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異世界の勇者

 第二話 異世界の勇者


「……お」

 気付けば【中世ファンタジー】の世界に来ていたジロウ。自分の姿……いかにも「勇者の装備」といった格好に感嘆の声が出る。

『まずは、異世界の勇者になって頂きます。月並みですが、分かりやすくていいかと』

(あぃがとうございます……!)

 心の中で、噛みながら感謝の言葉を述べる。

 女神との対話は、こうやって心中で話しかけるだけでいい。転生した瞬間、与えられた念話能力が自然と理解できていた。

「おお、勇者様! こんなところに!」

「へ……あ、はい」

 すると、筋骨隆々の男が話しかけてきた。ここにきてまだ間もないが、初対面のはずの彼のことも、今の自分の状況も転生の力で理解している。

 自分は「神に選ばれた勇者」で、魔王を倒すために異世界から召喚された。そしてギルドにいって仲間を探していたが、勇者だと信じてもらえず、信用を得るために近場のモンスターを討伐しにいくクエスト契約をしていた……というところだ。

 クエスト紹介人である男、ガドが気さくな笑顔で案内してくれる。どうやら彼はジロウが勇者であることを信じており、かなり心を許しているようだ。

(やべえ、めっちゃプレッシャーや)

 創作物ではよくある、勇者への転生。それを果たしたジロウだが、物語の主人公のように活躍する自分がイメージできなかった。

 腰には剣が差されている。おそらくこれを使用して戦うのだろう。

 だがジロウは剣の使い方、剣を使っての戦い方を知らない。今からモンスターと戦闘、と聞いて不安が精神を支配する。

(あの、女神様、どうやって戦えば……?)

『あら……戦い方も、自然と頭の中に入ってませんか?』

(いえ、入ってないです)

 ……どうやら、本来は転生した際に必要なスキルも心身に備えられるらしい。

 しかしジロウには転生した勇者の成り行きと装備以外、何もない。転生に失敗したようだ。

『すみません……こんなこと、今まではなかったのですが……』

(いえ……)

 ――まあ、俺やし。

 自分だから。その理由で女神の失敗に納得し、緊張したままモンスター退治に出向くことになった。

 洞窟入口にて、ガドが「どうぞ」とクエスト開始を促す。「あ、はい」と答え、一人で進む。

 洞窟内はなぜかところどころにランタンや松明が置かれてあり、明るさは問題ない。

 しかしモンスターが出る。いかにも最初のダンジョンといった風の洞窟だが、いざ自分がやるとなると恐ろしくて仕方がない。

(剣って持ったまま歩くん? 戦闘になった時だけ抜くん?)

 物語の主人公なら気にしない部分で悩むジロウ。

 歩き方がわからない。構え方がわからない。

 現世でさえわからないことが、異世界でわかるはずもなかった。

「うわっ!」

 飛び掛かる物体に思わず声を出して身を竦める。コウモリ型のモンスターだ。

 歩き方はわからないが、モンスターの情報はすぐにわかる。

 臆病なコウモリ型モンスター。ただ上の方を飛ぶだけで、攻防力はほとんどない。子供が狩りの練習をする相手としてうってつけ。

「……ふ――……子供の相手の相手か……」

 物理的には最初となる脅威を前に小さく独り言を吐きながら、どうやって倒すか考える。

「おっも……」

 途端にまた小さく独り言。来たときから感じていたが、剣が重いのだ。

(……ゲームの主人公とかってどうやって振りよん。どうやって振りよったっけ……?)

