7
(なんだ、ここ?)
いつの間にか秀介は真白な空間にいた。地面の感覚がなく、浮いているようだった。
『やあ、こんにちは』
目の前に十歳くらいの子供が現れた。男の子か女の子か分からない、中性的な顔立ちの子供だ。
優しく微笑んでいる。
『はじめまして乾秀介、君が来るのを待っていたよ』
「えっと、君は? ここはどこなの? 今まで遺跡にいたはずなのに」
『僕はマギア、ここは……遺跡の中だよ』
秀介は少年が口を開けずに喋っているのが不思議だった。
(どうやって喋ってるんだ?)
『ああこれね、これは……説明面倒くさい、想像にまかせるよ』
「……? それよりここが遺跡の中ってどういう意味?」
『遺跡の場所の、他の次元って意味さ』
秀介はますます分からなくなった。
『まあいいや、よく来てくれたね秀介、君を待っていたんだよ』
「なんで?」
『秀介は質問が多いね、いいんだよそんなこと、それにしても秀介が魔王と戦うと言ってくれてよかった』
少年は続けた。
『魔王はこの世のあらゆる「負」の感情が集まって生まれた、負の象徴なんだ』
「負の象徴……?」
『うん、この世はあらゆる感情で溢れている。その中には良い感情もあれば、当然悪い感情だってあるよね、その悪い感情によって、人々を脅かす魔王が誕生するんだ』
皮肉な話だね、少年はそう言って笑った。
『このままでは悪い感情で世界が塗りつぶされてしまう。でも大丈夫、何物にもそれと対立するものがある』
「それが勇者?」
『そう、勇者と聖剣、それが唯一魔王と対抗できる力を持っている。良い感情の』
表情は変わらなかったが、少年の目だけは力強かった。
「……本当に、僕が勇者なの?」
「もちろんだよ、聖剣が抜けたことと、僕が現れたことが何よりの証拠さ」
「そんなこと言われても、君が何なのか分からないんだけど……」
少年は答えなかった。秀介は再び不安に襲われた。自分しか魔王と戦えない、自分しか皆を救えない、その重圧は秀介の想像を超えたものだった。
「大丈夫、君は絶対に負けることはないんだ」
「どういうこと?」
「そのうち分かる。もう時間だ、じゃあがんばってね」
気がつくと、元いた遺跡の中に戻っていた。秀介の手の中には青みがかった銀色に光り輝く剣が握られていた。
「これが……聖剣」
「言い伝えは本当だったか」
秀介は自分の握っている剣に魅入られた。青白く光る刀身に、つばの部分に散りばめられた宝石がなんとも美しい、これがあの錆び付いた剣だとはどうしても思えなかった。
「そういった魔法がかかっていたのだろう、魔法陣をもっと詳しく調べたかったが……」
台座に刻まれていた魔法陣は、四千年の時間が一瞬にして過ぎ去ったかのように風化して、跡形もなく消え去ってしまっていた。
「さあ帰ろう、その聖剣にふさわしい鞘を作らせなければ」
聖剣を握っていた秀介は不思議な感覚を味わっていた。
(なんだこれ? すごい、周りがよく見える)
最初から視力は悪くないほうの秀介だったが、今はより鮮明に物が見える。それだけではなかった。周囲の感覚が研ぎ澄まされている。後ろに何があるかも、目に見えていない所でもわかる。身体も羽のように軽かった。
「どうした、シュウスケ?」
(これが聖剣の力か!)
秀介のなかではもう白い空間での不安は消えていた。
秀介に与えられた部屋は豪華なものだった。始めは混乱していてよく見ていなかったが、天幕付きのベッドに、クローゼットも広い。さらにバルコニーはティータイムを楽しめるような空間だ。
「すげぇ、ふかふかだぁ」
秀介がベッドのふかふかを楽しんでいると、ガシャンと大きい音が耳に入ってきた。バルコニーのほうからだった。
「何?」
バルコニーにおいてあったテーブルが壊れている、何かが落ちたようだ。
「い、いててて」
テーブルの残骸の中から、一人の男が起き上がった。