お色気ラブコメの主人公
第三話 お色気ラブコメの主人公
あくまでも夢の中の設定、ということだからか、まさに夢のように「その後の数年」が一気に頭の中に入ってきた。
「……」
『すみません、本当なら転生した際、その役割相応の能力も得られるはずなのですが……』
「あ、いえ……」
一度目の転生を経て再び真っ白な世界に戻ったジロウ。
とりあえず思い知ったのは、勇者はハードルが高すぎた、ということか。
短い間にそこそこ惨めな気分を味わったが、美人姉妹が「見れただけ」でもよしとしよう。
『貴方が望むのであれば、まだ六度の転生が可能ですが……』
「あ、おねがいします……」
二つ目の光球が差し出される。一瞬で頭に入ってくる次の転生先の情報。
どうやらジャンルはお色気ラブコメのようだ。というか、この世界はジロウも知っている。
過激なお色気シーンとキャラの設定で話題を呼んだ少年漫画だ。絵柄が好みではないので読んだことはほとんどないが、なんとなくのあらすじは知っている。
主人公はどこにでもはいそうにないダメ人間だが、ある日ヒロインとぶつかり、身体に触れてしまう。
実は由緒正しき家系の出身であるヒロインは、それをきっかけに「責任を取ってよね!」と結婚を前提とした交際を迫るというもの。
無茶苦茶だが、主人公がエロハプニングに遭うことに特化した設定。
『これなら、ハードルが低くてよさそうですが、どうでしょう?』
「あ、はい」
確かに、主人公がもともとダメ人間という設定ならハードルは勇者よりも低そうだ。エロハプニングに遭う理由や原因もヒロインなわけで、こちらが努力する必要は無さそうに見える。
この世界に行く。そう決意した途端、全ての感覚が全く別の世界に染められていく。
「……?!」
気付けば学生服で走っているジロウ。遅刻しそうなので学校に向かっているところだ。
だが何か忘れているような……
(あ、ここでぶつかる――?!)
転生したことを思い出した瞬間、曲がり角に出る。そして不自然なくらい、まるで吸い込まれるように、別の道から同じ角に出てきた女性とぶつかってしまう。
「きゃっ!」
「うっ……?!」
暗くなる視界。顔は枕よりも柔らかいものに突っ伏している。今までに経験はないが、直感でわかる感触。
(胸に、突っ込んで……?!)
一瞬後、慌てて離れる二人。顔を赤くするジロウ。目の前には、絶世の美少女……この世界のヒロイン、「ヒメコ」がいる。
「あ、あの、すいませ……」
反射的に謝罪しつつ、この後の展開に期待するジロウ。しかし返ってきた言葉は……
「あ、ごめんなさい……すいません、私急いでるので!」
冷ややかな視線で普通の陳謝。直後、立ち去るヒロイン。
……本来なら、ここでヒメコはジロウ以上に顔を赤らめ、「アンタ何すんのよ! 責任取ってよね!」となるのだが。
(ぶつかっただけで、まあいいか)
美少女の豊満な胸に顔から突っ込む。それができただけでいいではないか。冷たい目付きを向けられたとしても。
学校に着くと、【主人公の友人】という設定の「カワノ」が話しかけてきた。
「よぉ。お前聞いたか? 今日転校生が来るらしいぜ」
漫画らしい説明台詞。陽気でノリの軽いカワノは思春期男子らしい、悪く言えば下衆な顔をして楽しそうにしている。
「すっげぇ美人とか来ねえかな~? でよぉ、オレとぶつかってそれがキッカケで恋に落ちるわけよ!」
勝手な妄想に耽るカワノ。妄想が先走り、転校生を待ち切れなくなったか、弾かれたように席を飛び出て教室の戸を開ける。
「さあ来たれ、オレの恋……っ?!」
するとそこには、ちょうど教員に連れられてやってきた転校生、ヒメコの姿があった。その美貌に驚いてか、カワノはバランスを崩し……
「きゃあっ!」
勢い余ってヒメコを押し倒してしまう。
今朝、ジロウがやったのよりもだいぶ勢いが強かった。音を立てて派手に転ぶカワノとヒメコ。
(大丈夫か?!)
という心配もよそに、ヒメコはすぐに顔を起こしてカワノを睨み付ける。
「な……! あ、アンタ、どこを触って……!」
「い、いやぁ……その、これは……」
ヒメコの大振りな胸を、不可抗力でがっしりと掴むカワノの両手。弁明し、慌てて離れるカワノだが……
「何してんのよアンタ! ……今の……責任、取りなさいよね……!」
顔を真っ赤にして、しゅんと身を縮めて恥らうヒメコ。この瞬間、この世界の主人公が誰なのかが決定された。
(カワノ、やるやん)
自分への皮肉と設定友人の役得に、ジロウは内心でほくそ笑んだ。
――「その後」が頭の中に流れ込んでくる。
実に幸せな日々だった。
気のいい友人と美少女転校生が恋に落ち、賑やかに周囲を巻き込んで、様々な壁を突破し、学園卒業と共にゴールイン。
それを見守る生活は、今までの人生と比べ物にならないほど充実しており、楽しくてしょうがなかった。
――本当は神に選ばれた自分が当事者になるべきなのに……
そんな筆舌に尽くしがたい負の感情を忘れるほど、「平均以上」を味わうのは楽しかった。
――第二の転生、失敗。
「……」
またも転生終了後に沈黙。
転生中は、本当に楽しかった。ネガティブな感情があっても、それを忘れられるくらい、他人の幸せを眺めるのは楽しかった。
だが、その世界から離れると……こんなにも自分は黒い感情を持っていたのかと感心するほど、嫉妬、憎悪、悔恨が膨れ上がる。
その感情から逃れたい一心で、ジロウは三度目、四度目と転生を繰り返した。
VRMMOが存在する世界に転生した時は、まずVRMMO購入の段階で失敗。モブキャラであるはずの人物が活躍して物語が終わる。
美少女ゲームの世界に行っても、やはりモブキャラにフラグが移る。自分は眺めるだけ。
『……どうしますか? あと三回、転生することができますが……』
「あ、もう、もういいです。やめ、ます……」
四度の転生で思い知った。
自分は転生する素質がない。
女神は悪くない。おそらく彼女の力は本物で、悪意があって能力を主人公未満にしているわけではない、というのは直感的にわかる。
ならば何故失敗するのか。そんな女神の加護すら自分の才能の無さが跳ねのけているからだ。女神がつい同情するのも納得がいく。
「あ、……」
自分にできることは何か考え、伝えようとしたが、うまく言い出せない。すると女神がこちらの心中を察して優しく微笑む。
『はい、わかりました。貴方が転生に失敗した分、他の方にチャンスを与えましょう』
女神が手をかざし、能力を発動。ジロウを現世へ帰還させると同時に、他の人間を女神の元へと召喚する。
自分と話す時は他人行儀だった女神。彼女が新たな召喚者と楽しそうに話すのを聞きながら、ジロウは現世へと帰還した。




