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一か月以上間を開けてすいませんでした。これからはもう少し更新速度を上げたいと思います。
マギネアシアの港町は、活気づいていた。吟遊詩人がリュートを弾き、それに合わせてマーメイドが艶やかに歌う。大道芸人はバレーボール大の玉に乗りながらジャグリング。下半身がタコの男は自らの墨で絵を描き、海では半魚人たちによるパレードが繰り広げられていた。
秀介は目を輝かせながらその光景を眺めている。
「お祭りかなんかなのかな?」
「いや、ここは毎日こんなものですよ」
秀介の疑問に答えたのはエドヴァルドだった。
「幸いここはまだ魔族の襲撃を逃れていますからな。このような国風から、他国からの亡命も多いのですよ」
「そうなんですか」
秀介は胸を弾ませながら、港へと降りた。これまでドワーフやエルフを見てきた秀介だが、完全に人の形から外れた種族が、人間のように話しているのを見ると、何だか不思議な気持ちになった。
「レオナールさん。これからどこに行くんでしたっけ?」
「この地の領主に会いに行くんだ」
「それって、王様とかですか?」
「いや、ここはマギネアシアの中でも、他種族との貿易をしたり、観光地などがある領地にすぎないんだ。その他のマーピープル達が居るのは、この海の底さ」
レオナールはそう言って大海原を指さした。
「おお、貴方達もニエストル殿に用が……あるのか?」
背後から掛けられた声に振り向くと、そこにはマッシュルームヘアーの青年が立っていた。後ろには従者が数人並んでおり、その青年が高い地位に居ることが分かる。
「御無沙汰しております。アンドレアン殿下」
そう言ったのはエリザベスだった。アンドレアン・クリスティアン・ハレス。ポルトスのある小国、ハレス王国の王子である。
「誰かと思えばエリザベス王女では御座いませんか。最後にお会いしたのは父の誕生日でしたな。ますます麗しくなられて」
「そんなこと御座いませんよ。アンドレアン殿下も、御健勝そうでなによりですわ」
「ありがとうございます。そんなことより、先ほどは申し訳なかった」
「何がです?」
「いや、本来なら、このアドミラル号はまだ出向してはいけなかったのですよ。モンスターシーズンの影響で、この海は魔物が出やすくなっていますから。それを、私の我がままで無理やり出向させてしまったのです」
アンドレアンは申し訳なさそうに目を伏せた。そこへ、後ろの燕尾服を着た紳士が耳打ちをする。
「王子、いつもの威厳ある態度をお忘れですぞ?」
「え、エリザベス王女がいるのにあの態度はやばいよ」
「しかし、いつでも王子としての姿勢は見せねばなりません」
「まいったな」
アンドレアンは再び秀介たちに向きなおった。少し緊張気味で。
「す、すまなかった。謝罪をする」
「いえ、お気になさらないでください」
エリザベスがそう言ってほほ笑むと、アンドレアンは頬を染め、話題を切り出した。
「あ、よ、よかったら、ニエストル殿のところまで御一緒し……ないか?」
「殿下とですか?」
「い、いや、ダメならいいんです。そちらにも都合があるだろうし」
アンドレアンは急に慌てふためき、両手を顔の前で振った。
「ええ、一緒に行きましょう」
「ほ、ホントに!? 」
アンドレアンの顔がパァっと華やいだ。秀介はその態度で、彼がエリザベスに好意持っていることに気づき、頬を緩ませた。
(分りやすいなぁ)
道中、エリザベスとアンドレアンは談笑していた。アンドレアンの口調はすっかり戻っていたが、執事はやれやれと肩をすくめ、諦めた様子だった。
「エリザベス王女はここには何の御用が?」
「少し込み入った事情がありまして。殿下はどうして?」
そう聞くと、アンドレアンは少し真面目な顔になった。
「条約を結ぶために」
