100 相手が決まっているのに待たされる
改訂版です。
冒険者ギルドに戻ってきた途端に視線の集中砲火を浴びた。
いつの間にかギルドの食堂が満員御礼状態。
「ほら、アイツらだ」
「マジか? そんな強そうに見えないぞ」
「バカッ、聞こえたら何されるか分からんぞ」
聞こえてるんだけど。
ヒソヒソされている……のは、やらかしたので仕方ないのか。
それと、その程度のことで報復とかしないって。
そんなことより気になるのは冒険者の数が増えていることだ。
街中で仕事をしていた冒険者が昼休憩で噂を聞いて居残ったというところか。
更に目立ってしまうことになるのは避けられそうにない。
つくづく思い通りにいかないものだ。
ゴードンが対戦相手を新たに用意できていれば良いのだが。
まずは受付で状況を確認するかと思っていたら、受付嬢が俺たちの所にやって来た。
「賢者様、お昼休みはもうよろしいのですか」
「ああ。もう少し時間を潰せというなら適当に散歩でもしてくるが」
「それには及びません」
どうやら相手が見つかったか。
「訓練場でお待ちください」
「相手待ちか」
準備もあるだろうしな。
「それもありますがギルド長と衛兵隊長が会談中なんです」
「へえ」
ケニーは大変そうだな。
奇妙な死に方をしている奴らがわんさといるからしょうがないけど。
おまけにその状況が予言されて全てその通りになっているしな。
国へ報告義務があるだろうし経験豊富なギルド長に相談しにきたってところか。
無理じゃないですかね。
[賢者が予言をしたとおりに悪党どもが奇妙な死に方をしました]
これで叱責されないと豪語できるなら大したものだ。
きっと今頃は頭を抱えていることだろう。
あとで取り越し苦労だったと知ればどんな反応をすることやら。
何にせよ悪い結果にはならないはずだ。
この国の宰相にシノビマスターの名義で告発文とか証拠とか送りつけてあるんだし。
それをケニーに教えるわけにはいかないのが少々可哀相だけど。
シノビマスターの正体を明かす訳にはいかないので仕方あるまい。
ある意味、ゴードンには意趣返しになったかな。
「訓練場で待っていればいいのかな?」
「はい」
「了解。ゴードンには、あんまり待たせるなら帰ると伝えてくれるかい」
「かしこまりました」
受付嬢が苦笑している。
ああ、このお姉さんは執務室で色々手続きしてくれた人だ。
自分たちのギルド長が情けない姿を見せた所も目撃しているからなぁ。
伝言を聞いてゴードンが青い顔するのを想像しているのだろう。
俺らには親切だけど身内には意地悪さんである。
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訓練場へ来たのだが……
「気味が悪いくらいに誰もいない」
気配がなかったから分かっていたことだけど。
「食堂から誰も付いて来ないとは些か奇妙ではないか、主よ」
確かにツバキの言う通りである。
「企てがあるならば問いたださねばな」
ハマーは先走ったことを考えているようだ。
「人がいないくらいで企てって何だよ?」
「休憩前と対応が違うではないか」
「無用のトラブルを避けるために訓練場を使用禁止にしただけだろ」
昼休憩の前は軽く挑発されただけで突っかかってきた連中がいたからなぁ。
「ギルド長の目の届かない所で何かあっては困るということか」
「そういうことだ」
「ということは試験の再開時には見学が解禁されるということではないか?」
「だろうな。食堂に集まっている連中を抑える条件だと思うぞ」
「大丈夫なのか?」
数が増えているから休憩前と似たようなことが起きれば更に面倒になると考えているのだろう。
「さあな」
「おいっ」
「何処の誰とも知らぬ相手ばかりなんだぞ」
大丈夫などと言える訳もない。
「ぐっ」
「それよりもボルトの方が大丈夫じゃないだろう」
見ればフウフウと苦しそうにしている。
懸念していたとおり食べ過ぎてしまった訳だ。
「ふん、腹ごなしに動けば済む話よ」
自業自得だと言わんばかりに突き放した物言いをするハマー。
「ちょっと、無理です。派手に、動くと……問題が、あります」
途切れ途切れに返事してくるところを見ると逆流寸前のようだな。
だが、ディジェストの魔法は使わない。
痛い目を見ておかないと同じ失敗をしかねないからな。
「しばらく大人しくしていろ」
「はい……」
これで懲りなきゃ筋金入りの食いしん坊だ。
「残る問題はひとつだな」
どんよりした雰囲気のボルトを尻目にハマーが話題を変える。
「問題?」
ちょっと見当がつかない。
「何かあったか?」
「試験の対戦相手だ」
「ふーん」
「気にならないのか」
「ゴードンが出てくるかどうかくらいは気になるさ」
「ギルド長はないな」
やけにあっさり言い切るな、ハマーは。
「その根拠は?」
「自分のギルドに人材がいないと宣伝するようなものだからな」
そうなると地元民以外の冒険者が別の街へ移動しかねないか。
俺とハリーがやり過ぎた影響は思った以上に大きかったようだ。
「最悪でも職員の誰かを使うだろう。それか余所者か」
前者はギルド長が直々に試験をするよりも体裁を整えやすいか。
