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無残にも破壊されたドワーフの国に、少年が一人、家の残骸に座っていた。ボーっとしていたかと思うと、時折腰につけた剣を弄繰り回したり、小石を明後日の方向に投げ飛ばしたり、それが飽きるとまたボーっとしている。
(つまんないなー、何か遊ぶもの無いかなー)
少年はしばし虚空を見つめた。
数ヶ月前、魔王マリアンヘレスが誕生し、少年はアムという名前を貰った。嬉しかった。自分の存在を魔王自身が与えてくれたような、そんな気がした。アムは魔王に忠誠を誓った。魔王のためならこの身を喜んで投げ打つと。その他の魔族も同じだった。魔王はアムの他に、七人の魔族に名前を与えた。『アウセクリス』と呼ばれる幹部達である。アムも、そのアウセクリスの一人なのだ。
アムはまだ、人間を襲っていなかった。他のアウセクリスのメンバー達が、世界各国を破壊していく最中、アムは魔王城の中でお留守番していた。このドワーフの国も、もうすでに他のメンバーが破壊した後だった。
「ドッカーン! ドガガガ! ズドーン! ……うーん、やっぱり何も無いか……つまんね」
効果音を口に出しながら、荒れ果てた土地をさらに破壊していく。その行為に意味はなく、ただ彼が退屈していたからだ。
「ぐふぁ」
たった今崩した地面の中から、呻き声が聞こえてきた。そのときのアムの顔は、何も知らない人から見たら、プレゼントを開ける前の、無邪気な子供の顔に見えたことだろう。
崩れた穴を覗くと、瓦礫に埋もれた一人の少年がいた。年はまだ成人しているかしていないかだろう。綺麗な鎧を着ていて、どこかの新米騎士かなにかだろうとアムは思った。
「まだ息してるねぇ、格好からすると騎士かな? ねえ聞こえる?」
「き……君は?」
消え入りそうな声だった。助ける事もできるが、アムにとって大事なのは遊び相手になってくれるかどうかである。アムはしばらく考えて、結論をだした。
「まあいいや、どうせ人間なんて僕らと戦えるようなやつはほんの一摘みしかいないんだ。こんなひょろひょろのやつが僕と戦えるわけないや」
アムは落胆し、その場を離れた……その時だった。世界が白銀に染まった。影がくっきりと分かる強烈な光が、背後から放たれているのが分かった。アムは目を庇いつつ、それが何なのか確かめようと後ろを振り返った。
「な、なにあれ……?」
アムは我が目を疑わずにはいられなかった。先ほどの穴から、光の柱が立ち上っていたのだ。光を浴びていると体中がヒリヒリと痛む。
(あの光……聖魔力か)
その光の柱の中から、一人の少年が出てきた。手に持つ剣は銀色に光り、全身が聖気の光りに包まれている。
「……あっれぇ、僕の見当違いだったかな、意外と面白そうじゃん」
軽い口を叩きながら、アムは全神経を少年に集中させ、警戒を緩めることは無かった。
(あいつが持ってる剣、あれはやばいな……)
本能がそう告げていた。頭の中に警報が大音量で鳴っている。逃げるか? 戦うか? 腐っても魔王軍の幹部、アウセクリスのメンバーであるアムだ、実力は申し分なかった。だが、それでも目の前にある得体の知れないものに、恐怖を抱かずにはいられなかった。
しかしそれ以上に、興奮と歓喜がアムの中を渦巻いた。
「ふ、ふふ……あははは! いいねぇ、楽しいねぇ、愉快だねぇ! 僕もちょうど退屈してたところなんだ、ひとつ力試しと行こうか!」
アムの顔は狂気的な笑みを浮かべていた。数百万年もの間、魔族は外界との関係を絶ち、ずっと閉鎖的に静かに暮らしてきた。退屈だった日々を思い出し、久しぶりに思い切り暴れることができるかもしれないという歓喜がアムを支配し、目を血走らせた。
「僕はアム、魔王軍の幹部、アウセクリスの一人『氷結のアム』。君の名前は?」
