12
遅れました。
「『大地の大槍』」
「うおっ……はあぁあああ!」
甲板から突如飛び出した土の槍に乗り、秀介の身は上空に投げ出された。しかし、空中で体を回転させ、『死の海蛇』に向きなおる。目の前の巨大な蛇は、鬱陶しいハエを払うように、噛みつぶそうと口を開けた。
「『天撃』!」
そう叫ぶと、片手に持った聖剣は眩く光を放ち、秀介は『死の海蛇』目掛けて振り下ろした。聖剣の刀身から、純白の刃が飛び出し、『死の海蛇』の喉を切り裂き、突き抜ける。
「ギシャアァァアア!」
あまりの痛みに、『死の海蛇』はもがき苦しみ、拘束していた氷をバラバラに粉砕しながら海中にその身を隠した。しかし、まだその影は船の周りを泳いでいる。
秀介は重力によって下に引き戻され、レオナールの風魔法をクッションに船の甲板に着地した。
「まだ気を抜くんじゃないぞ、シュウスケ君」
「はい」
秀介は聖剣を腰の後ろに回し、双翼の盾を胸の前に構えた。感覚を研ぎ澄ませ、全神経を、海中で虎視眈々とこの船を狙う大蛇に集中させる。先ほどの戦闘が幻であったかのように、辺りには波の音とカモメの泣き声が、平和な旋律を奏でていた。
刹那、悍ましい叫び声が空気を切り裂く。
「ギャアアア!」
「気持ち悪い声だな」
レオナールはそう言うなり、両手を天に突き上げ、独唱を開始した。
――我が魔力を礎とし、彼の者に天からの怒りを――
「『天の断罪』!」
秀介はその呪文で辺りの空気が変わったことを実感した。空気中の魔力が不自然に変化し、今まで味わったことのない感覚が秀介を襲った。
「これは……」
「君に見せるのはまだだったね、これが世界と繋がる術、《魔術》さ」
重く響く轟音と共に、晴天が赤く燃え上がる。
「まさか……い、隕石!? 」
秀介は目を見開き、上空を見上げた。
空から突如現れたのは、赤熱化した巨大な隕石だった。赤い炎に包まれながらとてつもない速度で落下し、隕石は『死の海蛇』の胴を引き千切って海面に衝突した。すさまじい衝撃波が襲い、船体を大きく揺らした。
「す、すげぇ……」
それは船員の呟きであり、その場の全員の思いを代弁するかのような言葉であった。
「勝ったのか?」
「勝った……」
「た、助かったんだ!」
そんな声が、あちこちで聞こえてきていた。
皆助かったんだ。秀介は胸をなでおろした。
「レオナールさん!」
秀介は振り返ってレオナールの顔を見た。あるいはそれは、自分たちが勝ったんだという最終確認だったのかもしれない。しかし、レオナールの顔は険しく、また焦っているようにも思えた。
「やばい。シュウスケ君、聖剣を構え――」
「っ!」
その一時の歓声を打ち破るように、海面が持ち上がり、黒い鱗に蔽われた蛇の頭が飛び出した。胴体部分は千切れ、体長は半分以下になっているにも関わらず、未だ鋭い殺気を放っている。
「うわぁああ!」
秀介は慌てて聖剣を抜いた。右足を後ろに踏み込み、振り返る回転を利用し、聖剣を振り被った。
「『神聖天撃』!」
そう叫ぶと、聖剣の刀身は光り、空中に巨大な刃が生まれる。
「はああああああ!」
甲板に叩きつけるように振り下ろされた聖剣は、『死の海蛇』に当たることなく船体に深く突き刺さる。しかし、巨大な刃は勢いを増しながら飛んで行き、巨大な蛇を真っ二つに切り裂き、海面を割った。
血飛沫を上げながら、蛇は海を真っ赤に染め、沈んでいく。
秀介は肩で息をし、赤く染まった海面を見つめた。
「やったな、シュウスケ君」
「え、ええ」
三つに分かれた物体は、海中に真っ逆さまに落ちていく。何故か、それが自分自身と重なった。暗い闇の底へ、抗うこともできず、沈むことしかできない。
(ばからしい)
秀介は自嘲気味に笑った。
「ありがとうございます!」
「え?」
振り向くと、壮年の男が立っていた。
「貴方は?」
レオナールが尋ねると、男はそうだったというように笑った。
「申し遅れましたな。私はこのアドミラル号の船長を務めているエドヴァルド・マルムステンと言います」
「おお、そうでしたか、貴方が」
「ええ、お恥ずかしい限りです。船長と名乗っておきながら、自分の船も守れないんですからな」
エドヴァルドは頭を掻きながら苦笑した。
「もしよろしければ、お二人のお名前を拝聴しても?」
「あ、すいません。私はルノワール王国で宮廷魔術師をしております。レオナール・カルリエと申します。以後、お見知り置きを」
レオナールがそう言うと、エドヴァルドは感心したように顎を撫でた。
「ほう、ルノワール王国の宮廷魔術師。確かにそれなら、先ほどのすさまじい魔術もうなずけますな。あのような魔術、私は生まれて初めて見ましたよ」
「いやぁ、僕なんかはまだまだで……」
秀介はレオナールの散歩後ろで、目の前に繰り広げられる大人なやり取りに気後れしていた。
「そちらの方も、ルノワール王国の騎士様でいらっしゃる?」
「え、僕? 僕はその……」
「まあ、そのようなものです」
レオナールのフォローで、秀介は安堵の息を吐いた。
「貴方のあの剣撃も素晴らしかったですな。あのような魔法剣、そうそうお目にかかれるものではございませんからな」
「あ、ありがとう、ございます」
秀介はあまり人とのコミュニケーションが上手な方ではない。初対面の相手とこのような会話をするのは初めてのことである。ましてや、褒められ慣れていない秀介は、エドヴァルドの言葉をどう受け取ればいいか分らなかった。
「シュウスケ君、君はエリザベスのところへ行ってやってくれ。安心するだろうから」
そんな秀介の気持ちをくみ取ったのか、レオナールが助け船を出してくれた。
船内の大広間には、沢山の乗客がひしめき合っていた。中には、船の揺れなどで怪我をした者もいる。
「エリー!」
「シュウスケ様?」
エリザベスは乗客の怪我を治すため、せわしく駆け回っているところだった。
「て、手伝おうか?」
「……いえ、大丈夫です。今は、休んでください」
「そ、そう」
エリザベスはそう言うなり、そそくさと立ち去ってしまった。
(俺、何かしたかな?)
