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セドリックは苦い顔をして、例の少年のことを考えていた。
(あんな子供に……)
シュウスケ・イヌイと名乗った黒髪の少年、まだ成人しているかしていないかだろう。まだ幼いと言っていい彼に、魔王と戦える力はあるのだろうか。
「あの少年について、どう思うガスパール」
「なんとも言い難いですな、あの少年は身体に魔力を宿していない、〈魔力回路〉がないのです」
「そんなことがありえるのか?」
「この世界ではありえませぬ」
この世界ではありえない。それはあの少年がこの世界とは異なる場所から来たと言っているようなものだ。
「魔力がないのであれば、あの少年は魔王と戦える力はないのではないか?」
「……はっきりと断言できません、我々はまだ彼の実力を見ていない」
セドリックは不安が拭いきれなかった。彼にこの世界の命運を預けなければならないことに。
しばらくの沈黙が落ちた部屋に、ノックの音が飛び込んだ。
「お父様、エリザベスでございます」
「入れ」
ドアが開き、一人の少女が入ってきた。ウェーブがかった綺麗なブロンドの髪をした、セドリックの愛娘、エリザベスである。
セドリックと正妻のヴィクトリア王妃の間には、三人の子供がいる。長男のフィリップ皇太子は、跡継ぎとしては十分すぎるほどの才覚があり、未来の王として期待されている。さらに精悍な顔立ちで、女性からの人気が高い。若干二十二歳の彼には今年三歳になる長女がおり、ヴィクトリア王妃は自分の着せ替え人形のように扱っている。
次男のチャールズ王子は、王族きっての秀才である。学者志望の彼は、研究室にこもりっきりで、めったにその姿を現さない。
そして三兄弟の末っ子であるエリザベス王女は、その整った顔立ちで国民のアイドル的存在である。
セドリックは愛娘のエリザベスを特別可愛がって育ててきた。
「御用とは何でしょうか、お父様?」
「ああ、……こちらに来なさいエリザベス」
セドリックは覚悟を決めたように言った。
「この話は絶対に他言するでないぞ」
エリザベスは生まれ持って得意な体質だった。魔力回廊を流れている『それ』が、人が持つ魔力とは違うものだった。あらゆる動物は身体に、魔力回廊と呼ばれる血管のような魔力の通り道がある。人はそれにより魔力を身体に循環させ、魔法を使う。
だがエリザベスの魔力回路には魔力ではなく、〈聖魔力〉と呼ばれる、魔力とは似て非なるものが流れていた。〈聖魔力〉、それは童話の中で勇者とともに戦った聖女が身体に宿していたものと同じだった。人の心を浄化させ、穢れを滅する。魔王が率いていた魔族にとっては脅威的な威力を発揮するものだった。
そんなエリザベスは本当の聖女のように、誰よりも清らかな心を持っていた。教会へのお祈りは毎日欠かすことがなく、身寄りのない子には慈悲を持って接する。そんな彼女のことを国民たちは敬意をもって聖女様と呼んだ。
先ほどエリザベスは、父親のセドリックから衝撃的な告白を受けた。エリザベスは自分のやるべきことを瞬時に把握した。しかし覚悟はできている、自分のこの身体に流れる聖魔力もそのためにあるのだ、魔王を倒すために。
エリザベスは中庭へ向かっていた。自分を落ち着かせるため、エリザベスはいつも中庭の木陰に座り、風を感じながら物思いにふけるのだ。
中庭には先客がいた。黒髪で小柄な異国の、いや、異世界の少年が座っている。
「あなたがシュウスケ?」
返事はない。今度は肩を叩くと。少年は驚いたようにこちらを振り向き、耳に入れていた何かをはずした。
「あ、あの……」
「あなたがシュウスケね?」
少年は小さく答えた。
「……はい」