少年は驚いたようなそぶりを見せ、あの剣を中段に構えた。
「……シュウスケ、イヌイ・シュウスケ」
「そうか、じゃあ僕から行くよ、シュウスケ。『氷弾』」
アムの前に突き出した手に、魔力で氷が構築されていく。この魔法は最も初歩的な魔法の一つである『氷球』の上級魔法である。普通であれば、上級でも決定打に欠ける魔法であるが、強大なアムの魔力によって、通常より強力な威力を生み出す。
アムが放った氷の弾丸は、一直線にその少年に飛んでいく。少年は体を横に傾け半身になり、紙一重でそれを避けた。
「おお、やっぱりそうでなくちゃ、面白くないよね」
アムは少年に向かって鋭く踏み込んだ。
容赦の無い殺気の籠ったアムの魔法を避け、ここは殺し合いの場なのだと秀介は理解した。だが、不思議と体はリラックスしていた。暖かい日の光りで体を包み込まれているような、安心感があった。
猛スピードでこちらへ突っ込んでくるアムに、秀介は咄嗟に剣を前に突き出した。アムは右に回転しながら秀介の懐に入り、体に左手を突きつけた。
「『吹雪』」
その瞬間、張り裂けるような痛みとともに、秀介の体は吹き飛ばされた。秀介は転んだ体制からすぐさま起き上がると、剣をアムに向けたが、アムはもう次の魔法を唱えていた。
「『氷砲弾』!」
『氷弾』より数倍大きい氷の塊が、甲高い耳障りな音とともに飛んできた。
「らあぁっ!」
秀介は振りかぶりながら左足を踏み込み、氷の砲弾を斜めに切り裂いた。二つに裂かれた氷の砲弾は、秀介の両サイド後方の地面にめり込んだ。
「ヒュー……やるねぇ。僕の魔法を斬りおとすなんて」
アムは額に冷や汗をかいていたが、すぐさま次の魔法を構築した。腕から手にかけて魔力を纏わせている。
(これ、前に見たやつだ)
秀介がマルギザーニャでの戦闘でくらった、ガントレットのように魔力を固める魔法だった。アムはそのほかに、もう一つの魔法を唱えた。
「小手調べは終わりだよ、『氷剣』」
アムの手には氷の剣が握られていた。
「僕の剣、耐え切れるかな?」
刹那、急速に間合いを詰めてきたアムは、秀介に剣撃の雨を浴びせかけた。四方八方から氷の剣が、襲ってくる。秀介は避けるのに必死だった。
「ぐっ……」
アムの剣が鎧に当たる。致命傷には至らなかったが、その衝撃は凄まじかった。
「どうしたの? 動きが鈍くなってるよ?」
避けきれない剣線が、じわじわと秀介の体力を削っていく。
「は、速い!」
「君が遅いんだよ」
アムは一本だった剣を手放し、新たに二本の短剣を作り出した。二本の短剣から繰り出される剣撃は、さらに速さと鋭さを増した。アムの剣を聖剣で受けるたびに、氷の破片が飛び散る。秀介は後ろへ大きく飛びのき、間合いを取った。大きく白い息を吐く。
(寒い。寒さでこっちの動きが鈍ってるのか)
アムは攻撃を繰り出す時に、氷属性の魔法を剣に乗せていた。アムが剣を振るたびに、周囲の温度が下がるのだ。体感温度は氷点下を下回り、秀介の手足の感覚は確実に鈍っていっていた。
「うりゃ」
「っ!」
氷の短剣が秀介の顔めがけて飛んできた。秀介がそれを切裂くと、氷が突然はじけとび、中から絶対零度の冷気が氷の弾丸とともに飛び出した。秀介は咄嗟に左腕で顔を庇った。一瞬の鋭い痛みの後に、左腕の感覚が無くなった。
(ひ、左腕が、凍った?)
「ふふっ、もう終わりにしようか。僕の攻撃をここまで凌いだ奴は、君が始めてだったよ。楽しかった。さようなら」
アムは拳に氷の魔法を纏わせた。
このごろ筆が進みません。受験まであと五十日をきり、親や姉から勉強しろ勉強しろとうるさく言われ、兄からは受験なんてどうでもいいから小説を書けと言われます。まあ、勉強する気はさらさら無いんですけどね(笑)
受験が終わったら更新間隔を短くして、一気に終わらせたいと思います。




