空気が読めないので轢かれた
ずっと、平均に憧れてた。
ずっと平均になりたかった。
でももう諦めた。
第一話 空気が読めないので轢かれた
青年、タナカ・ジロウ。
二六歳、フリーター。
彼は冴えない青年であった。三流の四年制大学を六年かけて卒業し、職探しをすることもなく日々を過ごしていた。
「散歩の時間や」
誰も居ない部屋で独り言を呟く。平均に大きく劣る体力の持ち主であるジロウは、健康のために散歩を日課にしていた。
(あ~ヒザ痛て……)
健康のためにはじめた散歩だが、毎日のように続けたからか、膝が痛みを訴えてきた。細く筋肉の少ない足腰は、細い身体を支えるのも一苦労だ。
休憩がてら、本屋に寄る。本屋に寄ったジロウが真っ先にすることは、「悩み」という言葉が強調された類の本が並ぶスペース。
『仕事で失敗した』
『彼女と上手くいかない』
『友人とケンカになってしまった』
そんな夢のような言葉が書かれた本がいくつも並んでいる。
(リア充の悩みのレベルは高いのう)
仕事もしておらず……というかできず、恋人や友人に関しても同様。そんなジロウに、「あなたの悩み解決します」と書かれた本は表紙をめくる前に用済みとなった。
(死にてー)
心の中で冗談を呟くジロウ。実際に死にたいわけではないが、やりきれない思いを抱いた時は心中か現実でそう言うのが癖になっている。
話すという点において、二十年以上それなりに頑張ったつもりだがダメだった。友人はいない。恋人作りを本気で考えたことはない。
勉強は一浪してようやく三流大学に受かる程度。寮生活で軽いイジメに遭い、コミュニケーション能力の無さを痛感して就職を諦めて数年。
自分に向いていることなどこの世にあるのだろうか。救いを求め「悩み相談」の本を見るが、見ただけで終わってしまう。
(あーすいませんトラックさん。ボク空気読むの苦手なんですよ)
本屋から出たそば、集荷か何かだろうか、入れ替わりでトラックがやってくる。
ジロウの数メートル前で減速するトラック。普通の人間なら、それを見て止まるべきか進むべきかを見極めるのだろう。
しかしジロウにはそれができない。俗にいう「空気を読む」というのが中学を出たあたりから難しく感じていた。
(え、あー、進んだ方がいいんかね? あ……ちょい!!)
オロオロと様子見をしながら、意を決して前進。
しかしタイミングを誤り、轢かれてしまった。
(……生き、とる?!)
車に轢かれるのはこれで三度目だが、トラックに轢かれるのは初めてだ。
今までは生存できたが今回はどうなるのだろう。そう思っていたジロウは自分の意識があることに気付き、生存していることに安堵する。
『生きてましたか。よかった……』
どこからともなく聞こえる女性の声。そこでようやく、自分がいる空間は普通ではない、真っ白一面という異常性をもっていることに気付く。
「え、あの……」
小声で呟く。
ここはどこなのか。自分はどうなったのか。
聞こえた声は、自分に向けられたものなのか。
全てが分からない。
『貴方への言葉ですよ。タナカ・ジロウ』
疑問の一つを声が解消してくれた。声の方へおどおどと顔を向けると、キトン……ギリシャ神話に出てくるような衣服を纏った女性が居た。
『はじめまして。私は女神……再生を司る者です』
どうしたらいいか分からないジロウに、女神を名乗る者は優しく説明していく。
『ここは貴方の精神の中。勝手に入ってきてごめんなさいね。つい介入してしまいました』
ポカンとするジロウ。非現実的な環境だが、女神の力があってか、何となく状況が飲みこめてくる。
『貴方はトラックに轢かれ、今、意識不明の重体となっています。命を落とすことはありませんので安心してください。しばらくしたら目を覚まします。ただ……その間、少し冒険をしてもらおうと思って』
「あ、はい」
意味もわからず反射的に返事。
『貴方のことはよく知っています。……辛かったでしょう。生まれ変わりたいと思うほどに。残念ながら、私は貴方を生まれ変わらせることはできません。ただ、夢の中でだけでも、少しくらい美味しい思いをさせてあげられないか、そう思って介入しました』
女神が手をかざすと、いくつもの球体が出現。そこにはいろいろな世界が描かれている。
『いわゆる、【転生】の疑似体験をしてもらおうと思います。私の力を使えば夢の中で七回分、全く別の人生を歩むことができます』
物語の中でしかありえない現象。転生という言葉を聞き、ジロウの中に少しの高揚が芽生える。
『転生、夢の中、といっても、必ず成功する保証があるわけではありません。……それでも、試してみませんか?』
「お、おねが、します」
現実では特にやりたいこともないジロウ。これが夢でも現実でも、どうせなら違う世界に行ってみたい。
どうせ現世では失敗するのだから。
しどろもどろに懇願した後、女神が球体の一つに触れる。次の瞬間、「中世ファンタジーRPG」という言葉が浮かぶ光景が感覚を埋め尽くした。