ただ、後者は時間的に考えにくい。
何日か猶予がほしいところだ。
「相手がいるなら、それでいい」
試験の当事者であるツバキは淡々としたものだ。
「気にならんと言うのか?」
「力のある相手であってほしいとは思うぞ」
相手が弱すぎて評価に値する実力を発揮する前に終わってしまうこともあり得るからな。
「良くて昼前の連中と同じくらいに思っておいた方がいい」
「大丈夫だ。願望はあるが期待はしていない」
随分と辛辣である。
まあ、現実的に考えればそうなるか。
でなきゃ休憩に入る前に対戦を希望する者たちがいてもおかしくなかっただろうし。
「そう悲観したものでもないだろう」
ハマーはポジティブに考えているようだ。
「昼前のアレを見ていない連中に声を掛けたからこそ相手が見つかったんだろうし」
「どうかな? 横のつながりを無視しているぞ」
「む、どういうことだ?」
「強い奴ほど情報収集を怠らないはずだし客観的に判断すると思うんだが」
特にベテランはな。
ここの冒険者たちはパーティメンバーであるかないかに関係なく情報を共有していた。
対戦を辞退した冒険者たちも、それで決断したみたいだし。
情報の独占は長期的に見て損をすることを肌で感じ理解しているのだろう。
「信じがたい情報を聞いて無視する者もいるんじゃないか」
そういう手合いの実力はお察しなことが多い。
あえて体感で確認しようとすることも考えられるが果たしてどうだろう。
結局は蓋を開けてみなければ分からないってことだな。
「だとしてもクラスが青以上という線引きはすると思う」
「なるほど、ふるいに掛ける訳か」
納得の面持ちで頷いているハマーだが、ひとつ失念していることがあるな。
「悠長に構えているがハマーを当てにしているかもしれんぞ」
指摘するとギョッとした表情で固まってしまった。
「そんなオファーは受けておらんぞ」
強張った表情のまま絞り出すように反論してくる。
「そりゃあ事前に依頼して逃げられちゃ元も子もないからな」
「ワシでは到底無理だっ」
ツバキたちの実力の一端をソードホッグとの戦いの際に目の当たりにしているからな。
「ハマーのクラスは青以上なんだろ」
ぐぬぬと唸りながら冷や汗を流している。
「安心しろ。冗談だ」
ものの見事にずっこけた。
「半分だけだがな」
「おいっ!」
脱力してヨロヨロしていたのにガバッと立ち直ってツッコミを入れてくる。
「からかっている訳じゃないんだよ」
オッサンをからかっても面白くも何ともない。
「あのギルド長なら可能性はあると思っておいた方が無難だぞって話だ」
脳筋風の見た目に反して策士だからな。
「ふん」
ハマーが不機嫌そうに鼻を鳴らし絵に描いたような仏頂面になった。
「言いたいことは分かった」
ことさら低い声で返事をしたことからも機嫌の悪さがうかがえる。
それ以後は貝のように押し黙ってしまったしな。
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ハマー以外の面子と他愛もない雑談に興じることしばし。
ゴードンがようやく訓練場に姿を見せた。
「待たせたな」
「ケニーは帰ったのか」
「おうよ、しばらくは忙しいだろう」
「御愁傷様だな」
「………………」
ジト目で見られてしまった。
誰のせいだと思っているのかと言いたげだ。
俺のエセ予言がなければケニーもゴードンに相談しに来るほど悩んだりはしなかったんだろうし。
まあ、頑張ってくれと心の中で言っておこう。
「それより対戦相手はどうしたんだ」
「手続きに手間取って少し遅れているが、じきに来るだろう」
「手続きだって?」
「素材の引き取りが大量にあってな」
「泊まりがけでダンジョンに潜っていたのか」
「いいや。さっき街に着いたばかりの連中だ」
素材は旅の間に集めたものってことか。
いずれにしても腕利きと見て間違いなさそうである。
「青以上の実力者のようだな」
「ひとりは茶だぞ」
どうだ凄いだろうと言わんばかりにドヤ顔で告げてくるゴードン。
凄いのは、茶クラスの冒険者だと思うんだがな。
何とか対戦相手を用意できて舞い上がっているのか。
「へえ、それはそれは」
「説得するのに少々苦労したがな」
溜め息をついているところを見ると、かなり熱を入れて依頼したのだろう。
依頼された側はゲンナリしているかもな。
「相手が長旅で疲れているなら日を改めるが?」
ゴードンがどのように説得したかは知らない。
が、俺たちの印象が悪くなるような真似は勘弁願いたい。
「あー、違う違う。対戦相手の依頼は二つ返事で引き受けてくれたんだ」
言い訳くさい口ぶりにジト目を禁じ得ない。
「本当だっ!」
アタフタして必至になる姿は、ますます胡散臭く見えてしまう。
「最初は多対1で依頼したんだが断られたんだ」
「そりゃあ断られるだろうよ」
実力者のパーティに1人を相手に戦えとか相手の自負を無視しているんだから。
策士だと思っていたけど、そうでもないな。
「どうにか多対2で了承してもらったがな」
どうにかってあたりが怪しさ満点だ。
相手を辟易させるほど、しつこく頼み込んだりしてないだろうな。
読んでくれてありがとう。