「条約? 確かハレスはすでにマギネアシアと通商条約を結んでいたはずでは?」
「いえ、今回は通商条約ではなく、軍事的な条約です」
「それは……」
「お察しのとおり、これには魔族が関係しています。我がハレス王国は、軍事力はとても弱く、古くから商業で――それもほとんどポルトスの貿易で――成り立っていました。しかし二ヶ月前から、魔族の襲撃が各国で相次ぎ、いつ我が国にも攻めてくるか分かりません。ルノワール王国などのバーク軍事連合のように、他国との軍事的な繋がりもなく、ザルダートのように圧倒的な兵力があるわけでもない。ハレスには、自分を守る手段がないのです」
アンドレアンは唇を噛みしめた。
「お恥ずかしい限りです。自分じゃ何もできないから、マーピープルに助けを求めるんですからね。笑ってくださって結構ですよ」
「笑うだなんてそんな、国を守るために、自らが交渉役になるなんて、立派ですわ」
エリザベスがそう言うと、アンドレアンは赤面し、話題を変えた。
「こ、こんな陰気臭い話は、ここと不釣り合いですよね。潮風が心地よくて、太陽も眩しいです。知ってました? マーピープルには、事前に天候が分かる能力があるらしいのです。何の魔法も使わずにですよ? 人間にはない能力ですよね」
「ええ、本当に」
「エルフには精霊と対話する能力が、ドワーフは鉱脈を見つける能力が、ドラゴニュートには凄まじい戦闘能力があります。でも、我々人間には、そんな能力が一つも無い。やっぱり人間は、神から見放されているんでしょうか……」
陰気臭いと話題を変えたのに、また戻ってきてしまった。エリザベスは相変わらずニコニコとアンドレアンに微笑みかける。
「人間には何もないから、それを補おうと努力できたのではないですか?」
「努力、ですか……?」
「ええ、努力できることが、人間の能力ですわ」
アンドレアンはそれでも、暗い表情をしていた。無理もない。いつ襲ってくるか分からない魔族への恐怖に、王家としてのプレッシャーが、アンドレアンに圧し掛かっているのだ。
「僕は、罰が当たったんだと思います」
「罰?」
「だって、僕たち人間は何も持っていないんですよ? 他の種族にある力が、人間にはない。これって、まるで神様が間違って作ってしまったような気がするんです。そんな人間が、おこがましく世界の半分を牛耳っているから、神様が怒って、魔族なんて言う怪物を送り込んで……」
「考えすぎですわよ。だって、それなら魔族は人間だけを襲うはずですわ」
「……」
そうこうしているうちに、目の前には大きな宮殿が見えてきた。それは「水上の城」という表現が一番似合う風貌だった。マーピープル達が暮らしやすいようにか、二階以上は無く、平べったい城だった。
「貴女たちは?」
銛を携えた半魚人が、掠れた声でエリザベスにそう言った。
「ルノワール王国の第一王女、エリザベス・マギア・ルノワールです」
「余はハレス王国の王太子、アンドレアン・クリスティアン・ハレスだ。ニエストル殿に会いにきた」
「アンドレアン殿下は聞き及んでおります。しかし、エリザベス王女、アポイントを取られましたか?」
その半魚人は疑ったように言った。本人には悪気はないのだろうが、その容姿と声も相俟って、まるで睨みつけて凄んでいるように見える。
「おいお前、エリザベス王女にその態度は何だ」
「いえ、いいのですよアンドレアン殿下。確かにアポイントは取っていません。ですが、《神器》に関することで来た。そうお伝えしてくださいな」
エリザベスが落ち着き払ってそう言うと、その門番は目を見開いた。
「……しょ、少々お待ちください」
門番は血相を変え、門の内側に消えた。
アンドレアンが首を捻るが、エリザベスは適当にはぐらかした。
しばらくすると、門番が戻り、勇者一行を中に通す。
「アンドレアン殿下、まずは貴方からです。勇者様方は、ここでお待ちください」
(え? 何で僕たちが勇者って分かったんだろう?)
