5 乾秀介 VS 紅蓮のノヴァ
突然の光に目を瞑り、再び目を開けると、真っ赤な髪の女が頭を抱えて蹲っていた。
「くっそ、何なんだこの光は……!」
秀介は素早く体制を立て直し、その女から距離をとった。剣を正面に構えて呼吸を整えるが、もうすでに肩で息をしている状態だ。
紅い髪の魔族、ノヴァは、凄まじい力量の持ち主だった。一見華奢に見える体に似合わない大剣んを振り回し、その一発一発が想像以上に重い。距離を取っても、灼熱の炎が絶え間なく襲ってくる。《双翼の盾》で防いでも、熱は空気中を伝わって、露出した素肌を焼いた。
これまで以上に厳しい戦いだ。幸い、謎の光によってノヴァが怯んだすきに距離を取ることが出来たが、いつまた襲ってくるか分からない。休む暇は一瞬たりとも無かった。
「ふざけやがって……ヴェノムの奴め、しくじりやがったか。まあいい、まずは、目の前の雑魚をぶっ殺すだけだぁあ!」
「ぐっ!」
ノヴァが炎をその身に纏い、ありえないスピードで巨大な剣を振るった。とっさに双翼の盾で防ぐが、衝撃を完全に防ぐことはできず、秀介の体は宙を舞って建物の石壁に衝突した。
「ガッ……ゲホッ、ゲホッ」
「はっはっは、なーにが強いですよだ。流石に弱すぎて笑っちまうぜ。もうちょっと耐えてくれなきゃ、よっ!」
「うっ……」
付きだされたノヴァの足が、秀介の胸部に命中し、秀介の体は壁に深くめり込んだ。
「こ、のっ……」
秀介が聖剣を振り上げると、ノヴァは鬱陶しそうに弾き飛ばした。十数メートル先にカランと音を立てて転がっていく。
「おらよっ!」
大剣が横薙ぎに振るわれ、秀介はまたも吹き飛ばされる。立ちあがった所に、再び紅の火球が秀介を襲った。火球の勢いにたたらを踏み、双翼の盾を持つ左腕が激しく痛む。
「この程度かよ、拍子抜けだぜ。やっぱあの魔法使いと戦いたかったなぁ。どんだけ強ぇんだろ」
「お、お前の相手は、この僕だ!」
「あん?」
「聖剣!」
「なっ」
そう叫やいなや、吸い寄せられるように聖剣が宙を飛び、回転しながらノヴァの腹部を切り裂くきながら、秀介の右手の中に納まる。
「てめぇ、その剣! 聖気を宿してやがるな!」
傷口を手で押えながら、鬼のような形相で叫ぶと、ノヴァはその手に持つ大剣を振り回しながら襲ってきた。
秀介は聖剣をレイピアに変形させ、ノヴァの重い一太刀を受け流し、喉元にその切っ先を突き出す。しかし完全にの伸ばした腕からは一向に手応えはなく、避けられたと悟ると同時にノヴァの左拳が顔面へと突き刺さった。
「んぐっ」
右足でノヴァを蹴りつけ、その反動を利用して距離を取る。視力が回復する前に、相手が近づいてくる音が聞こえ、秀介は双翼の盾を突き出した。
鈍い音と共に、強い衝撃が腕へと伝わる。
「はっ! んだよその軟な盾はよぉ!」
「え?」
左腕に伝わる違和感。その正体は、秀介が想像もしなかったことだった。
「あ、双翼の盾が……曲がった?」
ノヴァの大剣に斬りつけられ、無残に変形してしまっている。神器であるはずの双翼の盾が曲がるなど、あるはずがない。秀介は頭の中に浮かんでくる疑問が、極度の焦りと共に膨れ上がった。
(何で? 神器なのに。エリーが言ってたじゃないか、あらゆる邪悪な攻撃を跳ね返す盾だって!)