 剣を使うゲームのキャラを思い出す。ごく軽そうに振り回していた。対し、ジロウは抜くのに三秒かかる。更に構えるのに一秒。と、そこで。

「痛った……!」

 剣の重さに筋肉が悲鳴を上げた。咄嗟に「誰にでも簡単に扱える」はずである剣の先を地面に刺す。

 ――誰にでも簡単に。ジロウが現世で嫌っていた言葉だ。そういう文句を掲げることに限って、自分は簡単にはできない。とても難しい。

「クソがぁ……」

 小さく呟き、剣の持ち方を変える。剣道でよく見る正面に持つ構えではなく、野球のように横薙ぎ前提に持つ。

 飛び掛かるコウモリ。嫌いな野球を真似てホームラン目指して剣を振る。当たらない。

「はっ……! 卓球の経験とか全然意味ないな……」

 溜め息のような笑いが漏れた。ジロウは野球などほとんどしたことがない。むしろ忌み嫌うスポーツの筆頭だ。

 卓球なら経験はあるが、そちらも三年間嗜んでいながら腕前は初心者と変わらない。

 持ち方を変えた時、工夫を凝らす主人公と自分を重ねて心中「俺天才じゃね」と冗談ながらに自分へツッコんだものだが、本当に冗談で済んでしまった。

「……普通の人ってどうやるん……」


 その後、群れに向かって振り回したりしてみるが、当たらない。

 次は低い場所に止まっているコウモリに向かって剣を振る。こちらは手応えを感じ、十回目で成功。

「はぁ……」

 誰にでもできる簡単な戦闘は、溜息が出るものであった。

 何より後味が悪い。

 ゲームなら、気味の悪いものを討ち倒した時は多少なりとも爽快感がある。しかし現実は違う。虫を叩き潰した時の感覚。あれを思い出す。

「勇者様! ……大丈夫ですか?」

 四苦八苦して疲労した頃、ガドがやってきた。

「随分時間がかかったもので、心配になって来てみたのですが……体調でも悪かったんですか?」

「あ、いえ、はい、まあ……」

 このクエストの平均クリア時間は一五分だと聞いていた。持たされていた時計を見ると、開始から二十分過ぎている。

 他の者であれば、コウモリなど早々に倒し、奥に潜むボスを倒し、帰還し、クエスト報酬を得ている頃。

(……マジか……)

 失敗した。期待を裏切った。暗い気持ちになり、体調が悪いということにして洞窟から帰還する。


「勇者様、お体がすぐれないと聞きましたが、大丈夫ですか?」

「無理はいけませんわ。宿をとってお休みになっては如何でしょう?」

 ギルドに戻ると、目が覚めるような美人が二人、出迎えてくれた。

 勇者の仲間になることを目標に研鑽を積んでおり、腕が立つとギルドでも噂の美人姉妹、とのことだ。

 社交辞令とはわかっているが、美人に優しくされてテンションが上がる。期待に応えるべく、せめて出来る限りの努力はしよう。そう思い宿部屋には行かず、他の戦士たちが訓練する光景を眺めてみる。

 創作物では、主人公が他のキャラを観察し、それをヒントに強くなる。現世ではできた試しがないが、このまま役立たずでは話(物語)にならない。とりあえずやってみる。

「……」

(全然わからんのう)

 二人の剣士が木剣で稽古をしている。その様子を見ていたのだが……よくわからない。何がわからないのかがわからない。

 彼らはゲームや特撮、部活の際に見た剣道部のように剣を振り、見事な動きを繰り返す。それはわかる。だがそれ以上がわからない。

 まず剣を普通に構えている。あれがわからない。木剣とはいえ稽古用にそれなりの重量があるようだが、それを「普通に」持ち、「普通に」振る。

(えぇ? どうやりよん……)

 驚き、更なる観察を試みる。何もわからない。

「あの……何か御用ですか?」

 すると、見ていた剣士の一人が話しかけてきた。「気持ち悪いから見るな」と言わんばかりに不快感が顔に出ていた。

「いや、あの、見学しようと思って……」

 急な対話に緊張で顔を赤くしながら返事。すると剣士は稽古相手の元に行き、

「見学したいとか言ってきたんだけど」

 とても迷惑そうにして相方と相談。そして今度は剣士の相方が来た。

「すいませんが向こうでやってくれません?」

「あ、はい。すいません……」


 他の戦士は、普通に他人の稽古を観察し、文句一つ言われない。


 観察の仕方がわからない。

 普通に観察する方法がわからない。

 ウザがられずに人を見る方法がわからない。

「あの人、何しに来たのかしら」

「さぁ……」

 視界の外から、美人姉妹の話し声が聞こえた。


 ……「その後」のイメージが一気に頭に流れ込んできた。

 ギルドのメンバーが強くなり、魔王を倒した。勇者の力を全く必要とせず、世界が平和になった。めでたし、めでたし。


 ――初回の転生、失敗。


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