秀介がエリザベスの背中を見ながら思いを巡らせていると、ノイズの混じった声が、船内に響いた。
『……乗客の皆様、この船は先ほどトラブルに見舞われましたが、危険は回避されました。予定通り、マギネアシアへと航行を続けますので、ご安心ください……』
これも魔道具なのかな? 秀介の意識はすでに、違う方向へと動いていた。
潮風が銀色の髪をなびかせ、男は顔をしかめた。べたつく潮風が不愉快だったのではない。風が運ぶ、様々な臭いが不快だったのだ。人間の悲しみや、恨みや、妬みが、風に乗ってやってくる。
男は鼻を鳴らし、歩き出した。
その男の名はジャン。ジャンはとあるスラムで生まれ、生きるために強くなければならなかった。時には盗み、時には人を殺めた。いつしかジャンは、無性に強さを求めていた。誰よりも強く、誰にも負けないように、男は全世界の猛者と戦った。そして、ジャンは強くなった。どんな相手も簡単に倒せる。
『はははっ! 全員俺の敵じゃねぇ、俺は世界最強になったんだ!』
しかし、戦いに次ぐ戦いの日々の中で、いつの間にかジャンは、戦いに何の興奮も感じなくなった。どんな相手も、他人が二、三回瞬きするうちに倒せる。あの心を焦がすような、ヒリヒリした感覚は、すでに薄れていた。
そんなある日、目の前に自分と同じような銀髪を持つ者が現れた。
『ん? お前は、人間か?』
『さあ、どうかな?』
問答無用で斬りかかった。一瞬で首をはね、次の瞬間にそいつは地に伏せる。――はずだった。
『素晴らしい速度だ。あと少し反応が遅れていたら私の首は無かった』
久しぶりに防がれた。久しぶりに二発目を放った。久しぶりに本当の戦いをした。見たことも無い魔法を使い、自分と同等以上の身体能力を有しているその存在に、ジャンは興味を覚えた。全力で戦ってみた。倒すのに、想像以上の時間がかかってしまった。
『何なんだ、こいつ?』
ジャンはそれからも、同じような奴と戦った。どいつも、自分と戦えている。ジャンは久しぶりの焦燥感に、懐かしさと興奮を覚えた。風の噂で、そいつらは魔族と呼ばれていることが分かった。
『もっと、楽しませてくれるよな』
ジャンは自分から魔族を探すようになった。そのうち魔族の攻撃を見きることができるようになり、一対多での戦いが出来るようになり、一撃で倒せるようになった。なってしまった。
つまらない。まったくつまらない。
そして、一人の魔族と戦ったとき、その魔族は死ぬ間際にこう言い残した。
『お、お、お前なんか、魔王様にかかれば、一瞬も持たないだろうよ! ふ、ふふ、ふはははっ!』
ジャンは邪悪な笑みを浮かべた。その時の魔族の顔は、それはそれは愉快な物だった。
『まだ、上がいる』
ジャンは当然のように、魔王と戦うための旅に出たのだった。
マーメイドの笑い声が、沖の方から聞こえてきた。
「ジャンさーん!」
「ん?」
振り返ると、エルフの民族衣装を着た、一人の美女が手を振りながら走っていた。
「ジャンさん。魚の串焼き買ってきました」
そう言って、彼女はジャンに串を数本押しつけた。
「……いつまで付いてくる気だ?」
「またそれですか? もちろん、どこまでもですよ」
眩しい、ジャンにとっては余りにも眩しすぎる笑顔を、彼女は惜しげもなく披露した。
「勝手にしろ」
「はい、勝手にします!」
ジャンはため息をつき、再び歩き出した。
「どうなっても知らねぇからな、アリエル」
その問いかけに、アリエルは優しく微笑み返すだけだった。
どうしよう。ライト文芸新人賞にまにあわない!




