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Legend of brave  作者: たいがー
第四章:魔族
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 5  乾秀介 VS 紅蓮のノヴァ


 突然の光に目を瞑り、再び目を開けると、真っ赤な髪の女が頭を抱えて蹲っていた。

「くっそ、何なんだこの光は……!」

 秀介は素早く体制を立て直し、その女から距離をとった。剣を正面に構えて呼吸を整えるが、もうすでに肩で息をしている状態だ。

 紅い髪の魔族、ノヴァは、凄まじい力量の持ち主だった。一見華奢に見える体に似合わない大剣んを振り回し、その一発一発が想像以上に重い。距離を取っても、灼熱の炎が絶え間なく襲ってくる。《双翼の盾(アイギス)》で防いでも、熱は空気中を伝わって、露出した素肌を焼いた。

 これまで以上に厳しい戦いだ。幸い、謎の光によってノヴァが怯んだすきに距離を取ることが出来たが、いつまた襲ってくるか分からない。休む暇は一瞬たりとも無かった。

「ふざけやがって……ヴェノムの奴め、しくじりやがったか。まあいい、まずは、目の前の雑魚をぶっ殺すだけだぁあ!」

「ぐっ!」

 ノヴァが炎をその身に纏い、ありえないスピードで巨大な剣を振るった。とっさに双翼の盾で防ぐが、衝撃を完全に防ぐことはできず、秀介の体は宙を舞って建物の石壁に衝突した。

「ガッ……ゲホッ、ゲホッ」

「はっはっは、なーにが強いですよだ。流石に弱すぎて笑っちまうぜ。もうちょっと耐えてくれなきゃ、よっ!」

「うっ……」

 付きだされたノヴァの足が、秀介の胸部に命中し、秀介の体は壁に深くめり込んだ。

「こ、のっ……」

 秀介が聖剣を振り上げると、ノヴァは鬱陶しそうに弾き飛ばした。十数メートル先にカランと音を立てて転がっていく。

「おらよっ!」

 大剣が横薙ぎに振るわれ、秀介はまたも吹き飛ばされる。立ちあがった所に、再び紅の火球が秀介を襲った。火球の勢いにたたらを踏み、双翼の盾を持つ左腕が激しく痛む。

「この程度かよ、拍子抜けだぜ。やっぱあの魔法使いと戦いたかったなぁ。どんだけ強ぇんだろ」

「お、お前の相手は、この僕だ!」

「あん?」

「聖剣!」

「なっ」

 そう叫やいなや、吸い寄せられるように聖剣が宙を飛び、回転しながらノヴァの腹部を切り裂くきながら、秀介の右手の中に納まる。

「てめぇ、その剣! 聖気を宿してやがるな!」

 傷口を手で押えながら、鬼のような形相で叫ぶと、ノヴァはその手に持つ大剣を振り回しながら襲ってきた。

 秀介は聖剣をレイピアに変形させ、ノヴァの重い一太刀を受け流し、喉元にその切っ先を突き出す。しかし完全にの伸ばした腕からは一向に手応えはなく、避けられたと悟ると同時にノヴァの左拳が顔面へと突き刺さった。

「んぐっ」

 右足でノヴァを蹴りつけ、その反動を利用して距離を取る。視力が回復する前に、相手が近づいてくる音が聞こえ、秀介は双翼の盾を突き出した。

 鈍い音と共に、強い衝撃が腕へと伝わる。

「はっ! んだよその軟な盾はよぉ!」

「え?」

 左腕に伝わる違和感。その正体は、秀介が想像もしなかったことだった。

「あ、双翼の盾(アイギス)が……曲がった?」

 ノヴァの大剣に斬りつけられ、無残に変形してしまっている。神器であるはずの双翼の盾が曲がるなど、あるはずがない。秀介は頭の中に浮かんでくる疑問が、極度の焦りと共に膨れ上がった。

(何で? 神器なのに。エリーが言ってたじゃないか、あらゆる邪悪な攻撃を跳ね返す盾だって!)

 そんな疑問に答えをくれる者などいるはずもなく、目の前では今にもノヴァが秀介に肉薄してくる。

 大きく振るわれた真っ赤な大剣を、細身に変形させた聖剣で受け止めるのは、至難の業だ。

 大きな衝撃を受け、吹き飛ばされた秀介の体は、民家の壁に激突した。

「うらぁああああああ!!」

 ノヴァの剣が休む暇なく襲ってくる。鎧が凹み、身体中を激痛が走り抜ける。意識が朦朧として来て、ノヴァの声が大分遠くに聞こえた。

 やがて、嵐のような猛攻は止んだ。ゆっくりと目を開け血の滲んだ視界に映るのは、疲れたようにノヴァが両腕を下ろし、肩で息をしている光景だった。

「はあ、はあ、立てよ……立てよ!」

「うっ」

 強引に鎧の襟元を掴まれ、壁に叩きつけられる。

 痛い。でも、秀介にはその痛みも、どうでもいいことのように思えた。

「そんなもんかよ!」

「ん……」

「……なんだよ」

 悲しくなった。胸が締め付けられた。

「ふざけんなよ」

 そして、馬鹿らしくもなった。

「なに、泣いてんだよ?」

 だって、仕方がないじゃないか。

「あなたが泣いてるから」

「え?」

 苦しそうに重い剣を振っている彼女を見ると、涙が止まらなかった。それでも耐えて、涙を流している彼女を見ると、涙が止まらなかった。はらはらと流れおちる雫が、彼女の頬を伝い、地面に落ちる前に熱で蒸発した。