そんな疑問に答えをくれる者などいるはずもなく、目の前では今にもノヴァが秀介に肉薄してくる。
大きく振るわれた真っ赤な大剣を、細身に変形させた聖剣で受け止めるのは、至難の業だ。
大きな衝撃を受け、吹き飛ばされた秀介の体は、民家の壁に激突した。
「うらぁああああああ!!」
ノヴァの剣が休む暇なく襲ってくる。鎧が凹み、身体中を激痛が走り抜ける。意識が朦朧として来て、ノヴァの声が大分遠くに聞こえた。
やがて、嵐のような猛攻は止んだ。ゆっくりと目を開け血の滲んだ視界に映るのは、疲れたようにノヴァが両腕を下ろし、肩で息をしている光景だった。
「はあ、はあ、立てよ……立てよ!」
「うっ」
強引に鎧の襟元を掴まれ、壁に叩きつけられる。
痛い。でも、秀介にはその痛みも、どうでもいいことのように思えた。
「そんなもんかよ!」
「ん……」
「……なんだよ」
悲しくなった。胸が締め付けられた。
「ふざけんなよ」
そして、馬鹿らしくもなった。
「なに、泣いてんだよ?」
だって、仕方がないじゃないか。
「あなたが泣いてるから」
「え?」
苦しそうに重い剣を振っている彼女を見ると、涙が止まらなかった。それでも耐えて、涙を流している彼女を見ると、涙が止まらなかった。はらはらと流れおちる雫が、彼女の頬を伝い、地面に落ちる前に熱で蒸発した。
「もう、終わりにしましょう」
「止まれ、止まれ、止まれ……止まってよ!」
彼女は止めどなく流れ出る涙を、手で押さえて止めようとしていた。でも、一向に止まる気配はなく、やがてしゃがみ込んで泣き出してしまった。
秀介はこの世界の人間ではない。四千年前の戦争も、勇者と魔王の童話も身近なものではなく、魔族=悪だという感覚が存在しない。故に、ルノワール王国での最初の戦いの際にも、心に残る違和感を拭えなかった。
この世界の人間にとって、魔族は悪魔のような存在だ。しかし、秀介にとっては、魔族も同じ人なのだ。他種族と同じように感情があり、表情があり、体温があり、血も巡っている。
秀介は悪だとは思えなかった。
「よ、余計なことしやがって……!」
ノヴァはふらふらと立ち上がり、大剣を持ち上げた。切っ先が秀介へと向く。
「やめましょうよ。こんなこと」
「うるさい!」
「なんにもならないよ」
「やめて! 何も知らないくせに!」
「苦しいだけですよ」
「黙れぇ!」
ノヴァの魔力がキレた。彼女の体がから、炎が噴き出し、細長く形成されていく。蛇のような炎が、鎧の上を這いまわり、秀介の体は締め付けられた。
「っ……く……ぁ」
「何も分からないくせに、知った風な口利かないでよ!」
想像以上の圧力と熱量。息を吸うたびに肺が焼けつく。
「私は復讐するの、人間に。だって、だってそうしないと、俺の生きる意味は無ぇ!」
ああ、この人は、過去に居るんだな。過去に居ないと、自分の存在が否定されてしまう。
(僕と、同じだ)
フッ、と身体を締め付けていた魔法が消えた。
「なっ!?」
「助けられなかったんだ」
「は?」
「その時の僕は、どうしようもなく弱くて」
「なんだよ」
「だから、僕は強くなりたい」
《双翼の盾》が、いつの間にか何事も無かったかのように元に戻っていた。
双翼の盾は輝きを放ちながら、閉じていたその羽を目一杯に広げた。神々しい、「愛」の輝きである。
「ダメ、ダメよ。そんなのダメ。ここで終わるなんて、そんなの絶対!」
魔法が使えないことを悟ったノヴァは、大剣を振りかざした。双翼の盾で受け止めると、不思議と今までのような凄まじい衝撃は無かった。まるで一枚の羽がふわりと落ちたように軽い。
「許さない。人間なんて滅べばいい! 人間なんて、傲慢で、野蛮で、この世界を自分たちの物みたいに振舞って! 殺してやる!」
「僕はあなたを救いたい!」
「無理だ! 手前ぇに助けられたところで、俺が救われることはない。いまさらどうしたところで、手前ぇが俺を救うことなんてできねぇんだよ! 殺せ! それがこの女を解放する唯一の手段だ。だから……」
「っ……」
「お願い。殺して」
生きている限り、自分の憎しみが消えることはない。彼女は持っていた大剣を地面に落とした。魔族がいくら高い身体能力を持っていたとしても、細い女性があれほどの大剣を持てる訳がない。すでに、彼女の体は限界だったのだろう。
秀介は歯を食いしばった。目の前の女性を救えないのが、どうしようもなく悔しくて、嗚咽を噛み殺すように、歯を食いしばった。
「……『神聖氷結閃』」
聖剣がレイピアに変化し、一瞬にして放たれた突きは、周囲の熱を搔き消しながらノヴァの体を貫いた。
「あり、が、とう……ご、めん……ね……」
最後に微笑みかけてくれた彼女の顔は、とても美しかった。
その後、ルノワール王国を始め、多くの国からの増援によって、マギネアシアに攻め入った二十の魔族全てが討ちとられた。魔族との戦争での数少ない白星といえよう。しかし、その結果は余りにも悲惨で、辛勝という言葉でも表わせぬほど無残なものだった。
魔族にもさまざまな事情があったりしてます。彼女のエピソードもいずれ書くかもしれません。
この小説のスピンオフ作品「Legend of brave ~魔族の少年~」もよろしければ読んでみてください。
http://ncode.syosetu.com/n1888ct/