秀介には、神器の存在がどれだけ重要か、それ以上に自分の存在がどれほど価値があるかが、分っていなかった。
涼しげな空間に、ただ水の流れる音だけが響いていた。純白のドレスを身にまとったブロンドの少女と厚手のローブを着た茶髪で長身の青年、そして銀色に輝く甲冑を装着した小柄で黒髪の少年を、タコの下半身を持つ女性が品定めをするように見つめている。
最初に声を上げたのはエリザベスだった。
「ニエストル様、今日はお力添えを頂戴したく参上した次第です」
「うん、まあ分かるよ。《命の首飾り》を寄越せって言うんでしょ?」
ニエストルは漂々と言った。その目は、じっと秀介に注がれている。秀介は首を傾げた。
「ねえ、君が勇者だろ?」
「え、はい。一応……」
「一応!? 君、面白いこと言うね。一応勇者だって!」
ニエストルはタコ足をくねらせながらカラカラと笑った。
「いやぁ、面白いね。さっきのクラゲ頭の話より断然面白そうだ。ねえねえ勇者君、君なんて名前?」
「い、乾秀介です」
「そう、よろしくね、シュウスケ君!」
ニコッと笑うニエストルに、秀介はぎこちなく微笑み返した。
「ねえねえ、シュウスケ君って何で勇者になったの?」
「んっと……成り行き、っていうか?」
「どこ出身? 黒髪ってここらへんじゃ珍しいよね。ってことは北の方かな?」
「ニエストル様」
エリザベスが業を煮やしたように切り出した。その顔には微笑みが浮かんでいたが、そこから染み出る威圧感は凄まじかった。
「何だよ、シュウスケ君との愉しいお話を邪魔しないでほしいんだけど」
「そうしたいのは山々なのですが、何分時間が無いもので」
「……あっそう。じゃ、早く話を進めてよ」
ニエストルは不機嫌そうにタコ足をくねらせ、肘かけに頬杖をついた。
「先ほども申したとおり、魔族討伐のためにお力添えを、ひいてはそちらにある《神器》をお貸ししていただくために参りました」
「それはさっきも聞いたよ。それにこっちはあんた達人間と違って、数千年前からこの時のために備えてきてるんだ。いつか勇者が来るって分かってた。だからさ、本物が来たって言うとどうにも興奮しちゃうじゃない。それに結構……可愛いし」
「は?」
青白い頬をほんのり赤く染めてそう言ったニエストルに、秀介の頭は混乱した。この僕が可愛いっていった? 何かの間違いだ。あの人は目が悪いんじゃないか? そう思ったのも無理は無い、まだ小さい頃に両親を亡くし、育ての親である叔父も仕事で忙しく、身近にいた大人と言えば、秀介を邪魔者扱いする義理の叔母だけなのだから。
秀介は小首を傾げるが、ニエストルの言葉に過剰に反応したのは、秀介ではなくエリザベスの方だった。
「ニエストル様! ふざけている場合ではありません! いつ魔族が攻めてくるか分からないのですよ!?」
「そんなこと言われなくたって分かってるよ。それとも何、王女様としては勇者に色目使うのが許せないの? ふふ、嫉妬なんて可愛い」
「なっ!? そんなんじゃ……!」
ニエストルは意地悪そうに笑い、エリザベスは顔を真っ赤にして睨みつけた。そんなエリザベスの様子に、レオナールが苦笑しながら助け船を出す。
「ニエストル様、あまりうちの王女様を苛めないでくれませんか?」
「あはは、了解した。今は君が一番冷静そうだね、君から話を聞きたいんだけど」
「はい。先ほどもエリザベス王女が言ったとおり、私達に貴方達の保管する神器、《命の首飾り》をお貸ししていただけないかと伺った次第です」
「うん、分かった。でも今すぐにとはいかないね」
秀介はそのもの言いに、エルフの里でのことを思い出した。
(また何かの試練があるのかな?)
しかし秀介のその推察は的を大きく外していた。
「今《命の首飾り》は、海底の神殿に祭られてある。しかもその神殿に入ることができるのは我が王だけなんだ。だから早くとも《命の首飾り》がここに来るのは、明日になってしまうね」
また明日来てよ。と、ニエストルはおどけながら言った。