「もう、終わりにしましょう」

 


「止まれ、止まれ、止まれ……止まってよ!」

 彼女は止めどなく流れ出る涙を、手で押さえて止めようとしていた。でも、一向に止まる気配はなく、やがてしゃがみ込んで泣き出してしまった。

 秀介はこの世界の人間ではない。四千年前の戦争も、勇者と魔王の童話も身近なものではなく、魔族=悪だという感覚が存在しない。故に、ルノワール王国での最初の戦いの際にも、心に残る違和感を拭えなかった。

 この世界の人間にとって、魔族は悪魔のような存在だ。しかし、秀介にとっては、魔族も同じ人なのだ。他種族と同じように感情があり、表情があり、体温があり、血も巡っている。

 秀介は悪だとは思えなかった。

「よ、余計なことしやがって……!」

 ノヴァはふらふらと立ち上がり、大剣を持ち上げた。切っ先が秀介へと向く。

「やめましょうよ。こんなこと」

「うるさい!」

「なんにもならないよ」

「やめて! 何も知らないくせに!」

「苦しいだけですよ」

「黙れぇ!」

 ノヴァの魔力がキレた。彼女の体がから、炎が噴き出し、細長く形成されていく。蛇のような炎が、鎧の上を這いまわり、秀介の体は締め付けられた。

「っ……く……ぁ」

「何も分からないくせに、知った風な口利かないでよ!」

 想像以上の圧力と熱量。息を吸うたびに肺が焼けつく。

「私は復讐するの、人間に。だって、だってそうしないと、俺の生きる意味は無ぇ!」

 ああ、この人は、過去に居るんだな。過去に居ないと、自分の存在が否定されてしまう。

(僕と、同じだ)

 フッ、と身体を締め付けていた魔法が消えた。

「なっ!?」

「助けられなかったんだ」

「は?」

「その時の僕は、どうしようもなく弱くて」

「なんだよ」

「だから、僕は強くなりたい」

 《双翼の盾(アイギス)》が、いつの間にか何事も無かったかのように元に戻っていた。

 双翼の盾は輝きを放ちながら、閉じていたその羽を目一杯に広げた。神々しい、「愛」の輝きである。

「ダメ、ダメよ。そんなのダメ。ここで終わるなんて、そんなの絶対!」

 魔法が使えないことを悟ったノヴァは、大剣を振りかざした。双翼の盾で受け止めると、不思議と今までのような凄まじい衝撃は無かった。まるで一枚の羽がふわりと落ちたように軽い。

「許さない。人間なんて滅べばいい! 人間なんて、傲慢で、野蛮で、この世界を自分たちの物みたいに振舞って! 殺してやる!」

「僕はあなたを救いたい!」

「無理だ! 手前ぇに助けられたところで、俺が救われることはない。いまさらどうしたところで、手前ぇが俺を救うことなんてできねぇんだよ! 殺せ! それがこの女を解放する唯一の手段だ。だから……」

「っ……」

「お願い。殺して」

 生きている限り、自分の憎しみが消えることはない。彼女は持っていた大剣を地面に落とした。魔族がいくら高い身体能力を持っていたとしても、細い女性があれほどの大剣を持てる訳がない。すでに、彼女の体は限界だったのだろう。

 秀介は歯を食いしばった。目の前の女性を救えないのが、どうしようもなく悔しくて、嗚咽を噛み殺すように、歯を食いしばった。

「……『神聖氷結閃』」

 聖剣がレイピアに変化し、一瞬にして放たれた突きは、周囲の熱を搔き消しながらノヴァの体を貫いた。

「あり、が、とう……ご、めん……ね……」

 最後に微笑みかけてくれた彼女の顔は、とても美しかった。



 その後、ルノワール王国を始め、多くの国からの増援によって、マギネアシアに攻め入った二十の魔族全てが討ちとられた。魔族との戦争での数少ない白星といえよう。しかし、その結果は余りにも悲惨で、辛勝という言葉でも表わせぬほど無残なものだった。

魔族にもさまざまな事情があったりしてます。彼女のエピソードもいずれ書くかもしれません。


この小説のスピンオフ作品「Legend of brave ~魔族の少年~」もよろしければ読んでみてください。

http://ncode.syosetu.com/n1888ct/

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