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「あなたがシュウスケね?」
秀介は目の前にいる美少女に見とれた。ゆったりとウェーブのかかた鮮やかなブロンド、クリッとした青い目に、シャープな顔立ちがとても魅力的だった。
「……はい」
彼女は秀介のことをまじまじと見つめた。
「私はエリザベス・マギア・ルノワールです。お友達になりませんか?」
彼女はそう言って微笑んだ。秀介は数秒固まった後、自分が泣いていたことに気づき、あわてて涙を拭った。
「えっと」
「あなたシュウスケ・イヌイでしょう?」
「はい……」
「お友達になりませんか?」
「……はい」
秀介がそう言うと、彼女は眩しいほどの笑顔になった。秀介は頬を紅く染め、彼女のことを見た。
年は秀介より二、三歳ほど上に見える。綺麗な水色のドレスを着て、豪華なティアラをしている。
(エリザベス・マギア・ルノワールってことは、セドリックさんの娘さんかな)
しかし秀介はあの怖い顔をした王様が、こんな綺麗な人の父親だとは思えなかった。
「私のことはエリーと呼んでください」
「うん、じゃあ僕は秀介で」
「はい、シュウスケ様」
「いや、エリーさん、様はちょっと……」
「あら、では私もさんはいりませんわ、堅苦しい敬語も聞き飽きました」
「わか……った?」
秀介としては年上に敬語を使うのは抵抗があったが、エリザベスの笑顔を見てしょうがないと割り切った。
「……不安ですか」
「え?」
「いえ、先ほど泣いておられたようなので」
泣いてる所を見られて秀介は赤面した。
「……なんか、わけわかんないんだ、いきなり魔王と戦えって言われても」
エリザベスは悲しげな表情を浮かべた。
「……申し訳ございません、この世界のことですのに」
「魔王って強いんでしょ? 僕なんか戦えるわけないよ」
秀介がそう思うのも無理はなかった。秀介は前の世界で、喧嘩もろくにしたことがなかったからだ。
「……少し、付き合ってもらえますか? 私たちの街を案内しますわ」
秀介とエリザベスは、王都の街中を歩いていた。秀介は、ヨーロッパ風の町並みに、市場で売っている見たこともない果物や香辛料を見て、まるで海外旅行に来たような気分になった。
(まあ、海外じゃなくて異世界なんだけど……)
「シュウスケ様、私のとっておきの場所を紹介しますわ」
結局様をつけてるじゃん。そんなことを言おうと思ったが、言う前に彼女に手首をつかまれた。
「いきましょう」
エリザベスについていくと、そこは小高い丘だった。そこからは王都〈マリギザーニャ〉が一望することができた。
「うわー」
秀介は思わず感嘆の声を漏らした。
「すごい」
赤い屋根の家々がそこかしこに立ち並んでいて、時折子供たちの声が響いてくる。中央にルノワール城が、街を見守るように聳え立っている。
「これが私たちの街ですわ。この街を守るためだったら、この街の人々を守るためだったら、私のこの命なんて安いものですわ」
「……エリー」
秀介は彼女の目が奥底が見えないほど深く、そして力強いように感じた。
「この〈マギア〉と言う世界には、数多くの種族、数多くの人々がいますわ。種族の違いに偏見や差別を持つ人もいますが、やっぱり同じ世界に住む仲間なんですもの」
エリザベスは優しげに微笑んだ。
「そこに種族や国があると思ってはいけない、一つ一つの命があると思わなければならない。童話の中の勇者様が言っていた言葉です」
「いい、言葉だね」
「ええ、私のモットーとしている言葉ですわ」
「モットー……か」
「……私はその一つ一つの命を守りたいんですの、でも私だけでは無理ですわ」
エリザベスは秀介に向き直り、真剣な顔をした。
「シュウスケ様、あつかましいお願いだと承知しておりますが、この世界を守るために、お力をお貸ししてくださいませんか?」
秀介は目に涙をためた彼女の顔が、今まで見てきた誰より真剣な顔のような気がした。
秀介は覚悟を決めた。自分のいた世界じゃない、この世界の人たちとは何の関係もない、だけどこの世界の一つ一つの命を守ろうと……。
「わかった、この世界は僕が守るよ」
彼女のために守ろうと。




