス。

 割と簡単にポケットを狙えそうな的玉もちゃんとある。

 そういうのが選り取り見取りって訳でもない。


 迷う方がどうかしているのだけれど。


「「「「「は?」」」」」


 皆が困惑するのも無理からぬところだ。


「ほら、10番を狙うと宣言しただろう」


 そのボールはレオーネに落とされたばかりだ。

 皆で遊んでいる以上、元に戻す訳にもいかない。


「「「「「えーっ」」」」」


 その言葉の中には驚きと困惑と納得が入り交じっていた。


読んでくれてありがとう。

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